68 反省会
「じゃあ、そろそろ俺は帰ろうかな」
ノアが病院に運ばれてから数時間後、もうそこそこ遅い時間になったためダンテは家に帰ろうと椅子から腰を上げた。
それを見てノアとその妻三人は同時に頭を下げ、礼を述べながらダンテを見送る。
「今日は夜分に本当にありがとうございました」
「いやいや、俺もたまには夜に散歩したかったし、こちらこそいい機会をくれてありがとうな」
「今度家にお礼に行きますねっ」
「そんなのいいのに〜。でも可愛い娘からお礼されるのなら、それはやぶさかではないな」
ダンテは立派な父を演じようとキリッとした表情を浮かべるが、彼女らからは苦笑いを向けられてしまう。
だがらダンテはそれに気づかず堂々としており、そのままの雰囲気で病室を立ち去ろうとする。
「んじゃあまた今度。ノアくんのこと、よろしく頼むね」
「わかりました」
「任せてくださいっ!」
「ノアくんも、ちゃんと休む時は休めよ。何か悩みとかあるならいつでも相談に乗るし」
「ありがとうございます。その時は是非お願いします」
正直言うと今すぐに相談したい事があるのだが、流石にこの時間に彼を引き止めるわけには行かず、三人は小さく手を振ってダンテを見送った。
そして完全に病室の扉が閉まって部屋には夫婦のみとなった途端、三人は気まずそうにこちらを向いてきた。
そしてノアは先程とは態度を変え、腕を組んで子供を叱るような目つきで三人を見つめた。
「三人とも、そこに座りなさい」
「「「はい…」」」
いつもは立場が逆であるためノアは違和感を抱くが、これも自分のためだと言い聞かせてそれを無視して発言を続ける。
「俺が言いたい事、わかってるよな?」
「「「はい…」」」
「今回俺がこうなった件、何割かは三人に責任があると俺は思うんだが、どう思う?」
「「「…」」」
ノアの質問を聞いて三人は一瞬気まずそうに口を閉じるが、このままでは進まないと感じて三人は口を開いた。
「は、はい…私もそう思います…」
「私も…」
「同感ね…」
当然三人にも自覚はあるらしく、これなら話が早いとノアは説教を始めた。
「俺、割と半分ぐらいの誘いは拒んでたよな?」
「うん…」
「でもみんなが無理矢理押し切ってきて、結局夜遅くまで起きるハメになる」
「う…面目ありません…」
「コレ、誰が悪いの?」
「わ、私たち…です…」
「だよな?」
「「「はい…」」」
まるで教師が子供に説教をするかのような構図で夫婦間の話し合いは進行し、次にノアは作戦を変更して少し声のトーンを上げて話した。
「あ〜あ。毎晩毎晩苦労が絶えないよなぁ。結果的に俺はこうなってしまったわけだし。コレはもう普通のお詫びなんかじゃ許せるわけないよなぁ?」
「そ、そうね…」
今回ばかりは妻たちに反抗してやろうとノアが発した言葉に三人は身体を跳ねさせて驚き、どんなお詫びを求められるのか緊張している様子で下を見始めた。
だが当然の如くノアはそれを無視し、早速三人に指示を出し始めた。
「んじゃあまず手始めに…三人とももっとこっちに寄ってきてくれるか?」
「うん…」
ノアの言葉を聞いて三人は椅子をノアの顔の方に近づけてきたが、まだそれでは足りない。
「もっとだよもっと。俺の手が届くぐらいまで顔近づけて」
「…?」
どうしてここまで顔を近づける必要があるのかと三人は疑問に思うが、今は立場が下であるため素直に従って顔を近づけた。
その瞬間、ノアは三人の背中に手を回し、勢いよく三人を抱きしめた。
「「!?」」
「えと…コレはどう言う…?」
もっと変なお願いをされると感じていた三人は不意を取られ、つい驚いたように目を見開いてしまう。
そしてこの行動の意図をノアに問うと、ノアは三人に笑顔を向けて訳を話し始めた。
「ありがとな。俺のこと、心配してくれて」
ノアは優しく三人に礼を述べ、三人の勇気ある行動に敬意を表した。
だが三人はそんなことを言われるとは思っておらず、ポカンとした表情でノアに再び質問を投げかけた。
「え…どういう意味ですか…?」
「愛する人に心配されるって、男からすれば滅茶苦茶嬉しいってこと」
ノアがそう発言した瞬間、三人はノアの腕の中で頬を赤く染め上げ、恥ずかしそうに視線を逸らした。
その姿を見てノアはさらに三人のことをいじめたくなるが、それでは話が進まないためその衝動を抑えて三人に再び頭を下げた。
「それと…ごめんな。急にこんなことになってしまって。いくら原因が三人にあるといっても、俺の注意不足だった。心配させてごめん」
ノアが申し訳なさそうに三人に頭を下げると、三人は慌ててノアの言葉を否定し始めた。
「いやいやいや!謝らないで!」
「そうよ…。今回悪いのは私たちなのだから、あなたは責任を感じないで…?」
「んー…そうは言ってもなぁ…。一家の大黒柱が家族に心配させるだなんて、結構恥だったりするんだよな」
実際ノアは実家でこういう教育を受けてきたため、一般人以上に申し訳なさを感じていた。
そしてその気持ちは同じように貴族出身であるフェリスとアメリアは理解したらしく、その上で二人は反論を導き出した。
「そんなことはないわ。あなたは既に私たちに安心と平和をくれているもの。それで少し倒れてしまったぐらいで恥だなんて、言い過ぎだと思うわ」
「うんうん、フェリスちゃんの言う通りだよ。確かに不安な気持ちもあったけど、それよりも私たちはノアのことを信じてたから。私たちはね、あなたが思っているよりあなたのことを信じているの。これだけ信頼される旦那さんって、十分大黒柱としての任を果たせていると思うよ?」
「…!」
フェリスとアメリアの切実な言葉を聞き、ノアは一瞬目を見開いた後、納得したように頷いた。
「そうだな…そうかもな…。うん、そういうことにしようか」
「それがいいわね」
「うんっ。だからノアは何も気にせず今まで通り私たちのことを愛してくれたらいいんだよ?♡」
「そうだな。そうするよ」
そうして一つ目の話題は解決を迎えたのであり、ノアも心の中のモヤが解けて安心したのであった。
だがしかしノアの説教はまだ終わりではないため、ノアはまた顔を少し怖くして三人に語りかけた。
「あとそうだ。みんなお腹に子供がいるのに結構無理しただろ?」
「ん…!?そ、そんなことは…」
「正直に言いなさい」
「無理…しました…」
「やっぱりな」
ノアが目を覚ました時、三人は明らかに元気とは言えない表情をしていたが、彼女らは必死にそれを誤魔化していた様子であった。
ノアにとって妻の命も子供の命も自分の命よりも大切なものであるため、その両方に負担がかかってしまった事が許せないでいた。
「まあこれも結局俺が悪いんだけど…それでもみんなにはここまで無理してほしくはなかったかな。俺が言うのもなんだけど、もう少し手段はなかったのか?」
「う…」
「ん…」
ノアの言葉を聞き、三人は慌て散らかした数時間前の言葉を思い出し、ノアに対して再び顔向けできなくなってしまった。
その三人の行動でノアはある程度のことを察し、また優しく言葉を__
「ごめんけど、こればっかりは気をつけてほしい。下手したら自分とお腹の子供の両方の命が危ぶまれるんだからな?」
「そ、そうね…」
「気をつけるよ…」
「今度からは冷静な判断を心がけます…」
ノアは大事なことはしっかり口にするタイプなため、今回の三人の行動についてしっかりと喝を入れて今後の行動を改めるように促した。
だがしかしことの発端は自分が倒れたことであるというのはしっかり自覚しているため、ノアは心の中でひっそり一人反省会を行うのであった。




