87 笑顔
楽しい時は一瞬にして過ぎ去るもので、夫婦たちの旅行は一瞬にして終わりを告げ、四人は村に着くなりすぐにダンテの家を訪ねた。
「お、みんなもう帰ってきたのか」
家の扉をノックするとダンテが少し驚いたような素振りを見せていて、それに対しては娘であるセリーが言葉を返した。
「もう、と言ってもこれが予定通りですよ?」
「まあそうだけど、つい楽しくなっちゃって一泊増やしたりとかしても良かったのにって思って」
「そんなことしませんよ。子供を預かってもらっているのに」
「それはつまり俺たちに子供を預けておくのは不安ということか?」
「そういうことじゃありません…!」
親子で仲良く会話を弾ませる姿を微笑ましく思う三人は全くこの会話に口を出さずにただこの結末を見守ることにし、そして心の中では小さくセリーを応援する。
そしてその応援に背中を押してもらったのか気が立ってしまったのか、セリーは少し怒ったように口を尖らせ、強大で煽り魔である父に立ち向かった。
「ただ子供たちに早く会いたくて早く帰ってきただけです!!」
「あ、やっぱ早く帰ってきてんじゃん」
「〜〜っ!!!」
この煽り上手な父に対してセリーは珍しく拗ねてしまい、とうとうダンテの隣にいたセシリアに思い切り抱きついてしまった。
「あらあら、お父さんがいじめてくるのね〜。お母さんがちゃんとお説教しておくから大丈夫よー〜」
「え」
「ほらほら、あなたの大好きな旦那さん側にいるのだから、そっちに慰めてもらいなさい?」
「…はい」
セリーはセシリアに頭を撫でられて心地よさを感じていたようだが、一度その場を離れて愛する夫の胸に寄りかかった。
そしてノアは泣きそうになっているセリーの頭を優しく撫でつつ、今にも喧嘩になりそうな義両親に苦笑いを向けた。
「ちょっと待ってくれ。俺はただみんなにもっと旅行を楽しんでほしかっただけで__」
「みんながそれで良いって言っているのだからあなたが口出しする必要はないでしょう?それに、いちいちセリーを挑発するように話す必要もないわよね??」
「…はい」
いつもは立派な姿を見せているダンテも奥さんには全く敵わないらしく、しょんぼりとしながらセシリアに頭を下げた。
するとセシリアは謝る相手が違うと言わんばかりにダンテの首を掴み、強制的にセリーの方を向かせた。
「…さっき、ごめんな。ちょっと意地悪だった」
「ちょっと???」
「めっちゃです!!めっちゃ俺が悪かったです!!」
「あはは…ちゃんと教育されてる…」
「ダンテさんはこう言っているけど、セリーはどうする?」
ダンテは勢いよくこちらに頭を下げてきて、セリーはその姿を見た後すぐにノアの胸から手を離してダンテの目の前に立った。
「許してくれるか…?」
「はい…。それと、私こそごめんなさい。変なところでカッとなり過ぎてしまいました」
セリーはダンテのことを許した直後、自分も悪かったと頭を下げ、そこでこの話は終焉を迎えた。
「さて、みんな早く中に入って〜。可愛い子供たちが待ってるわよ〜」
セシリアは両手をパチンと叩いた後ダンテを連れて家の中に入って行き、その流れでノアたちも家にお邪魔した。
「みんな〜、パパとママが帰ってきたわよ〜」
「ん…まんまんま…」
「キャッキャッ」
「ぶ〜〜」
「………」
数日ぶりに我が子の姿を眺めた一同は一瞬にして母性が湧き上がり、すぐに我が子のもとに駆け寄った。
「アノス、ちゃんと良い子にしてた?」
「ただいまメアリー、リーリア。ん?何か一緒に会話してるね」
「セリア…は気持ちよさそうに眠ってますね」
子供たちはそれぞれの形でダンテ宅を楽しんでいる様子であり、ノアたちは一気に安心感を抱いた。
「ふう…とりあえず、みんな元気そうで良かった」
「ふふ、みんなとっても元気で良い子よ〜。中でもアノスは一番おてんばね〜。やっぱり一番お兄ちゃんだからかしら」
「アノス、俺がいないところではいっぱいはしゃいでんのか!!」
アノスは依然としてノアのことを嫌っている様子で、ノアが近づいてくるとすぐに泣きそうになる程嫌っているのである。
そんなアノスがダンテやセシリアの前では普通に過ごしているということを知り、自分が父親なのにと悲しい気持ちになってしまった。
そんな悲しい父親の気持ちを察してくれたアノスの母のフェリスは、ノアの背中を優しく叩いてアノスに近づくように言ってくる。
「大丈夫よ。きっとあなたの気持ちはアノスに伝わっているから。だからほら、今日も挑戦してみましょ?」
「…そうだな。挑戦無くして成功あらず、だ。だからアノス、黙って俺に抱っこされてくれ!!」
ノアは勢いに任せてアノスのことを抱っこし、そのまま数秒何事もなく耐えることができた。
「!?まさか俺の愛がアノスに伝わって__」
「オギャァァァ!!!」
「何でだよ!?」
恐らくアノスは状況を理解できなくて思考が停止していただけであり、ノアに対する苦手意識など一ミリも消えていなかった。
数日空いたからもしかしたら気が変わっているという淡い期待に全てを託していたノアは完全に心をへし折られてしまい、フェリスにアノスを託した後すぐに地面に崩れ落ちた。
「クソ…神は死んでいる…ッ!!」
「あはは…アノスは相変わらずだね〜」
「一体何がいけないのかしら〜?」
「俺が抱っこした時は何も無かったから男の人が嫌いというわけではなさそうなんだがな」
「それってつまり…ノアのことが嫌いなだけという説が有力になったということですか…?」
「そ、そんなことないわよね?アノス?」
みんなの言葉がノアの心を抉っているのに気づいたフェリスは抱えているアノスの方に笑みを向けるが、なぜかアノスはプイッとそっぽを向いてしまった。
「あ、あれ…?」
「もしかして言葉の意味がわかっているのでは…?」
まだ生後数ヶ月のアノスが言葉などわかる筈がないが、それにしてはあまりにタイミングが良すぎるため、アメリアとセリーはアノスに対して疑いの目を向けた。
そして数秒後、その視線に気づいたアノスは追い詰められてとうとう涙を浮かべ始め、悲しそうに泣き始めてしまった。
「ウェェェェンッ!」
「よしよし、言葉なんてわかるわけないわよねー。あのお姉さんたちは何言っているのかしらねー」
「「……」」
泣くタイミングがわざとらしいな。
まるで父を見ているようだ。
二人はそのようなことを思ったが、流石に考え過ぎだという結論に至り、すぐさまアノスのもとに駆け寄った。
「ごめんね〜、お姉さんたち怖かったよね〜」
「ほら、私が高い高いしてあげますからこっちに来てくださーい」
フェリスはセリーにアノスを引き渡し、アノスを泣き止ませるために頑張って高い高いをしてあげ始めた。
「はい、高い高ーい。もう一回、高い高〜い」
「おお、結構高いね〜」
「アノスも楽しそうね」
「まあ俺の方が高く上がれるけどな!」
「あなたはいちいち対抗しないの」
「ごめんなさい」
アノスはセリーの高い高いを心から楽しみ、満面の笑みを浮かべて喜びを見せていた。
「良い笑顔だね〜」
「この笑顔をノアに向けてあげれば良いのに…」
「あ、そうだった…」
ノアは依然として地面に蹲っていて、その後顔が上に向くことは無かった。
だが数分後、ダンテに高い高いわしてもらっても満面の笑みを浮かべている状態でノアの視線の先にアノスを配置すると、自分に笑みを向けてくれたと勘違いしたノアはわずかゼロ秒で復活したのであった。




