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藻と犬

青の少年と黒衣の亡霊はファイトいっぱーつ!する。その小屋は別の小屋。私が君に殺された場所では無い所。

「MICO姉さぁーん!!」


「緑青君!」


「「ファイトーッ!いっぱぁーつ!!」」


 僕は日嗣姉さんの片腕を掴み、その体ごと真上に引っ張り上げる。橋への第一歩を踏み出したと同時に足を大きく滑らせ、手を繋いでいた僕の体ごと橋の下に落下しそうになったのだ。それを慌てて引き上げた時のかけ声が先ほどの叫びだ。ちなみに日嗣姉さんを助ける時に、思いっきり胸部を橋の板にぶつけてしまってまともに息が出来てない。


 「ぐ、ぐほほっ!(姉さん!)」


 「すまぬ、第4の少年よ!妾のいつものお決まりじゃ」


 「むぐぐぐっ!(もっと気をつけて下さい!)」


 落下とは言っても、橋の下を流れる川面と日嗣姉さんの靴底との距離は30㎝ぐらいなので命を落とすことはない。日嗣姉さんの靴がびしょ濡れになるぐらいだ。むしろ、橋を渡らなくても50mの幅の渓流なので普通に横断出来る。僕はよく滑る日嗣姉さんのブーツを懸念して、橋の上で再び日嗣姉さんを背負う。

 「すまぬ。橋の上に密生する苔類に妾のブーツは勝てなかった」

 「ふぎっ(いいですよ)」

 一歩一歩、足を踏みだし、50mほど続く橋を歩く。先ほどの衝撃で、僕の頭にセットしておいたライトが川に落下してしまったので、日嗣姉さんが背中から橋の道を照らしてくれている。暗視ゴーグルなら額に装着しているので、ライトが無くても進む事は出来るが。段々と肺が機能を取り戻していく。

 「ふぅ、肺が復活しました」

 「よ、よかった!」

 背中へおぶさる日嗣姉さんの力が込められる。それほど橋は長くないので何とか乗り越えられそうだ。日嗣姉さんが安心してきたのか、ライトの光であちらこちらを照らし始める。やめて、足下が見えない。まぁ、真っ直ぐに歩くだけなのだけど。向こう岸の遠方に大きいシルエットの山小屋がその輪郭を現す。どこにでもあるような、木造の山小屋。造りは意外としっかりとしてそうだ。あの場所で、日嗣姉さんとそのお姉さんが監禁された。日嗣姉さんはそれ以来、ずっとこの場所に来たかったんだと思う。日嗣姉さんが帽子にくくりつけているヤマユリの花はそのお姉さんに手向ける為のものだ。お姉さんのお墓に供えればいいとは思うが、日嗣姉さんの中でお姉さんが亡くなった場所はあくまであの山小屋なのだ。だからそこに、魂が眠っている気がするんだと思う。


 「もうすぐですからね、MICO姉さん!」

 「うん、ありがとう。待っててね、お姉ちゃん」


 さすがの僕でも、ここまで歩いてきて、何回も日嗣姉さんを背負っていると息が上がってくる。腕も少し限界が近づいているし。先程の2人で「ファイト一発」が少し効いてきている。

 「はぁ、はぁ……」

 「興奮してるの?」

 「違いますよ!いえ、少し、息があがってきただけです。小屋に着いたら、少し休みましょうね」

 「うん、もうひとふんばりじゃ!」

 そう言うと、僕の両腕に手を添え、その幅を狭める様に促す日嗣姉さん。自分の体が持ち上げられやすい様にポジションを変えてくれる。日嗣姉さんなりの気遣いだろう。それまでは、日嗣姉さんのお尻に遠慮して、足を一本ずつ、片方の手毎に担いでいた為、少し腕に負荷がかかっていた。

 僕の腕の幅を狭めて、両手を後ろで組めるようにしてくれた。背負う方としては大分楽になるが、僕の両腕に日嗣姉さんのお尻が完全に乗っている。星の教会のメンバーでもある、細馬偽会長が聞いたら発狂しそうだ。でもこれセクハラにならない?それを見越してか、MICO姉さんがこう付け加える。


 「合意のもとなら、合法じゃ」


 「いや、別に僕はMICO姉さんのお尻を触りたい訳じゃ」


 「ち、違う!この方がお主が楽であろう。妾も触ってほしい訳ではない!」


 夜の森、橋の上で僕らは二人揃ってあわあわしている。何やってんだ。そのあわあわと共に、懐中電灯が右へ左へとその光をぐるぐるさせる。


 「うむ?」


 日嗣姉さんが、何かに気付いて僕の背中で首を傾げているような気がする。身を乗り上げて、前方を注意深く観察している。背中にも暖かくて柔らかいものがあたってしまっている。

 「橋の先の方で、何かが光った気がする?」

 「川面では無いんですが?」

 「うむ、下方ではなく前方を照らしておったので川面では無いはずじゃ」

 再び日嗣姉さんが光をさまよわせて、前方を探る。


 「あれは……なんじゃ?動いておる?」


 日嗣姉さんが照らした遠くの方で、草むらから二つの光が浮かび上がっている。あれは……。僕はすぐさま日嗣姉さんを背中から降ろす。

 「なんじゃ?妾のお尻が気に入らぬ……」

 「静かにっ!」

 「ふえっ?!」

 僕は日嗣姉さんを庇うように腕を横に伸ばす。

 「……犬です」

 辺りの様子を確かめる為に、日嗣姉さんの手を掴んでその手にしている懐中電灯で照らす。他に仲間は居ないよう……。

 橋の中腹に居る僕らから、20mほど離れた場所で犬の遠吠えが聞こえる。あ、やばい、仲間を呼ばれた。

 「すいません、MICO姉さん、後ろを見ていて下さい」

 「ふぇっ?」

 僕は残りの20mほどを、全力で駆け出す。もう、遅いかも知れないけど。橋の板を僕の靴底が打ち付ける音が辺りに響く。この音すら危険だが、今はそんな事言ってられない。

 昔、山で遊ぼうとする僕等に杉村のお父さんが教えてくれた事だ。逃げ場も、退路も無く、山で獣と対峙してしまった場合の対処法。忙しなく、遠吠えを続ける犬に対して僕は一気に距離を詰める。犬が僕の突然の加速に数瞬遅れて気付き、距離をとろうとするが、遅い。僕は、その助走の勢いを殺さずに、すれ違いざまに犬の背後から、両足を捕らえる。 驚いた犬が体をくねらせて僕の腕に噛みつこうとする。その前に体を回転させて犬を大きく振り回す。そして、そのまま遠くの木々の枝めがけて放り投げる。これが僕の平和的な獣への対処方法だった。

 放り投げられた犬は、バキバキと木の枝を折りながら、木の上に乗り上げてしまい、降りられなくなる。弱々しい鳴き声が木の上から聞こえてくる。これでよし。杉村の場合は、こんな回りくどい真似はしないと思うけど。躊躇無く蹴るか、殴る。


 僕は辺りを見渡す。


 他の犬の気配が感じられないので、僕は後ろを振り返る。そこには、恐る恐る橋の上を歩いてこっち側に渡りきった日嗣姉さんが居た。

 「後ろに犬は?」

 青冷めた表情で首を横に振る日嗣姉さん。

 「お、おらぬ。夜に遭遇する犬があんなに恐ろしいものとは思わなかったよ」

 僕は安心した様に胸をなで下ろす。僕は震える日嗣姉さんの手をとると、そのまま小屋へと歩きだした。もし、日嗣姉さんがここまで一人でやって来ていたとしたら、先程の犬に仲間を呼ばれ、囲まれ、餌食にされていたかも知れない。そんな可能性に身震いしながら、僕は日嗣姉さんの手を強く握った。

 「必ず、生きて姉さんを帰しますからね」

 震える手に力を込めて僕の手を握り返す日嗣姉さん。

 「皆の所に帰るぞ、緑青君!」

 日嗣姉さんの震える手に添えられた小さな懐中電灯を頼りにしばらく歩いて、僕らは山小屋の前へとたどり着いた。ここが八ツ森市連続少女殺害事件、3件目の犯行現場。森の中にひっそりとその存在を隠す様に立てられた木造の茶色い小屋。


警察により、 KEEP OUT の黄色いテープが小屋を囲む様に張り巡らされている。


 ここで犯行は行われた。

 日嗣姉妹の生贄ゲームが。


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