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壁の花、最高です。
私は1人で食事を楽しんでいます。
今日は入学式で知り合いは25寮の3人だけ。
けど寂しくないのは、いい人に出会えたからですね、きっと。
私の故郷セントニアは山に囲まれた盆地。
盆地の割りに体格の良い住民が多いのは祖先が熊殺しの名人だったからとか、月の住民だったからとか、そんないろんな言い伝えがあるような場所です。
山々に囲まれているせいで幼い頃から走り回っていました。
走るのは周りの誰よりも早かったし、体格も同じ年代の子供より大きかったです。
それでも父も母も大柄で兄や弟や妹達も大きかったので気にしたこともなかったですね。
大柄な家族の食事は毎日がイベントの様に賑やかでした。
大きなテーブルには母の料理が載った大皿が沢山並べられて、争うように食べたものです。
ここでは大食いなんて言われるけど、家ではそれが当り前でした。
父は故郷を治める人間でしたが、気取ったことは出来ない人です。
大きな声で笑い大きな声で怒る人ですが、食事時の私達の姿をみて喜んでいました。
けど、母は私や妹が女性なのにガサツに食事をしている姿を心配していたみたいでした。
ある時、母の知り合いだという方が家に来ました。
私の足腰が強いことを見込んでケンフリット学院へスポーツ推薦に来たんだそうです。
その人立会いの下でいろんな試験を行いました。
そしたら私にはテニスが向いていると言われ、ケンフリットに来るようにと誘われたんです。
少しの不安はありました。
けど母は、明るく言ってくれました。
「ラル、大丈夫よ。なんとかなるものよ」
それで私は外を見てみようって思ったんです。
「ついでに、少しは女性らしくなってきなさいね?」と念を押されましたが…。
さてさて、今は壁の花のラルディアです。
壁の花、最高ですね。
皆さんが踊っているのは会場中央。
そこから離れたところに席が用意されて給仕にお願いすると何でも運んでくれる。
「これと、これと、」
私はメニューを指差して注文します。
給仕の方々はプロです、顔色も変えないで対応してくれます。
美味しい料理が食べ放題なんですよ?
ただ焼いただけのシンプルな料理に慣れている私にとって、様々なソースで味付けされた料理は新鮮で美味しいです。
次々に料理の乗った皿が目の前に並べられていきます。
明らかに気取った周りとは違います、でも気にしません。
だって、ここの人たちは少食すぎますから。
それにです、人間観察も楽しい。
はしたないと母に怒られそうです。
けど、です。
私の故郷ではお目に掛かれない人種が周りに沢山いるんです。
それに私は聞こえてくる声を拾っているだけ、ですから。
「見た?」と隣のテーブルから声。
その声ははっきりと聞こえてきます。
「ネルソン先輩の正装姿が見られるなんて、福眼よね?」
ネルソン先輩ですか?
確かに空色の服装は似合ってました。
けど、ルミーアの桜色のドレスと互いを引き立てあっていたからですよ?
そう心の中で相槌を打っている私。
そんな事を無視して隣の話は続きます。
「けれど、お相手は誰?私、知らないわ」
「そうよね、王都の人間ならなんとなく思い当たるんだけど、」
「じぁ、田舎者かしら?」
「けどね、あのドレスはメリッサじゃない?」
「私もそう思うのよ?」
「間違いないわね、アレを着てくるなんてね?」
「そうだけど、メリッサのドレスを着られる人間なんて決まっているじゃない?」
「そう、アリシア先輩とバリー先輩、それに、」
「マドレーヌね?」
「そうそう」
「じゃ、あの女、いったい誰かしら?」
「ちょっと、生意気な感じ、じゃない?」
「ネルソン先輩といきなり踊るなんてね?」
「ま、ね…」
「しかも、似合ってるのがね、嫌だわ」
「そう、悔しいわ」
「ネルソン先輩が嬉しそうなのもね、」
「ホントよね」
あの人たち意地悪そう、いや、意地悪に違いない。
学院には悪意のある人間がいるんだ。
田舎者は出会ったことがない人種です。
ルミーアへと視線は集中してるみたいです。
大丈夫かしら…。
けど、ネルソン先輩って皆が注目しているアスリートなんですね、ミリタス先輩の言ったとおりです。
ケンフリットはスポーツに熱いって聞いてたけど本当のこと。
セントニアで私をスカウトしてくれた人も言っていました。
その人は随分と熱心に語ってましたね。
君ならなれる!アスリートのカリスマになれる!
アスリートのカリスマなんて、どんな存在なんでしょうか?
なんでしょう、けど、なれなくても平気な気持ちです。
次の料理が運ばれました。
今度は魚料理です、見たこともない赤い魚。
熱々の湯気と香りがたまりません。
葱油でしょうか?香ばしい香りがいいです。
いいですね、食欲が増します。
食べるとこに専念します。
美味しかった。
すると、今度は「ねぇ、シャルディ様の隣はアリシアさんね?」と違うテーブルからの声。
「ほんと、」
「最近はアリシアさんばかりじゃない?」
「頭一つ抜けた感じかしら?」
「側室同士で争ったって、結局は妃にはなれないのに」
「不毛だわ」
「ねぇ噂だけど、殿下って、あの時はかなり乱暴な方って?」
変な笑い声が聞こえます。
こちらも、かなり下品。
品性を問いたくなります。
「誰から聞いたの?」
「噂よ、噂」
「嫌な噂だわ」
「でもよ、そんな噂が流れるわよね?あの態度ですもの」
「いつも不機嫌だしね」
「私ならあんな扱いをされるなら、色々と遠慮するけどね」
「それでも側室でいたいのよ」
「本心からお好きなのかしら?」
「さあね、どうなんでしょうね…」
比べるとなんですが、ネルソン先輩の方が人気者ですか?
この国の王子はさっきの式典の時に見ました。
確かに冷たそうな感じの人です、良い男なのにもったいない。
しかし、ここの料理は美味しいです。
進みます。
おかわりしよっと。
「すみません!」
なんか笑われた感じがする。
言われてるんですね、きっと。
礼儀を知らないとかなんとかね。
ここの人って基本意地悪なんです、間違いない。
覚えておきます。
さぁ、食べるぞ!




