90 誤解
ノアとフェリスはアメリアへの応急処置をある程度終えたところで一旦部屋を後にし、状況を整理するためにリビングに戻った。
「あ、二人とも戻って来たんですね。アメリアちゃんの状態はどうですか?」
キッチンにはアメリアのためにお粥を作っているゼリーがいて、彼女は心配そうにこちらに質問を投げて来た。
それに対し、二人はセリーを安心させるために軽く笑顔を振りまいた。
「一旦落ち着いて眠ったから大丈夫だ。多分普通の風だから時間が経てば回復すると思う」
「そうですか…。それならよかったです。で、アメリアちゃんが眠ってしまったということは…このお粥、どうしましょう?」
「あ」
セリーがお粥を作ってくれていることをすっかり忘れていたノアは思わずポカンと口を開けてしまうが、どうやら隣にいるフェリスは対処法をしっかり考えていたようで。
「お粥は私が魔法で保存しておくから、お昼頃になったら食べさせてあげましょう」
「おー、魔法にはそのような使い方もあるんですね。ぜひ今度教えてください」
「ええ、また時間があるときにね」
とりあえずフェリスのおかげでお粥問題は解決し、これでアメリアの問題はひとまず落ち着いた。
だがここでノアは新たな問題に気づいてしまい、やってしまったという感じで口を開いた。
「そういえば…朝飯放ったままだったな…」
「あ、そうだったわね」
ノアが言葉を放った直後にフェリスも食卓に目を向け、数十分の間冷まされた朝食に近づいて行った。
「これ、もしかして暖かくでたりすんの?」
「もちろんよ。魔法は日常生活でも応用が効く便利なものだから。魔法学院で習わなかったかしら?」
「!?…そ、そういえば習ったような…」
今思い出してみると一応習った記憶はあるが、ノアはこの程度の魔法ですら使えないため、ノアにとっては全くと言っていいほど実用性を感じていない知識であった。
そのためこのような基礎的な知識がところどころ抜け落ちており、下手をすれば魔法初心者のセリーの方が詳しい可能性すらあった。
それについてノアはしっかりと危機感を抱くが、使えないものは使えないものなわけで。
「ま、使えない知識に存在価値はないからな」
と、ノアは自信満々に発言をして鼻を高くするのだが、フェリスからは呆れられたような目で見られてしまう。
「普通の人にとっては相当役に立つ知識のはずだけれどね、こういう基礎知識は」
「それは普通の人の話ですよね?」
フェリスが事実を饒舌に語っていると、お粥を作り終えたセリーがこちらにやって来てノアの味方についた。
「ノアは普通の人じゃありませんもんね?」
「まあな。俺みたいな天才は常識では語れないんだ」
「…まあ、そういうことにしておきましょうか。それより、早く朝ごはん食べちゃいましょうか」
フェリスは呆れたように口論を諦め、食卓に並ぶご飯に対して火属性の魔法をかけ始めた。
「はい、これで暖かくなったわよ」
「おー、マジで出来立てみたいだ」
「ありがとうございます、フェリスちゃん」
「どういたしまして。じゃあ、早速いただきましょうか」
料理が暖かくなったところで三人は椅子に座り、同時に手を合わせた。
「「「いただきます」」」
三人はそう言った後早速料理に手をつけ始め、いつものように朝食を摂り始めた。
「そういえば、アメリアちゃんの分は誰が食べますか?」
一口目を口にした後そのことに気づいたセリーは二人に質問をし、それにノアは自信を持って回答をした。
「もちろん全部俺が食べるよ」
「え、そんなに食べられるんですか?」
「ああ。これだけうまいといくらでも食べられるよ」
「ふふ、そう言っていただけると嬉しいです」
「じゃあこれからはもう少し量を増やした方がいいかしら?」
「うーん、それは悩ましいなぁ…」
フェリスはいつもご飯の量が足りていないかもしれないと心配をしてくれたようで、ノアにとってそれは魅力的な提案であった。
だがしかし、それを簡単には受け入れれない大きな事情があった。
「…仕事、間に合うかなぁ…」
その事情とは食事の時間が長引くと仕事に間に合わなくなるかもしれないというものであり、ノアはそれについて危惧していた。
「え?仕事に始業とかあるんですか?」
「まあ一応は無いんだけど、俺なりにちゃんと時間を決めて行動するようにしてるから」
「なるほど…」
「つまり、食事の量を増やす方は問題ないということね」
「???」
あれ、話聞いてなかったのかな?
朝食を増やしたら自分で決めた時間に間に合わなくなるかもしれないって話してたはずなんだけど。
いや、フェリスに限って話を聞いていないはずなんてない。
彼女は恐らくわざと意味不明なことを言ってこちらの食事量を増やそうとして来ている。
(一体何の目的が…)
フェリスの意図は読み取れないが、恐らく特に深い理由はないだろうと予想し、仕方なく首を縦に振った。
「ま、俺がもうちょっと食べるペース早めたら良いか。じゃあ、明日からお願いするよ」
「ふふ、わかったわ♡腕によりをかけて作るから沢山食べてちょうだいね?♡」
「あ、ああ…」
一体何がそんなに嬉しかったのかはわからないが、とりあえずフェリスがご機嫌になったから良いとしよう。
ノアはフェリスからは向けられる♡の目線をしっかりとスルーし、料理を頬張り始めた。
(さっさと食って買い物にでも行くか…)
何となくいたたまれなくなってきたノアは食事のペースを早め、わずか三十秒で自分の分とアメリアの分の料理を平らげた。
「ごちそうさま」
「お粗末さまです。それにしても、なぜそんなに急いでいるんですか?」
やはりいつもとは違うということにはセリーも気づいたらしく、首を傾げながらこちらに質問をかけてきた。
それに対してノアは特に慌てることもなくただ事実を述べた。
「ああ、ちょっと今から買い物にでも行こうと思ってな。アメリアのために色々買っておいてやらないとだからな」
「あ、それなら私もご一緒したいです」
話を聞いてセリーも興味が湧いたらしく、小さく手を上げて共に行動することを提案でしかるが、ノアとしては悩ましい問題であった。
「んー…そうだなぁ…」
「あら、もしかして嫌でしたか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「あ、もしかしてですが…」
あまり具体的なことを言ってこないノアの考えていることは何かと思考を巡らせたらしいセリーはなぜか頬を赤くして目線を逸らしながら小さく言葉を放ってきた。
「そ、そういうモノを買いに行こうとしてるんですか…?」
「そういうモノ…??」
セリーが何を言っているのかさっぱりわからずついアホみたいな表情をしてしまい、そんなノアの反応を見てセリーは仕方なく具体的な説明をし始めてくれた。
「それは…え、えっちなモ__」
「何言ってんすか!!??そんなわけないでしょ!!??」
相変わらずセリーはそっち方向に考えてしまったらしく、ノアは秒速でセリーの口を塞いで弁明をし始めた。
「俺は普通にアメリアの為の買い物に行こうと思っただけだから!!!」
「ならなぜ私がついて行くのを拒むのですか!?」
「別に拒んではないけど…ただ子供を見ると人とアメリアを看る人が家にいた方がいいと思っただけで…」
「セリー、私たちは家に居ましょう。ノアは、そっとしててあげましょう」
「フェリスまで!!??」
こちらは事実を話しているだけなのに、フェリスはまたわざとらしく変な解釈をし、情けをかけたような目でこちらを見てくる。
「ノア、私たちはもう何も言わないわ。だから、ゆっくりいってらっしゃい」
「だから違うんだって!!!」
「あ、でも他の女の子に手を出すのはダメよ。そんなことしたらあなたを永遠に凍らせてしまうかもしれないから」
「え、こわ」
フェリスの唐突な恐怖発言に対して背筋がゾッとしてしまうが、浮気などする予定は一切ない為心を落ち着けて弁明を続けた。
「って、だから俺はただ普通に買い物に行くだけだって!どこにも寄らずに真っ直ぐ行って真っ直ぐ帰ってくるから!」
「いいんですよノア。ちゃんと満足させられてない私たちが悪いんですよね?それについては、本当にごめんなさい。でももしあなたがもう一度チャンスをくれるというなら、私たちは何でも言うことを聞きますから」
「……」
もう完全に話がおかしな方向に行ってしまっている為、ノアはもう何も発言できなくなった。
そしてそのままの考えることがどうでも良くなり、完全に諦めて誤解されたまま支度を始めるノアさんであった。




