63 イチャイチャの先
「なんか、まだ信じられないなぁ」
その日の夜、ノアとフェリスは珍しく二人きりで寝室の椅子に座っていた。
いつものように今夜もみんなと共にすると思っていたが、アメリアはなぜかセリーの実家に泊まると言い出し、それにセリーもついていってしまった。
その為今夜はずっとフェリスと二人きりであり、ノアは懐かしさを感じつつフェリスの手を握る。
「そうね。私たち、ついこの前結婚したばかりだものね。私も正直まだ夢なのかと思っているわ」
フェリスは夜景をボーッと眺めながら言葉を漏らし、そしてノアの手を握り返した。
「でもこれは紛れもない現実よね。私のここには、私とあなたの愛の結晶が眠っているもの」
フェリスは頬を紅潮させつつ笑みを向けてきて、それにノアも笑みを返す。
「ああ。俺たちの間に子供が出来たってのは、紛れもない現実だ」
先程よりも手を強く握りつつ、ノアはそっとフェリスのお腹に手を伸ばした。
「お〜、コイツはデカくなるゾォ」
「ふふっ、何言ってるのっ」
「あ、今蹴った。コイツ、俺のフェリスになんてことシテンダ!!」
つい嬉しくなってしまったノアはふざけ始めてしまい、フェリスはおかしそうに笑みを浮かべた。
「もう、まだ蹴ったとかわからないでしょう?」
「い〜や、俺にはわかる。だってコイツは俺の子だからな。心で通じてるんだ」
なぜか誇らしげに胸を張ってそう伝えてしまうと、フェリスがさりげなく身体を近づけてきて耳元で対策囁き始めた。
「(じ、じゃあ…お嫁さんの考えていることもわかるの…?♡)」
「っ!?」
フェリスの破壊力抜群な発言に対し、ノアはつい身体をのけ反らせてしまう。
するとフェリスは普段とは違う悪戯な笑みを浮かべてノアのことを煽り始めた。
「あら?私たちの心は繋がっていないのに、赤ちゃんとは心が繋がっているの?なら、あの時の言葉は嘘だったのかしら?♡」
「ゔ…」
フェリスの指摘を受け、ノアはある夜の発言を思い出した。
その発言の内容は「俺たちは心も身体も一緒だよ」的な事であり、正直掘り返されると滅茶苦茶恥ずかしいのであった。
その為ノアはしっかり心にダメージを受け、ほとんど声になっていない声で話した。
「そ、それはぁ…嘘じゃないです…」
若干白目を剥きつつ真実であると発言して少しでもこの場を丸く収めようと考えていたが、フェリスに対してそのような考えでは甘かったようで。
「そうなの?♡なら、今私が何を考えているのかわかる?♡」
フェリスは目に♡を浮かべて半分ヤンデレのように質問を投げてきて、とても楽しそうに笑っている。
だがしかし、当然ノアは全く楽しくなどなく、むしろ心臓をバクバクさせながら背中で汗を流していた。
(これ、ミスったらヤバくね?)
フェリスの目は完全にキマっていて、もし間違えようものなら包丁でも持ってきそうな勢いであった。
だからこそ絶対に当てるために思考を巡らせたいところなのだが、フェリスがそんな事を許してくれるはずもなく。
「ねぇ、早く答えて?♡わかるのでしょう?♡」
「う…」
どうやら思考の時間すらくれないらしいため、ノアはもう完全に直感で答えるしかなくなってしまった。
(クソ…!もうこうなったら刺し違える覚悟でいってやる…!!!)
覚悟を決め、自分の直感に頼って言葉を放つ。
「キス…したいって思ってるんじゃないか…?」
「…!?」
思い切ってキスの話を出してみると思いの外フェリスの反応が良かったため、ノアはまさかのことを考えた。
(当たったか…!!)
「…外れ」
「え?」
耳まで真っ赤にしたフェリスは首を横に振るが、包丁を持ち出したりはせずなぜか恥ずかしげに目をチラチラと彷徨わせている。
「したいの…?」
「え?」
「キス…したいってことでしょ…?」
「えぇ…?」
フェリスの心の声を予想しただけなのであるが、なぜか話がすり替わってこちらの心の声みたいになってしまっていた。
だがしかし、これはいい感じの雰囲気なのでは?
フェリスなんか何か物欲しそうな目で見つめてきているし、ここは大黒柱たるものしっかりとリードしてあげねば!
というわけで、ノアはフェリスの肩に手を置いてしっかり目を見つめて口付けの許可を乞うた。
「じゃあ、しよっか。キス」
「!?…うん…♡」
フェリスは一瞬驚いたように目を見開いたが、直後に目を瞑ってこちらの行動を待ち始めた。
その時の表情はそれはとても素晴らしいものであり、もっとこの顔を見ていたいと思うが、それだと後で怒られそうなので早めに唇を重ねることにした。
「「…」」
二人は静かにお互いの唇の感触を堪能し、息が苦しくなる頃に顔を離した。
そこでフェリスが浮かべていた表情はまさにとろけきったといった感じのものであり、ノアはより一層フェリスへの愛情が湧いてきた。
「ごめん。もう一回だけいいか?」
「そんなの…いつも確認しないじゃない…」
言われてみればもうフェリスとキスするのに確認などしておらず、今回のパターンはかなり久々であった。
その為フェリスもこういう時どう返せばいいのか忘れているようで、今は少し拗ねたように斜め下を向いている。
そんないつもと違う妻に対してしっかりと心を射抜かれてしまうが、それは頑張って表情に出さずもう一度唇を重ねた。
「…!?」
目を開いたままキスをしていると、フェリスが突然背中に手を回してきて、そのままギュッと抱きしめてきた。
その時のフェリスの表情は最早理性すら失っていそうなほど紅潮していて、目はトロッと溶けそうなほどに愛おしくなっていた。
(あかん、このままじゃ色々マズイ)
一応今晩はただイチャイチャするだけのつもりであるため、これ以上盛り上がってしまうと我慢できなくなってしまう。
そのためノアは即座に唇を離したのだが、フェリスからは不満そうな表情を向けられてしまう。
「な、なんでやめてしまうの…?」
「それはその…」
ここで理由を言えばまたいつものように誘われて流されてしまいそうなため、直接的に理由を説明するのは憚られる。
その為ここでしっかりと話を逸らすことが重要になってくるが、知的で鋭いフェリスに対してその作戦が効くのであろうか。
(…やるしかないか)
いや仮に指摘されたとしてもそれを上手く利用すればいいだけだ。
とにかく今のこの雰囲気を少しでも和らげねば。
そう考えてノアはフェリスに話を持ちかけた。
「ちょっと…子供についてちゃんと話したいって思ったな」
「子供について…?」
「ああ。例えば名前とかさせたい習い事とかかな」
「ふーん…そう…」
よし、フェリスも納得した様子だし、これなら行け__
「それ、今じゃないとダメ?」
「え?」
「別にその話は後でいいでしょう?♡それよりも、今は私のことだけを考えて欲しいわ♡」
「え、ちょ__」
その時フェリスが強引にキスをしてきて、そのまま舌を入れてきた。
それを察知したタイミングでノアは完全に諦めてしまい、もうどうにでもなれとスイッチを入れるのであった。




