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明日は入学式って言うのに、ケンフリットの構内では試験が行われている。
なんでこんな状態になるかと言うと…。
入学してきた人間が本当に試験を受けた人間なのかどうかの確認のため。
それと入試の時にカンニングなんかしてないかの確認もあるらしい。
この試験でちゃんとした点を取れば本人だってことになる。
そんな事をしてでもケンフリットに入りたい人間がいるって事。
そんな過去の事例がこの試験を生み出したんだって。
それって迷惑だ。
とっても、迷惑。
けれどもネルソンのお陰でなんとか問題が解けた。
採点は直ぐに行われて明日の朝には入学式が行われる講堂の入り口に張り出される。
入学式の席順も兼ねるらしい。
成績の良い順だなんて、悪趣味じゃない?
寮に戻るとラルディアさんがいた。
「ルミーアさん、どうでした?」
「なんとか書けた。なんとか埋まったって感じだよ」
私の実力の程は、すでにバレている。
「良かったです、よく頑張りました」
「ありがとう!」
そこへマドレーヌさんも戻って来る。
「あら、もう戻っていらしたの?」
「はい。まだここに来たばかりですし、ここ以外を知しりませんので」
「私も同じ…」
ナターシャさんがジュースを持って来てくれた。
「皆様、お疲れ様でした。ライムのジュースですよ、すっきりしますから」
「「「ありがとう」」」
ナターシャ特性のライムジュースは美味しかった。
蜂蜜の甘みとライムの酸っぱさが丁度いいバランスで、冷たくて、思わずお代りしてしまった。
「今晩ですが、皆様こちらでお食事でよろしかったですか?」
「ええ、ナターシャさん、よろしくお願いします」
「ルミーア様、ナターシャとお呼び下さいね」
「え?でも…、」
マドレーヌさんが教えてくれた。
「ルミーアさん、それでいいのです。その方がナターシャもやりやすいのですから」
「そう、なら、わかったわ」
満足そうに頷くのはナターシャ。
「ルミーア様、私に遠慮は無用ですからね。では、後ほど」
ナターシャが去って、3人しかいない居間。
居心地がいいって思うのは私だけかな?
「しばらくお喋りしませんか?」とラルディアさんに誘われた。
私達は居間に残ってお喋りする。
同じ気持ちかもしれないって思うと嬉しかった。
「せっかくの機会です。改めて自己紹介から始めましょう?」
ラルディアさんの案に私達は同意する。
「では、私はラルディア・ヴェルネッラです」
「私はマドレーヌ・オルタンスですの。私はここで生まれて育ちましたから、王都から出たことがないのです。ですから皆様のお話が楽しみですわ」
「私はルミーア・ランファイネルよ。ネルダーって島々の出身なの」
「「まぁ!」」
2人の瞳が輝いた。
「ネルダーって、あの南国の?」
「知ってる?」
「はい、南の島には憧れがあります」
「嬉しいわ!本当に良い所なの。海は綺麗だし丘も川も心地よくって」
「絵葉書で見てましたから憧れます。確かネルダーには上質のオリーブオイルがあるって聞きました」
ネルダーのオリーブは品質が良いから評判なんだ。
「そう、パンにつけて食べたり、肌にね、少しだけ塗るとしっとりとするのよ?」
「ぜひ、分けて下さいませんか?」
「それは私もお願いしたいです」
なら、お任せを!
「もちろんよ、ちょっと待ってて」
皆を待たせて、私は階段を駆け上がって部屋に入った。
お母様から持たされたオイルは可愛くラッピングされている。
ネルダーを離れる時に、もしお友達が出来たらこれを差し上げなさいって用意してくれた。
お母様、ありがとう!
私は急いで居間に戻ると2人に手渡しする。
「これ、使って」
「嬉しいです!」
「私もですわ、大切にしますね」
2人とも嬉しそう、良かったです。
「ねぇ、私もラルディアさんやマドレーヌさんの事が知りたい。いいかしら?」
「もちろん、けど、その前にね。ルミーア。私のことはラルって呼んで下さい」
「ラル?」
「私はルミーアって呼びますから」
「うん!」
「では私の事も、マドレーヌと呼んでください」
「じゃ、そういう事で?」
「うん!」
「はい!」
ラルディアさん、いや、ラルが教えてくれる。
「では、私から。私の故郷はセントニアです。内陸の山の中です」
「セントニア!美しいところです。秋の紅葉は山を黄色に染めますよね?」
「マドレーヌは良く知っています、物知りですね?」
「はい、私はべルーガから出たことがないので、行ったことのない場所の本を読んだりするのか好きなんです」
マドレーヌは遠い所を見るような瞳になる。
綺麗な緑の瞳、本当に美人だ。
「そうです、セントニアといえばキノコですわ。秋のシーズンには私の家にも届きます」
「知ってましたか?とっても美味しいんです。丁度今シーズンだから取り寄せましょう?」
「わぁ!楽しみ!」
キノコ、大好きだから嬉しい。
楽しそうで、今から待ち遠しい。
ラルの自己紹介が続く。
ラルはスカウト組なんだそうだ。
ケンフリットのテニスクラブがラルの運動神経の良さに目を付けて、ケンフリットへの入学を推薦したんだって。
「それでは早々に試合に出るかもしれませんね?」
「さぁ、どうでしょうか」
「でも、試合があるなら、応援に行くから!ね、マドレーヌ?」
「もちろんです。仲間から強いアスリートが出るなんて名誉ですもの」
アスリート?聞いた事の無い言葉だ。
「え、アスリート?」
「はい、」とマドレーヌはいう。
マドレーヌはここ王都の出身。
ケンフリットに進学する割合が高い学校からの進学組とのこと。
だからケンフリットの内情に詳しい。
ネルダーから来たばかりの私には知らない事が多くて、ちょっと恥ずかしい。
でも、ちゃんと聞いて覚えないとね。
「ここバルトンには数校の学院があります、ご存知でしょう?」
「うん」
「それぞれに個性があり誇りを持っています。そして、その誇りを懸けてスポーツで競うんです」
そうなんだ…、ネルダーはやっぱり田舎です。
体を動かす運動ならあるけど、誇りを懸けて競うなんてないもの。
「そして、試合で活躍すればその方々はアスリートとして、認められるんですよ。あ、ネルソン先輩みたいにですわ」
「ネルソンが?なんで?」
「なんで、と言われましても…。ここではネルソン先輩は皆の憧れですから」
マドレーヌからの情報には驚いた。
ネルソンがフットボールのクラブに所属していて、そのクラブが結構強くて国内の学生クラブの中でも上位だなんて知らなかった。
マドレーヌの話は続く。
「だから昨日は驚いたんですの」
「どうしてなのですか?」
「どうして…、それはですね、あのネルソン先輩が来たのですよ?ルミーアを尋ねてです」
「そうなの?だって私の保護者代理でノート貸してくれただけよ?」
「それが驚きなのです。どう言えば伝わりますでしょうか…、そうです!ネルソン先輩の人気はケンフリットでは5本の指に入るんですよ?」
驚いて口が開いたままだ、状況が分からない。
「そうなの?」
「はい、フットボールのネルソン先輩、ライダ先輩。テニスならコーリオ先輩。ボートでは双子のニビル兄弟。どなたもとてもお強くて、格好が良くて、ケンフリットの女子の憧れです。だから、色々な方々が興味を持って追っかけるくらいの有名人ですから、ミリタス先輩とも知り合いなんですよ?」
「なんか、びっくりした…」
「とにかく、ミリタス先輩が図書館行きを止めたのは正解です」
「下手に行っていたら、ルミーアが焼もち焼かれたってことですか?」
「おそらくは、です。なので私達も直接勉強を教わったなど言わない方が身のためですよ、ラル?」
「そうなのですか…、わかりました」
私はなんだか他人事。
だってネルソンはネルソンだし、いつも姿しか知らないし。
その筈なのに、なんか深刻になってしまう。
黙ったままで考えてしまった。
「ルミーア?」
「どうしましたか?」
「え?うん…」
私は自分の戸惑いを話した。
「何度も言ってるんだけどね、ネルソンは幼馴染で、今回私がケンフリットに行くからお父様が保護者代理を頼んだの。なのにそんな人が有名人だって言われても分からないというか、実感がなくて…」
「そうですわね」
「そうですね」
その時、ナターシャが私達を呼んだ。
夕食だって。
話は中断、食堂へと移動した。
マドレーヌは自分の侍女がいない食事は初めてだと嬉しそう。
いったいどんな環境で育ったんだろうか…。




