75 馴れ合いは終わりだ
アノスが産まれて数ヶ月後、アメリアもセリーも無事に出産を終え、ノアは一気に四人の子供と家族になった。
「いや〜、にしても娘は可愛いなぁ」
アメリアとセリーが産んだ赤ん坊は全員女の子で、アメリアが産んだ双子にはメアリーとリーリアと名付け、セリーが産んだ娘にはセリアと名付けた。
そんな可愛らしい名前を持った娘三人であるが、可愛いのは名前だけではない。
娘たちはアノスとは違ってノアが抱っこしても嫌がらず、嬉しそうに笑いかけてくれるため、我が子を抱けなかったノアにとって三人はより一層可愛く見えているのである。
「よしよ〜し、三人は良い子だなぁ。元気だし笑顔も可愛いし、よくお母さんに似たなぁ」
今のノアにとって娘さん人は本当に天使のように可愛く見え、反射的に我が息子と比較をしてしまう。
「それに比べてアノスは…いつになったら抱っこさせてくれるんだ!!!!」
可愛く受け入れてくれる娘とは相反し、相変わらずアノスはノアのことを嫌っている様子で。
よしよしすれば嫌がられ、抱っこをしようものなら大泣きされてしまう。
もう最近なんかはアノスに手を伸ばした時点で泣かれそうになる為、ノアは割と真剣に頭を悩ませていた。
それを理解したのか、ノアの支えである妻三人は苦笑いを浮かべながら優しく言葉をかけてくれる。
「まあまあ、きっといつか受け入れてくれる日がきますよ」
「そうね。まだこの子も産まれたばかりなのだからあなたがパパだとわかっていないだけだと思うわよ?」
「そうかねぇ…」
「きっとそうだよっ。だって甘えん坊の二人の間に生まれたんだからね!!」
「「!!!???」」
いやアメリアだけには言われたくない!などという正直な感想を二人が心で漏らすが、あながち間違ってない可能性がある為否定もできず。
ノアはフェリスのことを甘えん坊だと思っているし、逆にフェリスはノアのことを甘えん坊だと思っている節があるのだ。
つまり二人には心当たりがあった為、アメリアの言葉に驚くことしかできず反論をすることができなかった。
それを感じ取ったアメリアはどこか勝ったかのように胸を張り、ドヤ顔で二人に両手を広げた。
「いいんだよ?子供の前だからって遠慮せずに甘えても。何せ私は年上だからね!!」
「いやんなことしねぇよ!!」
「あ、子供なら私が見ていますので、お二人は遠慮なくアメリアちゃんに甘えちゃってください」
「そういう問題じゃねぇよ!?」
なぜかこのノリにセリーも参戦してしまい、いよいよ二対二になってしまった。
だがまだ不利ではない為、この盤面をひっくり返すことも__
「な、なら…私に甘えておく…?♡」
「!!??」
気づけばフェリスが寝返っていて、これで盤面は一対三となった。
つまり、状況不利ということである。
だがしかしノアは冷静かつ論理的に判断を下し、三人の意見を棄却しにかかる。
「いや、流石に子供の前ではやめておくよ。俺にも威厳というものがあるからな。一家の大黒柱として汚点一つなく生涯を全うするつもりだから」
ノアはなぜかカッコよく説明をし、三人を説得しようと試みた。
だがしかし、三人からはまるで銃弾のような言葉が飛んできて。
「汚点一つなく…?それはちょっと無理があるんじゃ…?」
「いえ、何をもって汚点とするかは人それぞれだから、ノアにとって汚点が無ければいいということじゃないかしら?」
「なるほど。でしたら昨日と一昨日と三日前の出来事はノアにとっては大した出来事ではなかったということですね」
「え、俺セリーから見たらそんなにやらかしてたの?」
「私だけでなくフェリスちゃんもアメリアちゃんも同じことを思っていると思いますが…」
セリーが二人に目を向けると、二人ともが首を縦に振った。
「うーん、これはちとマズイな…」
「一家の大黒柱の汚点を知る妻…なるほど、これが夫を制する強い妻ですか…」
「一、喧嘩をした時は容赦なく暴露しろ。だねっ」
「まさかあの本が役に立つとはね…」
「いやなんか物騒だな!?」
三人は一体どんな本を読んだんだ…?
アメリアの言葉を聞いた限り、男にとっては割とやめてほしい内容の本な気がする。
それを三人の妻が履修しているとなると、ノアはもうすっかり三人に逆らうことができなくなってしまう。
(クソ…このままじゃ毎日言われるがままになっちまうじゃねぇか…!)
まあそれも悪くな(殴。
言われるがままだなんて尊厳の放棄だ!!人権の剥奪だ!!
(なんとかしねぇと…生き残るために…!!)
ノアはあられもない想像をしつつ心の中で三人と戦う決心をし、強い口ぶりで三人に話し始めた。
「よし、とりあえずこの話は一旦やめておこう。このままだと子供の前で喧嘩することにそうだし」
「ノアは私たちと戦うつもりなの?」
「う…そんなつもりないです…」
「やっぱりねっ」
やっぱよく夫のことをよく分かってますねこんちくしょう!!!
ノアが妻と喧嘩するつもりなど微塵もないことを知っている三人は自信ありげにノアを挑発してくる。
「やはりノアにそんなことはできませんよね?一家の大黒柱ともあろうものが、奥さんに強く言うことができないというのは立派な弱点ですよね?」
「っ…」
「それこそまさに汚点と言えるんじゃないかしら?このままだと私たちの言われるがままよ?」
クソッ!何もされないからって挑発してきやがって!!
(こっちだって…やる時はやるんだぞ…!!)
その時ノアの頭の中で何かが切れるような音がし、半ば理性を失った状態で三人に強い視線を向けた。
「ああ、フェリスの言う通りだ。このままじゃこの家を支える人間としての立場が無いな」
「そ、そうだね…」
いつもの優しい表情とは違うノアの怖い表情に対して三人は驚きを見せ、身体を半歩後退させた。
だがノアはその分前に進み、さらに近くで三人の目を睨みつけた。
「だからもうみんなに優しくするのはやめよう。常に自分にも他人にも厳しくしてこそ家を背負う人間の責務だからな」
「え…ちょっと…」
「そ、そこまでは…」
流石にいつもとは雰囲気が違う為三人は焦りつつノアの行動を止めようとしたが、そこで腕を掴まれて身体を近くまで寄せられてしまう。
「挑発してきたのはそっちだろ?俺はただそれに乗ってやっただけだよ」
「流石にここまでする必要は…」
「いーや、ここで舐められたら終わりだからな。そろそろ徹底的にわからせてやらないとな」
「「「っ…!!」」」
そこで三人は身の危険を感じ、身体を大きく跳ねさせた。
だが当然逃げられるはずもなく、三人は強制的にノアに身体を抱き寄せられて至近距離で耳にささやかれた。
「今晩、覚悟しときな」
その瞬間三人はまた身体を跳ねさせたのだが、それは先程とは違う意味での驚きであった。




