12
船に乗って3日目。
3日目ってことは、ベルーガに着いたってこと。
「さあ!王都に着いたわよ!」
ケイト姉様の大きな声が船上に響く。
どうしよう、胸がドキドキしてきた。
シャルが住んでいる場所、王都に来ちゃったんだ。
とりあえず船を下りた。
目の前の光景にドキドキしてる。
やっと来た。
旅行じゃなくて、ここで生活するために私はベルーガに来た。
街のざわめきが耳を塞ぎそう。
その位に賑やか。
王都ベルーガの港であるサンライズ港は物凄い人で溢れている。
バルトン王国の全ての地方からの品物がやってくるらしい。
喧噪も船も建物も、何もかも、ネルダーよりも大きい。
前に来たときにはそんな気にしてる余裕がなかったんだなぁ。
私のキャパってどんなに狭いんだろう…。
あ、そうそう、ケイト姉様の店は港から30分程行ったところだ。
ベルーガの城下街は升目の様に道路が整備されている。
なんでも昔の王様がこの地に都を作ると決めて計画的に道路を作ったらしい。
その城下街の賑やかなところにお店を出して、もう3年。
主にネルダーの製品やネルダー産のモノを加工してオリジナルの製品を作っている。
そんな事を考えた人はいなくて、ケイト姉様は段々と店を大きくしてる。
プリティプリティってのが店の名前。
もうね、可愛いものばかりなんだよ。
つい最近はその隣にグレッシーっていう店も出したらしい。
そこはやっぱり女性向けなんだけど、ぐっと大人な感じらしい。
もちろんお値段も大人だそうだ。
見に行きたいけど、今はケンフリットに行かないとね。
「見える?あの馬車に乗るのよ?」
なんとか見える。
アレに乗るんだね?
けれども、ネルダーとは比べ物にならないくらいの人人人。
目が回るって思う。
「キョロキョロすんな?」
ネルソンが腕を掴んでくれる。
さすが保護者代理。
このまま人混みに埋もれてしまいそうだったもの。
「うん…」
その優しい瞳は止めて欲しい。
なんだか調子が狂っちゃうもの。
「圧倒されるだろう?」
だけど、まったくもって、その通り。
試験を受ける為に来たときはこんなに混んでいなかった、と思う。
まぁ、私の気のせいかも知れない。
それか時間帯が違っていたのかも。
どっちにしても、今の港は沢山の人がいる。
「やっぱり凄い賑やか、だね?」
「そうだな、ほら、こっちだ」
私を掴んだ手を離さずに馬車の所へ連れていってくれた。
ネルソンに引っ張られるように私は付いて行く。
やだ、なんだろう…。
ちょっと安心してる私がいるんだ。
馬車の側にはお姉様が待っていてくれてる。
「ルミーアったら、もう迷子?」
「違うの!人混みにびっくりしただけ、なんだから」
ネルソンが気を使ってくれたみたいに話を続けてくれるんだ。
「ケンフリットは田舎だから静かだぞ」
「あらネルソン、あこは田舎って言わないのよ?」
「え?」
「あこはね、作られたのよ。落ち着いて学業に励めるようにね」
凄いって思う。
そんなに完璧な環境を作ったなんて。
バルトン王国って凄い。
あ、ラッザリオさんがケイト姉様の隣に来た。
「ケイト、ルミーアちゃんの荷物は全部積み込んだ」
「ありがとう。とりあえず、私はルミーアに付き合うから今日は帰らないわ」
熊と美女だ。
だけど、しっくりきているのは仲が良いからね、きっと。
「しばらくは離れ離れか?寂しいな」
「何言ってんの?」
「ラッザリオさん、ごめんなさい。けど姉様をお借りするわ?」
「ルミーアちゃんに言われちゃ仕方ない。大丈夫だよ、我慢するから」
大人の我慢ってなんだろう?
やっぱり…、うん。
まだ子供な私には想像しか出来ない世界だ…。
「さ、さ、荷物も積んだし行かないと日が暮れるわ」
「うん!」
馬車にとりあえず乗り込む。
「じゃ、ね?」
「ああ」
馬車が走り出しても、ラッザリオさんは見送ってくれる。
そして、見えなくなり景色も変わっていった。
ようやく落ち着く。
この港からケンフリットまで馬車で1時間掛かる。
やっぱり遠いな。
馬車の中では私が1人で喋っていた。
だって、ね…。
ケイト姉様も、間違いなくネルソンも、私がケンフリットに拘る理由を知っているもの。
そして、この馬車に乗っている全員がシャルを知っている。
私が段々とテンションが高くなっていくのを見守ってくれている感じだ。
田舎の景色の向こうに建物が見えてきた。
「そろそろだ」
そうネルソンが言ってから直ぐ、大きな門が見えた。
「ケンフリットだ!」
試験の時にくぐった門。
いよいよ私もケンフリット生なんだ。
なんだか感慨深くてウルウルしてくる。
「本当に来たんだ、私…」
「頑張ったな?」
意地悪ネルソンが何処かに消えました。
もの凄くいいタイミングでネルソンが私の頭を撫でてくれるんだもの。
ちょっと、ときめいてしまう…。
え?なんでネルソンになんかときめくんだろうか?
保護者代理ネルソンは、なぜだか優しい。
「あら、ネルソン。優しいのね?」
姉様が突っ込む。
「まあ、そうです。頑張ったことには変わりないから」
「確かだわ」
何か喋ると涙が出そうだ。
黙っておこう。
馬車が進んでいく。
田舎の中に出来た街のようだ。
人も多いけど馬車も多い。
間違えないようにしないと。
「さすがケンフリット、人が一杯いるわね?」
「新学期ですからね。ルミーアみたいに保護者連れが多いんですよ」
「そうなんだ…」
停車場に馬車を止めて、私達は外に出る。
いろんな人の話し声、車輪が道路を走る音、馬車を整理する笛の音もする。
本当にここは馬車や人混みで賑わっている。
「俺、先に自分の荷物片付けてきます。それから手伝いますから」
「いいよ、ネルソン。自分でやるから」
「遠慮するな。最初は大荷物なんだから男手は必要だろう?」
「そうよ、手伝ってもらえば?」
結局押し切られた。
後でここにきてくれることになった。
「じゃな」
「うん!」
走って行くネルソンを見送る。
「さぁ、入学の手続きに行きましょう?」
「はい」
私と姉様は学院の事務室を訪ねた。
順番を待って、色々な書類を渡して、諸々のお金を支払って、入寮の手続きもして、ようやく私もケンフリットの学生になった。
証明書でもある院生手帳は革張りで高級感が漂っている。
うーん、少しは大人になった気分。
隣の会話が聞こえてくる。
「あら、ヴァンさん」
「こんにちわ、今日もいい天気ですね?」
「ええ。新入生が大勢で忙しいわ」
「そうでしょう、すみません。こんな時に」
「いいんです。これで?」
「はい」
そのヴァンと呼ばれた男性はネルソンと同じ黒髪なんだけど、肩よりも長い髪で瞳が青くて静かだった。
私は思わず見詰めてしまった。
はい、いい男だったせい、です。
「ルミーア・ランファイネルさん?」
私達の窓口の女性に呼ばれた。
慌てて呼ばれた方を向いた。
「はい」
「サインが一つ抜けていたんです。お願いできますか?」
「もちろんです、ここですか?」
「はい」
いけない、いけない。
ちゃんと名前を書いて、これで手続きは終了。
「では、これが寮の鍵です」
「ありがとうございます」
思ったより時間が掛かった。
姉様が一緒にいてくれてよかった。
やっぱり1人は心細いもの。
そこに保護者代理ネルソンが現れた。
「間に合ったな?」
「ネルソン!」
「新入生の手続きは時間が掛かるだろうから、ここだと思っていたよ」
「助かるわ、さすがに私ひとりじゃね、ね、ルミーア?」
「うん、ネルソン、ありがとう」
ボーとしてたらぶつかりそうになるくらいに、次々に人が来る。
混雑してる。
だから、私達は事務所を後にした。




