いざ温泉へ
過ぎた力は人を孤独にする。
「なぁ、青磁・・・・・・?」
「なんだ?緑青?」
僕たちは今、八ツ森高原オートキャンプ場に隣接している温泉施設に足を運んでいる。手には洗面用具、タオルを肩にかけて。
「なんかごめんな」
「やめろ、気持ち悪い」
横を歩く若草青磁は、顔を炭と煙で真っ黒にして笑う。
「ご苦労であったぞ、カイ=シデンよ」
僕と若草の間に日嗣姉さんが割り込んでくる。
会釈する若草は、まだ日嗣姉さんを警戒しているようだ。
「日嗣さん、あんた、俺の事どこまで知っている?」
「ぬ、何じゃ、やぶからぼうに」
「俺はまだあんたを信用した訳じゃない。あんたの在籍する2年D組の知り合いに聞いた話だが、あんたは他の生徒から黒衣の亡霊と呼ばれる傍らで、星の教会という組織からは”星の女神”として教祖扱いされている。そしてあんたの占いの的中率は、予言とさえされている。何者だあんた?」
日嗣姉さんが少し、怯えた表情をするが、咳払いをして普段とは違う真面目な表情をする。
「警戒されたのならゴメンなさい。けど、噂は尾鰭をつけて広がっていく。それは私でも止められない。そういうものではなくて?」
若草は何か心当たりがあるのか視線を上に向けて何かを考える。
「そうだな。そこまで警戒する事はないか。一つ質問していいか?学園内だけでも相当な人数を誇る”星の教会”とはなんだ?」
「それは・・・・・・」
少し困った様な表情をする日嗣姉さん。
そしてきっぱりとこう答えた。
「私にもさっぱり。気付いたら誰かが私のファンクラブを作ってて・・・・・・私があれこれ注文つけたらああなった」
僕の脳裏に、勝手に「杉村愛好会」を創設したあの細馬先輩の姿が浮かぶ。あの人、どこでも同じことやってたんだな。美少女ならだれでもいいらしい。
「あ。姉さん、じゃあ僕と杉村に渡したあのカードも”日嗣姉さん愛好会”の人が提案したんですか?」
それに首を振る日嗣姉さん。
「教祖などになるつもりは無かったのじゃが・・・・・・皆と仲良くなりたいが為に、私はタロット占いを始めたのじゃ。あのカードは私が勝手にしている事じゃ」
若草が腑に落ちない様な顔で顔をしかめる。
「あんたは何がしたいんだ?」
少し間を置いて姉さんが答える。
「私は、前に進みたい。それだけじゃ」
若草が日嗣姉さんの表情の微妙な変化を読みとり、微笑む。
「嘘じゃないらしいな。その言葉、本物だ。あんたは信用出来そうだ」
「おぉ!なぜかは知らぬが、信用を得たようじゃの。よろしくの、カイ=シデンよ」
若草がため息をついて、その名前は多分、色々問題がある。と否定する。何かに悩む日嗣姉さん。
「ふむ、ソーセージという名は、もう一人の天使が使用しておるし、若草星人というあだ名は、中学生の時使用されておったようじゃし・・・・・・なら、ペンドラーというあだ名は」
「ちょ、ちょっと待て!なんであんたは俺の中学の時のあだ名を知っているんだ?」
「ふむ?それだけでは無いぞ?お主の誕生日や、身長、血液型、父と母の所在、過去の恵まれない境遇、交友関係、性癖供に妾は把握して・・・・・・」
言葉を並べていく日嗣姉さんは、青ざめていく若草の表情に気付いて言葉を止める。
「お、お前、俺のストーカーか?!」
「ち、違う!違うよ!今日、行動を供にするのに、お近づきになる為に、ちょちょっと調べただけじゃ!決してお主を好いておるとかでは無く、お主が重度のペドフェリアだと言う事も知っておる!」
「俺が、13歳の春、親から何をされたかも知っているのか?」
日嗣姉さんが、悲しそうに視線を下に落とし小さく「知らないよ」と呟いた。
その言葉に「嘘だな」と若草がそれを否定する。
「すまぬ、お主を不用意に調べすぎた。お主は、普通の生活を送ってきた様に見えた。だから何も出てこないと・・・・・・」
若草は呆れた表情をして、一人早足で僕らとの距離を離して、温泉へと向かって行った。
日嗣姉さんが力無く僕の肩に寄りかかる。
「またやってしまったのぉ」
「姉さん?」
「妾の情報量の多さを示して、得られる反応は2パターンじゃ。一つは崇められ、一つは・・・・・・」
「不気味がられて、嫌われちゃうんですね」
静かに頷く日嗣姉さん。
「大丈夫ですよ、あいつとは今日、実際に会ったのは初めてでしょ?これからですよ」
日嗣姉さんは短く礼を言って僕の腕を掴んでくる。
僕は知っている。誰よりも優しくて、繊細な日嗣姉さんの事を。
多分、若草とも仲良くなりたくて、調べすぎちゃったんだな。
・・・・・・この調子だと僕のことも色々知ってそうだな。
「姉さん?そんな情報網、インターネットを調べた位で分かるもんなんですか?」
肩に顔を乗せたまま、日嗣姉さんが近い距離で顔をこちらに向ける。
こっちに視線を向けたまま、手持ちの鞄から角張った柩の様な黒い携帯を見せる。
「ネットではそんなもの分からぬよ。妾は、これを使って情報を得ておるのじゃ」
「えと、僕は携帯持ってないんで分からないんですが、メールですか?」
頷く日嗣姉さんから百合の香りが漂う。
「妾が、星の教会の従者にメールを送信する。すると一斉に情報は拡散されていき・・・・・・膨大な情報が最終的に妾に送られてくる。もちろん情報事態が、間違っておる場合もあるから、精査するのは私自身だけど」
「デジタルでありながら、根本は人と人とのアナログな情報網で繋がっているんですね」
「うむ。なんであの「星の教会」の人間は妾に尽くしてくれるのであろう?何のメリットも無いのに」
それは違うと思う。
多分みんな、日嗣姉さんの独特なカリスマ性に惹かれているのは間違い無いと思う。
「星の教会の構成メンバーって誰なんですか?」
「うーむ、全員を把握しておる訳ではないが、ほとんどが私とクラスを供にしたメンバーで、今、主に動いてくれるのは在籍中の”2年D組”じゃ」
「・・・・・・」
「私が留年した辺りからそういう人員が・・・・・・」
「・・・・・・姉さん」
「なんじゃ?」
「夏休み明けたら、ちゃんと通学しましょう」
「主!本気か!」
「本気です。多分、僕の予想が間違って無かったら・・・・・・」
とそこで、杉村が僕の反対側から腕を組んでくる。
「ぬ、天使、現れたか」
「日嗣さんには、ろっくんを渡しません。大人の魅力で迫ろうと、ろっくんは絶対に落ちませんから!」
「えっと、とにかく、日嗣姉さんも2学期からはちゃんと2年D組に顔出して下さいね?」
難しい表情をしてなかなか了承しない姉さん。
「わ、妾は怖いのじゃ。他人と繋がるのが」
「今も十分繋がっているじゃ無いですか。星の教会の方々との繋がりはどうなんですか?」
日嗣姉さんが、それを強く否定する。
「妾なんて、ただ占いが的中するからという理由で、祭り上げられているだけじゃ。それ以外利用価値のない妾にそんな絆など、皆にありはしない」
僕は、腰のポーチから、日嗣姉さんから貰った「隠者のカード」を取り出す。
それにつられて、杉村も姉さんに最近貰った「月のカード」を取り出す。杉村が微笑み「お揃い」と喜ぶ。
顔を赤くさせながら日嗣姉さんも「星のカード」を取り出す。
「つまりは、そういう事です」
「そうかのぉ」
と日嗣姉さんは自信なさげに下を向く。
温泉の入り口近くにたどり着き、日嗣姉さんが顔を上げる。
「佐藤さんには「太陽のカード」を、若草くんには「審判のカード」を渡そうと思っているの」
僕と杉村は笑って「それがいいです」と返事をする。
後ろから佐藤が僕の背中を押して、「はいはい!男子はあっちねー」と僕を二人から引き剥がす。
その後を追って、のんびりと荒川先生が到着して、僕らは受付で入浴の手続きを済ませる。
こんな時間帯なので、貸し切り状態なのは少しラッキーだ。




