91 夫婦漫才
「……」
ある休日の昼下がり、アメリアは頭の痛みを感じながら目を開き、小さく陽に照らされる天井を眺めた。
「私、寝てた…?」
「おはよ」
「っ!!?ノア!?」
突然声をかけられた為アメリアは身体を大きく跳ねさせてビビり散らかし、すぐに声の方向を向いて状況を確認した。
するとそこには最愛の人物が同じベッドに寝そべっていて、アメリアは困惑で頭を埋め尽くされる。
「え、どういうこと…?なんでノアが私のベッドに…もしかしてこれも夢…?」
アメリアは結構ガチな感じで天然をかましており、ノアはついおかしくて大きめに笑ってしまう。
「はははっ!夢か!そうだな!夢かもしれないな!」
ノアはつい揶揄ってみたくなったのか、イタズラな笑みを向けてくる。
「どうする?頬でも摘んでやろうか?」
「もう、ホント意地悪なんだからっ…」
こんなに意地悪な王子様はきっと夢には出てこないだろう。
そう思ったアメリアはすぐにここが現実であることを察し、すぐに表情を変えてノアに現実的な話をし始めた。
「それで、本当はどうしてここにいるの?風邪、うつっちゃうよ?」
「あー、それはなぁ…」
ノアは一瞬真実を話すべきか悩むような素振りを見せたが、直後意を決したようにこちらを向いてきた。
「まずフェリスが魔法で大体の処置を終えたところで俺がアメリアの様子を見に来たんだ」
「うん」
「それでもし起きた時とかに対応できるようにしてたんだ」
「うん」
「で、ここで俺はあることに気づいたんだ」
「うん」
「(この子、可愛いなぁ)って」
「うん?」
なぜかたまたま通りすがった美人を見つけた年頃の男のような言葉を放ったノアに対してしっかりと困惑してしまうが、それでもノアは構わず話を続ける。
「それに気づいてからは一瞬だったよ。まず可愛い顔を見るために顔を近づけるだろ?で、そこで俺とこの美少女が夫婦だってことに気づいて、じゃあ同じベッドに入ってもいいじゃんってなった」
「?????」
ノアはすごく丁寧に説明をしてくれるがそれは全く意味をなさず、逆にアメリアの疑問は深まるばかりになってしまう。
(え、どういうこと?ノアは私の寝顔を見て可愛いって思ってそれでベッドに入っててきて…????)
何度ノアの発言を整理してもアメリアが理解できる答えには辿り着かず、元々風邪で痛かったはずの頭がさらに痛くなった気がして。
「うぅ…どういうことぉ…?」
とうとう心の声を口に出してしまい、ノアはまたしても意味不明な説明を…
「簡単に言うと、俺はアメリアのことが大好きだってこと」
「!!!???♡」
突然のノアからの衝撃発言につい顔が熱くなるのを感じたアメリアは一瞬で顔を隠すが、これではノアの思う壺だと感じ、咄嗟に手を退けて堂々とした態度で言葉を返した。
「わ、私も大好きだよっ…!!」
「そうか?それは嬉しいなぁ…じゃあ、キスしていい?」
「!!!???♡」
何とかこの流れを止めるべく思い切った発言をしたつもりだったのだが、なぜか逆にノアが勢い付いてしまった。
このままではマズイ。
今キスなんてされてしまうと顔が大変なことになるだろうし、それを最愛の人に見られるなんて耐えられない。
それに何より、風邪がうつるかもしれない!
(どどどどうしよう…!?どうにかしないと大変なことになっちゃう…!!)
アメリアはノアがこのような状態になった時はどういう結末を迎えるのかを知っていたため、すぐさま対処法を考えた。
(と、とりあえずベッドから離れる…??それとも叫んで助けを呼ぶ…??)
だがアメリアは有効な解決策を思いつかず、気づけばノアの唇が近くまで迫って来ていた。
「じゃ、するな」
「ええぇぇあああ???」
理解が追いついていないアメリアと悪戯心が完膚なきまでに発揮されているノアの唇が密着する__
「ちょっと待ってくださいっ!!!」
「「!!??」」
ノアが半ば無理やりキスを迫って来たその時、まるで王子様が姫を助けに来たかのようなこえがあがり、アメリアの心は驚きと感動で満たされた。
「(王子様…)」
ついそのような言葉を漏らしてしまうが、それは誰にも気づかれず、ノアはセリーによって強制的にベッドから降ろされてしまった。
「全く、油断の隙間ないですね…。ホント、あなたは強引すぎますよ?」
「(それアンタが言うのか…)」
「何か言いました?」
「いや何も」
さっきまで滅茶苦茶ニヤニヤしていたノアの顔は反転してして、完全に反省モードの表情になっていた。
それもこれも、偉大なるセリー様のお陰であった。
「アメリアちゃん、大丈夫でしたか?この人に何かされませんでしたか?」
「そ、それは…寝顔をたくさん見られちゃいました…」
「ふぅん…??」
「別に寝顔見るだけならよくないか!?普段から一緒に寝たりしてるんだし!!」
「ちょっと静かにしてください」
「はい」
なぜかノアとセリーの主従関係はハッキリしていて、今まで強かったノアの姿はどこにも無かった。
それを見てアメリアはセリーの両親のことを思い出し、これが親子なのかと少し感心していた。
「ふふふっ」
気づけば自分の顔からは笑みが溢れていて、二人からは怪訝そうな目を向けられてしまった。
「ど、どうしたんだ急に…?」
「あ、ごめんねっ…。何だか、いつもとは違う風景だなと思って」
「いつもと違う…そのように見えましたか?」
「うん。セリーちゃんがノアのことを完全に制御しているって感じがして」
アメリアは二人の姿に新鮮さを感じた理由を説明して二人の疑問を晴らそうとしたのだが、ノアの頭の中に疑問は残っている様子で。
「それ、割といつものことな気がするが…」
「確かにノアはセリーちゃんにお説教されてばっかりだけど、なんだかんだ言って結局ノアの方が…」
そこでアメリアは最近の二人の会話や態度などを思い出し、一瞬にして考えを改めた。
「いや、やっぱり前言撤回するね。さっきの二人はいつもの二人だったねっ」
「それもそれでなんか気に障るが…ま、アメリアが少し元気になったっぽいし良しとするか」
ノアに言われて自分の身体の痛みや疲れに直面すると、そのいずれもが数分前より軽減されていて、アメリアは家族の素晴らしさを感じたと同時に二人に礼を言った。
「ノアもセリーちゃんも、ありがとね。私のこと、元気づけてくれて」
「別に狙ってやったわけじゃないんだがなぁ」
「私達の思いがアメリアちゃんの心に届いたということじゃないでしょうか」
「セリーが来てからはアメリアを思いやる暇なんてなかったんだが…」
「何か?」
「いや何でも」
「ふふふっ、二人とも仲良くしてね」
また夫婦漫才が始まって笑ってしまい、アメリアの心の奥からは何とも言えない暖かさが湧き上がって来た。
(やっぱり、夫婦っていいなぁ…)
二人が幸せそうに会話を繰り広げている姿を眺めつつ、結婚という選択をした自分に対する称賛を惜しまないアメリアであった。




