71 夫婦として
「ふぅ…今日も疲れたなぁ」
家が完成していよいよ職場を探さなければならなくなったノアであっだが、それは案外簡単に見つけることができた。
それもこれも村長であるダンテの助力のお陰であり、ノアはセリーと結婚してよかったなと思いつつリビングの扉を開いた。
「ただいま」
「「「おかえり(なさい)」」」
新しくできて数ヶ月の家の扉を開くとそこには宇宙一の美人妻が三人もいて、ソファから腰を上げてお出迎えをしてくれた。
「最近結構暑いよね〜」
「ちゃんと水分補給しながらお仕事してくださいね?」
アメリアとセリーが言うように、今は家ができてから数ヶ月の時が経っており、ノアがアルカルナ公爵家を旅立ってから一年と少しが経過していた。
去年乗り越えたはずの長い夏がまた始まるということに対してノアは軽く絶望しそうになってしまうが、今のノアにそんなことをしている余裕はなく。
「ああ。流石にこの時期に倒れるわけにはいかないしな」
ノアはそう言いつつ重い腰を上げてこちらにやってきてくれたフェリスとそのお腹に視線を向けた。
「もうすぐだな」
「ええ。そろそろ入院の支度をしておかないとね」
フェリスのお腹に宿る赤ちゃんは一週間後に産まれる予定であるため、ノアはいよいよかと心の準備を着実に整えていた。
そしてそれはアメリアとセリーも同じな様子であるが、彼女らも妊娠している身であるため、どこか感情がいつもとは変わっているような様子で。
「入院の支度はまかせてっ!」
「私たちにはこれぐらいしかできませんけど、もしそれでもよければいつでも言ってくださいね」
二人は自分の身体のことを何も考えずにそのように発言するが、二人のこともしっかり見ているノアは当然の如く止めに入る。
「いやいや、二人は別に何もしなくていいって。俺が全部やるから、二人もフェリスと一緒にソファでゆっくりしてな」
ノアはそう言って二人のことを止めるが、それでも二人は手伝いたいとノアに意見しようとした。
だが最近どこか使命感のようなものが大きくなってきているノアにそのような行動は受け入れられず、ノアは勝手にフェリスの入院の支度を始めようとした。
だがしかし、それは今この家で一番偉いフェリスの方によって阻害されてしまう。
「ダメよノア。いくらアメリアとセリーも妊婦さんだからといって、そうやって無碍に扱うのはよくないわよ」
「…ごめん」
いつも妻には敵わないノアであるが、今はいつもより完全に立場が下であるため、すぐに指示に従うことにした。
「じゃあ二人も一緒に準備頼むわ」
「うんっ!」
「任せてください。あ、でもそれより先に晩御飯にしましょうか。お腹、空いてますよね?」
「ああ、めっちゃ空いてる。てか晩御飯作ってくれたのか?いつもいいって言ってるのに」
「まあまあ。これは私たちがしたいだけだからねっ」
「ならいいけど…。ありがとな。二人の料理が食べれてるから俺は毎日頑張れるから」
「ふふ♡そう言っていただけるなら頑張って作った甲斐がありました♡」
「これからも毎日作ってあげるからね♡」
ノアは服を着替えた後すぐに食卓につき、アメリアとセリーの力作の肉じゃがを口にしたのであった。
◇
アメリアとセリーの料理をたらふく食べ、風呂に入ったりリビングでダラダラお話をしていたりするとすぐに夜が老けてしまい、ノアはフェリスと共に寝室に向かった。
「ごめんなさい。わがまま言ってしまって…」
寝室の扉を開けて中に入った直後、フェリスは申し訳なさそうにそう呟いた。
多分フェリスが言っているわがままとはフェリスが先程「今日は二人で寝たい」と発言したことであろうが、ノアやアメリアとセリーは全くわがままなどとは思っていない。
「いーや、別にそんなに申し訳なさそうにしなくていいって。毎日毎日四人で寝ないといけないってルールがあるわけでもないんだし」
ノアはフェリスの頭を軽く撫でながら彼女を励まし、そのまま二人でベッドの上に横たわった。
「それに、俺だってたまにはこうやって二人きりでイチャイチャしたいし」
「そ、そう…?♡」
フェリスはいつにも増して照れている様子で、頬を真っ赤に染めて視線を逸らしている。
(!!可愛いすぎだろ…ッ!!)
その様子がノアの目には愛おしく写り、ほぼ反射的にフェリスの身体を抱きしめた。
「!?…どうしたの…?」
「俺の嫁が可愛すぎてつい抱きしめてしまった」
「もう…あなたはいつもそういうことを平気で言うんだから…」
「ん?別に平気じゃないぞ?俺だってこういうのはドキドキするよ」
「……」
ノアがそう言ったきりフェリスは黙り込んでしまい、彼女はそのままノアの胸に顔を埋めた。
そしてフェリスはこちらの心音を感じようと顔を擦り付けてくるため、ノアは普段とは違うフェリスの行動に疑問を抱いた。
(?どうしたんだ今日は。なんかいつもより寂しがっているような…?)
まあ妊婦は精神的に不安定なところがあるというし、多分フェリスもそれなのだろう。
(ん〜…どうにも引っかかるなぁ…)
でもなぜかノアはそれだけの理由では納得がいかず、さらに疑問を深め始めた。
(これは…訊いた方が早いか…?)
結局一人では結論に辿り着くことは出来ず、正直にフェリスに訊いてみることにした。
「なぁフェリス。今日はどうしたんだ?なんかいつもより積極的じゃないか?」
あまり直接的な表現をすると拗ねられると思い咄嗟に言葉を変えてみたのだが、それが案外良かったようでフェリスは素直に答えてくれた。
「だって…私たちの子供が産まれたら、あまりこうしてゆっくり二人にならなくなるかもしれないから…」
フェリスはノアの胸から顔を上げ、不安そうな瞳でノアを見つめている。
(そんなこと考えてたのか)
ノアは即座にフェリスの心境を察し、今色々と不安が絶えないであろうフェリスの心を落ち着かせるべく口を開いた。
「確かに子供が産まれたらその子の面倒を見ないといけなくなる分二人きりの時間は減るかもしれないけど、それでもこれから時間は沢山あるだろ?だって俺たちは、一生を誓い合った夫婦なんだから」
ノアは後何十年も時間はあるとアピールし、そこから話を組み立てていく。
「でもだからって俺はフェリスのことを無碍にしたりしないし、ちゃんと二人の時間も作るつもりだ」
そこでフェリスの表情は少し明るくなり、ちょっとした笑みが彼女の顔からこぼれ出た。
それを見てあと一押しだと考えたノアは先ほどより強めに迫り、フェリスのことを安心させようと頑張った。
「だからフェリスは何も心配しなくていいんだよ。フェリスはただ自分の思うように生きていてくれたら__」
と、その時だった。
「…ッ!!!!!」
「!?…だ、大丈夫か!!!???」
突然フェリスが猛烈に全身を赤くし、多量の汗をかきながらお腹を抑えて身悶え始めた。
それを見てノアはフェリスの身に何が起こっているのかを察し、すぐにフェリスを抱えて部屋を飛び出した。
そして大声で家にいる残りの二人の妻のことを呼び出し、今の状況を理解させた。
「も、もしかしてフェリスちゃん…!?」
「産まれそうなんですね…!?」
「そうっぽいな…。とりあえず俺は今すぐ病院に連れて行くから、二人はダンテさん達に報告しながらゆっくりでいいから来てくれっ…!」
「わ、わかった!!」
そうしてノアは苦しさを耐えているフェリスを抱えて病院に向かった。




