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89 幸せになれ


「ん〜…遅いですね」


あれから十分程後、三人は朝食を食卓に並べてアメリアが起きるのを待っていたのだが、やはりアメリアが起きて来る気配はせず。


「俺起こして来るわ」

「お願いします」


とうとう痺れを切らしたノアは自室で眠っているアメリアを起こすべく椅子から立ち上がり、リビングの扉を開けようとした。


だがその時ノアよりも先に向こうから扉が開けられ、そこからは今まさに待っていたのだが人物が現れた。


「おはよ〜…」


アメリアは頭を押さえながら苦しそうな表情をしていて、三人はアメリアの身体に何かあったということを一瞬にして察し、すぐにアメリアのもとに駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか!?」

「何かあったの!?頭が痛いの!?」


特にフェリスとセリーは焦っている様子で、すぐさまアメリアの身体を支えてソファに座らせた。


するとアメリアは一度頭から手を離し、三人に何があったのかを説明し始めた。


「実は朝起きてからずっと頭が痛くって…もしかしたら熱があるかも…」


確かに言われてみればアメリアの顔はほんのり赤くなっており、フェリスはすぐに魔法で体温を測り始めた。


「…っ!?やっぱり熱があるわね…」

「マジか…」


アメリアは予想通り熱があるらしく、三人はすぐに行動に出た。


「よし、とりあえずアメリアは自分の部屋に行くか。子供にうつったりしたらマズイし」

「私も着いていくわ。魔法でどうにか治療できると思うし」

「えっと…じゃあ私はおかゆ作りましょうか?」

「お願いするわ。じゃあノア」

「任せろ」


ノアはアメリアの隣まで寄って行き、そのままアメリアをお姫様抱っこした。


「!?」

「よし、いくぞ」


アメリアは突然お姫様抱っこをされて驚いた様子であったが、やはりしんどいのか発言をすることは無かった。


「アメリアちゃん、どうかご無事で…」


アメリアのことを見送るセリーはそのように声をかけ、それにアメリアが小さく笑みを返したところでリビングを去っていった。


その後ノアはアメリアを部屋のベッドに寝そべらせ、すぐさまフェリスに魔法をかけてもらうことにした。


「フェリス、お願いするよ」

「ええ、頑張ってみるわ」


ただ風邪治す魔法というのは基本的にない為いくらフェリスでも限界がある。


そのことはノアもアメリアもわかっていて、今日はちゃんと看病をする必要があるということをノアは頭に入れておいた。


そしてその間にもフェリスは魔法を行使し始め、アメリアは少しだけであるが安らぎを覚えていた。


「ちょっと楽になってきた気がする…」

「それはよかったわ。このまま続けるわね」


アメリアは先程よりも楽そうな表情をしていて、ノアもその顔を見て安心感を覚えた。


(このまま何もなければいいんだが…)


いくら出産から数ヶ月経っているといえどアメリア自身には疲れなどが残っている可能性も否めない為、ノアはその点についての心配を抱いていた。


だがしかし、アメリアはこちらの表情を見て感情を読み取ってきて、心配ないとばかりに笑みを向けてきた。


「そんなに不安そうな目をしなくても大丈夫だよっ。ただの風邪だから…」

「…?」


アメリアは途中まで笑みを浮かべていたが、最後はなぜか視線を逸らして遠くを眺めていた。


「ねぇ、()()()のこと、覚えてる?」


アメリアは虚空を眺めながら二人にそう問いかけ、二人は思考を巡らせた。


「あの日…?」

「ごめんなさい、いつのことかしら…?」

「じゃあヒント。私達が初めて会った日」

「初めてというと…森の中だな」


アメリアと初めて会った日、彼女は魔獣に襲われていて、ノアがそれを救出した。


なぜ今そのことについて訊かれたのか二人は疑問に思うが、その答えはすぐに教えてくれた。


「私ね、今日その日の夢を見たの。私のことを護ってくれてた護衛の人たち…つまり、私の大切な人たちが死んでいく夢…」


アメリアは涙を流しながらあの日のことについて語り始めた。


「あの人たちの中にはね…私のことを小さい時から見守ってくれてた優しい人たちが沢山いたんだ…。あの日だって、こんなにいらないって何度断っても絶対に護りたいからって沢山の人が着いてきてくれたんだ…」


もうこの世にいない、勇敢な護衛たちの姿を思い浮かべながらアメリアは大粒の涙を流す。


「でも…みんないなくなっちゃって…。あの人たちには、帰る家も待っている人もいたのに…っ!」


アメリアはあの時自分に力がなかったことを悔いているのか、自分を蔑むように言葉を放ちながら拳を強く握った。


「私が、もっと強かったら…。私が、もっと努力してたらって、何度も思ったよ…」


いや違う。


アメリアは悪くなんかない。


そのような言葉が喉の奥まで上り詰めてくるが、それよりも先にアメリアがこちらを向いて語りかけてきた。


「うん。わかってるよ…。結果的にノアとフェリスちゃんが助けてくれたおかげで私の命は護られたから、あの護衛の人たちの命は無駄じゃなかったし、それに私がもっと強かったらだなんてただの結果論に過ぎないことだって」


ノアとフェリスが言葉にしようとしたものをアメリアが言葉に変え、彼女はベッドに垂れている涙を拭って強気な気持ちを持って天を向いた。


「彼らがいてくれたから、私はノアと出会えた。私が弱かったから、私は今幸せでいれてる。これって、あの人達が望んだ未来だと思う?」

「…当たり前だろ」


ノアだって、自分のために死んでいく人間を何人も見てきた。


自分が無力だから燃え尽きた魂を、何度も見送ってきた。


だがしかし、彼らは口を揃えてこう言っていた。


【幸せになれ】と。


自分の死を無駄にしてほしくなくて、彼らは護った人の幸せを望んだ。


その行為は少し傲慢なのかもしれないが、少なくともノアの目にはそう映っておらず、彼らのためにも切り替えて幸せになることを選択してきた。


そして今、それが正解なのか不正解なのかで悩んでいる少女が目の前にいる。


そんな少女に対して、今何を伝えてやるべきか。


それは一番近くで彼女を見てきて、一番近くで彼女の絶望を目にしたからこそ、すぐに言葉を伝えた。


「アメリア。君には彼らの死を背負う義務がある。君のために全てを捧げて全てを失った彼らの為に、絶対に幸せにならないといけない」


ノアは自分の心の奥にある信念のようなものを口にし、アメリアの心に語りかけた。


するとアメリアは一瞬言葉に詰まるが、すぐに顔を上げて言葉を放った。


「うん。そうだね。私は幸せにならないといけない。みんなの分まで、最高に幸せにならないとねっ」


アメリアは小さく笑みを浮かべて、直後にまた上を向いて手を天に掲げた。


「私が、みんなのために沢山思い出話を持っていくから、待っててね」


アメリアは届かないはずのみんなに向けて優しく声をかけ、その直後に力尽きたように眠りについた。


それを見て二人はアメリアが完全に疲れ切ったということを察した。


そしてノアは決心がついたアメリアの頭を優しく撫で、届かないはずのアメリアの心に話しかけた。


「きっと届いてるよ、アメリアの気持ちは。多分、みんな嬉しそうに微笑んでくれてるさ」

「いつか、私たちもみなさんに感謝を伝えたいわ。もし護衛がいなければ、アメリアは既にここにはいないのだから」

「だな。数十年先の天国で、たんまりお礼させてもらおうか」


ノアとフェリスはアメリアの容体を見守りつつ、天に向かって感謝の気持ちを伝えるのであった。


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