72 不安な未来
「産まれました!!元気な男の子です!!」
「「「!!!!!」」」
ある夏の深夜、王都から遠く離れた辺境の村で、一つの尊い命が生まれた。
「やったー!!!」
「すごいです!!流石です!!フェリスちゃん!!」
同じ妻であるアメリアとセリーは苦しそうな表情をしながらもこの苦痛を耐え抜いたフェリスに対して心からの称賛を向け、そして一番そばで手を握っていたノアもフェリスに感謝の言葉を伝えた。
「ありがとう…!!よく頑張ってくれた…!!」
自分の左手を力強く握りながら笑みを向けてくる夫を見て、フェリスは心の中からの言葉を絞り出した。
「うん…。私…頑張ったわ…!」
疲れのせいか大きな声は出せていないが、それでもフェリスの気持ちはしっかりと心に伝わり、ノアは笑みを浮かべるフェリスの手に額を近づけた。
「ああ…頑張ったな…!!ありがとう…!!ありがとう…!!」
そしてノアはいよいよ感極まってしまい、下を見ながら涙を浮かべ始め、ただ感謝の気持ちを口にするだけになってしまう。
「フェリスのおかげだよ…!俺…今世界一幸せだよ…!!」
だがノアは暗い雰囲気にはならず、この明るい出来事に似合う笑顔をフェリスに向けた。
するとフェリスも同じように笑みを向けてくれるが、直後に疲れたように目を瞑ってしまった。
「疲れたんでしょうね。フェリスちゃん、ずっと頑張ってましたから」
「ああ…今はゆっくり休んでくれ。フェリス」
そしてノアはフェリスの頭を優しく撫で、その後医師に呼ばれて部屋から出て行った。
するとそこには心配そうに両手を強く合わせてどこか祈るように眉間に皺を寄せているダンテと、その横でどこか信じるような目線を天に向けているセシリアの姿があった。
「あ…」
「ん!!!どうだった!!!???」
ノアもすぐに二人の存在に気づき、それは当然向こうも同じ様子で。
ダンテはこちらに気づくや否やすぐに腰を上げて肩に手を置いて迫ってきて、そのまま荒々しい声で今回の出産について尋ねてきた。
それに対してノアは一瞬驚いたように目を見開くが、すぐにそれを笑みに変えて優しく説明をしてあげた。
「赤ちゃんは無事産まれましたよ。元気な男の子です。フェリスも出産直後は軽く笑えていましたし、多分大丈夫です」
「そ、そうか…!!」
「よかったぁ〜…」
二人は同時に胸を撫で下ろし、安心したように息を吐いた。
すると直後、ダンテが突拍子もなく質問を投げてきた。
「で?名前は決めてるの?」
「…」
ダンテの質問に対してノアはすぐに答えることができず、つい目線を逸らしてしまった。
そんなことをしてしまうと黙っていない人物が隣に一人いるというのに。
「ノアくん?そこはちゃんと考えておかないと。夫は出産が出来ない分、そういうところで自分はできるんだぞ!ってアピールしないと、奥さんは不安になっちゃうわよ?」
「…そうですね」
なぜかは知らないが、ダンテが露骨に視線を逸らしている!
流石にわかりやすすぎたため、ノアはダンテに対してジト目を向けて心の中で少しため息を吐いた。
(コレ、絶対経験談だな)
ノアは気づいていない。
自分ももうすぐ同じ立場になりそうだということに。
「ノアくん?聞いてる?」
「あぁ、はい聞いてます」
「…まあいっか。とりあえず、ちゃんと名前は考えておくのよ?そしてその上でちゃんとフェリスちゃんとも話し合うのよ?」
「もちろんです」
本当は半分ぐらいしか聞いていなかったが、なんとか誤魔化せたし結論だけは聞くことができたので良しとしよう。
とりあえず今はフェリスが無事出産できたことに安心しつつ、しっかりと大黒柱として子供の名前を考えておこう。
「じゃあ、俺はそろそろ行きますね」
「ああ。引き止めてごめんな」
「いってらっしゃ〜い」
ノアは医師が待つ所まで早足で進んで行き、医師から今後のことについて様々な話を受けるのだった。
◇
「フェリスちゃん、すごかったよね〜」
あの後フェリスは病室のベッドに連れて行かれ、それに付き添ったアメリアとセリーはベッドの側で先程の出産について話し合っていた。
「そうですねぇ。終始顔を真っ赤にして息も荒かったですけど、最後はフェリスちゃんの意地のようなものが見えましたね」
二人はフェリスの寝顔を見つめつつ自分達の数ヶ月後の姿を思い浮かべた。
「私たちももうすぐだね」
「はい」
「正直あんまり自信ないなぁ…。出産の時の痛みって、想像もつかないぐらいだろうし」
アメリアはフェリスの赤くなった指先に手を当てつつどこか虚げな表情を浮かべた。
そしてそのそばにいたセリーも同じような不安を心の中で抱き、フェリスのあの苦しそうな表情を思い浮かべながら言葉を漏らした。
「そうですね…。あれだけの死闘を見せられてしまえば、流石に自信を無くしてしまいますよね…」
普段なら前向きな考えを見せるセリーでも今回ばかりは自信を失いかける程にフェリスの出産はとんでもない闘いであった。
そのため二人はどこか恐怖のような不安を抱いており、暗い表情のまま語り続けた。
「私たちに産めるのかな…?元気な赤ちゃん」
「…それは…難しい疑問ですね」
「でもノアは赤ちゃんをすっごく楽しみにしてるみたいだから…絶対に元気な子を産んであげないとっ」
普段なら嬉しいノアからの期待も、今は重くのしかかる重圧と化していて、二人はノアのことを思うと胸がキュッと締め付けられるような感覚に襲われる。
「ノアのために、ですね…。彼の喜ぶ顔を見るために私たちは頑張るんです」
セリーはどこか振り切れたような言葉を放つが、その言葉にはなぜか覇気が乗っておらず、やはりセリーも不安なところが大きいことがわかる。
それに気づいたアメリアはセリーに対して自分の今の気持ちを共有しようとした。
「やっぱりセリーちゃんも…怖い…?」
「…はい」
普段ならこういう暗い雰囲気になった時に、ノアやフェリスが優しく声をかけてくれて励ましてくれるだろう。
だが今二人と会話をすることはできないため、二人の気持ちはどんどんマイナス方面に進んで行きそうになった。
だがしかし、その流れを断ち切るような一言が、この病室内に微かに響いた。
「…大丈夫よ…」
「!?」
「フェリスちゃん…!?ど、どうして…!?」
なぜか眠っていたはずのフェリスは一瞬口を開き、そしてまた何事もなかったかのように寝息をたて始めた。
「い、一体何だったんだろう…」
「さあ…?」
二人はフェリスの謎の発言に驚きを見せるが、すぐにフェリスの言葉を思い出した。
「大丈夫…ね…。フェリスちゃん、相当しんどかったはずなのに、そんな事言えちゃうんだね」
「流石、魔法学院主席といったところでしょうか。やはり私たちとは根性が違いますね」
フェリスの発言によって二人の闘志に火がつき、二人はフェリスに負けないために気合を入れ始めた。
「私だって、絶対に元気な子を産んで見せるんだから!!」
「フェリスちゃんだけにいい思いはさせません!!」
そのようにして二人はなぜか結託し、先程までの不安を一瞬にして払拭したのであった。
…君ら、単純すぎない?




