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93 この続く空の君へ


「あなた、何をしているの?」


ある日の昼下がり、リビングにやってきた妻に疑問の目を向けられ、アブストは今持っている紙をチラつかせながら事実を話した。


「ああ、実はノアくんから手紙が届いているんだ。今はそれを読んでいたんだ」

「へー、ノアくんからなんて珍しいわねー。てっきりまたアメリアからかと思ったのだけれど」


ヒストリアは手紙が一瞬見えただけでアメリアからかと判断したが、実際は思わぬ人物からのものであり、彼女は驚きつつアブストのもとに近づいて行った。


「ノアくんはどんなことを書いているのかしら?」

「ああ、それなんだが…」


ヒストリアが気になっていたことを口にするとアブストは少し言いずらそうに苦笑いを浮かべ、その直後に手紙の内容を説明し始めた。


「『最近アメリアがかなりの頻度でお二人に手紙を出していると聞きました。お忙しいはずなのに妻がご迷惑をおかけして申し訳ございません』と書かれていてね…」

「ああ…そういうことね…」


実のところ二人もアメリアの手紙の頻度には少し参っていたのであった。


「まあ私たちからすれば娘がたくさん手紙を出してくれて嬉しいけど、その殆どがお悩み相談だからね…」


アブストは不安そうにそう呟き、次にヒストリアも頬に手を当てて悩ましい表情を浮かべた。


「そうねー。幸せに悩みは付きものだと思うけれど、少し多すぎる気もするわよねー…」

「そうなんだよねぇ…」


特に最近は子供達への接し方や親としての在り方について悩んでいるらしく、三日に一回ぐらいは手紙が届くのである。


流石にここまでの頻度となるとアメリアがあまり上手く行ってないのかもしれないと不安になってしまい、どうしてもアメリアのことばかりを考えてしまっていた。


そのおかげで最近はしっかりと仕事に手がついておらず、完全に停滞状態になっていた。


だがそこで届いたのがノアの手紙であり、アブストは再びその手紙に目を向けて書かれている内容を読み上げた。


「でもノアくんは『心配しないでください。アメリアはとても幸せそうですから』とも書いているんだよね」

「まあノアくんがそう言うならそうなのでしょうけど…」


どうやらヒストリアはこの手紙の内容だけでは不安は解消しきれない様子で、窓の外の景色を眺めながら言葉を漏らし始めた。


「でも、それはあくまでノアくんから見たアメリアの話よね?」

「まあそうだろうけど、つまりどういうことかな?」

「私もそうなのだけれど、女の子ってみんなといる時は幸せそうにしていても一人になると色んなことが不安になったりするのよ」


ヒストリアは自分の過去などと照らし合わせながら今のアメリアについて頭を巡らせた。


「だからもしかしたらアメリアもそうなっているかもしれないわ…。特に子供が産まれた時期って精神的に不安定になりやすいし」

「へぇ…そういうこともあるんだね…。というか、私もってことはヒストリアもそうだったのかい?」


ヒストリアの話を聞いて疑問に思ったことを口にしたアブストは若干の後悔をしつつヒストリアの言葉を待った。


「…」


「まあ、そうだったわね。私も子供が産まれて数ヶ月は色々悩んだりしたわね」

「そうだったのか…」


何でもっと早く気づいてあげられなかったのだろうか。


そういう後悔がアブストの頭を埋め尽くすが、ヒストリアはなぜか小さく笑みを向けてくれて。


「でもそういう時はいつもあなたがそばに居てくれたわよね?そういうあなたの行動で私は色んなところで救われていたのよ」

「え…」


アブストの記憶にないことをヒストリアが発言したため思わず目を見開いてしまい、ヒストリアからは首を傾げられてしまう。


「もしかして無自覚だった?」

「多分…そうだね」

「それならそれで凄いわね…。何だかあなたの愛を感じるわっ♡」


どこか嬉しくなったヒストリアは突然アブストの腕に手を回し、そのまま身体をアブストの方に倒した。


「っ!?どうしたんだい急に…!?」


するとアブストは当然の如く驚きを見せていて、ヒストリアはつい調子に乗り始めてしまう。


「ふふ♡あなたに愛されていると思うとつい嬉しくなってしまって♡」

「あはは…それはもちろん愛しているけど…ここリビングだよ?」

「そうね…♡」


多分そういう空気になってきていることを察したアブストは言葉の裏で自室に向かうことを勧めたのだが、調子に乗り始めたヒストリアはそれをスルーしてしまう。


「でもいいでしょう?♡私、もう我慢できそうにないわ…♡」

「っ!!…」


どうすればいいのだろうか。


アブストはそう考えるが気付けば勝手に頷いていて、ヒストリアは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「あら♡嬉しいわ♡それでは早速…♡」


ヒストリアはさりげなく顔を近づけてきて、そのままの流れで唇同士を__


「失礼します。アメリアお嬢様からお手紙が届いて…」

「「…」」


刹那、沈黙が流れる。


そして、一瞬にして音が上がる。


「ししし失礼致しました!!?ご、ごゆっくりどうぞ!!?」


このいいタイミングで現れるメイドさんは以前にもノアとフェリスとアメリアがイチャイチャしているところをお邪魔したことがあり、その記憶が頭をよぎったせいで何も理解できずにリビングから勢いよく去って行った。


「あらら…」

「ん…どうする?」

「手紙、落ちてるわね」

「拾うか…」


完全にムードが打ち崩されてしまって何とも言えない気まずさが流れるが、アブストはその空気を変えるべく手紙を開いた。


「何て書いているのかしら」


ヒストリアは少し楽しそうに足をバタバタさせながら手紙に手を向け、アメリアからのメッセージを受け止めた。


「ん…なるほどねぇ」


数分後、手紙をある程度読み終えた二人はアメリアの言葉を理解し、それについて議論し始めた。


「つまり、君の言っていた通りってことかな?」

「そのようね…。アメリアは家族のことを想うばかりに繊細になってしまって色んなことで悩んでいるようね…」


ヒストリアは同じような経験があるからこそこの状況を冷静に分析し、解決策を口にする。


「とりあえずアメリアには甘える時はちゃんと甘えなさいと書きましょうか。まあアメリアのことだから今でもすごく甘えていそうだけれど」

「確かに、それはあり得るね。でも君が言いたいのは今以上にも甘えていいってことだよね?」

「そうねー。ちなみに、男の人から見て奥さんがあり得ないぐらい甘えてくるってどう思うのかしら?」

「それはもちろん嬉しいよ。男はみんな大切な人に甘えられたいって思っているよ。もちろんノアくんだってそのはずだね」


アブストは経験談からノアの心情を予測し、そのままの勢いでノアに対する返事も考えた。


「あ、じゃあノアくんにはもっとアメリアを甘やかしてあげてほしいと書いておこうか。これでお互いにくっつく頻度が増えてアメリアの不安も少しは解消されるんじゃないかな?」

「おー、いいわねー」


ヒストリアの了承も得たところで、アブストは早速筆を動かし始めた。


そして暫くの間沈黙が流れる…と思っていたのだが、思いの外ヒストリアはこちらにニコニコと笑みを向けてきていて。


「ふふ。あなた、娘たちのことはどんな仕事よりも優先するわよね」

「ん?それはもちろんだよ。だってあの娘達は、私の命よりも大事な家族だからね」

「そうなのね…。ちなみにだけれど、それには私も含まれる?」

「それは当たり前だよ」

「きゃあ♡嬉しいわ♡」


このようにしてシルクレーター伯爵家の二人は愛する娘達のために頭を悩ませ、そしていつものように筆を進ませた。


そしてその手紙は空を駆け、いずれ彼方に辿り着くのであろう。


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