61 真実はいかに
一時間後、日が登って明るくなった頃にノアは仕事を開始し、早速重い木材を運び出した。
ノアはいつものように無心で仕事をこなしているかのように淡々と身体を動かすが、心の中ではもう仕事どころではなかった。
(え!?子供!?俺に…!?)
宿の風呂場でフェリスから告げられた言葉が頭から離れず、ノアは今も全身に衝撃が走り続けていた。
(信じられねぇ…俺親になんのか…?)
フェリスが妊娠しているのかはまだわからないが、可能性としては大いにあり得るため、ノアは親というものについて考え始めていた。
(親って何すりゃいいんだ?オムツ変えたりミルクあげたり…?あとは…教育?)
ノアは親が赤ん坊に何をすればいいのかをほとんど理解しておらず、今こうしてどうすべきか頭を悩ませている。
(まあそこら辺はフェリスとかに任せればある程度はどうにかなるだろうけど…)
フェリスたちは母親からそういう知識を植え付けられているため大体はなんとかなるのであろうが、ノアの頭には少し引っ掛かりが残っていた。
(俺の子だし、俺も色々してやりたいよな)
ノアとて正常な価値観を持つ男なわけで、当然自分の子供を自分の手で育ててみたいという気持ちはあった。
だがしかし子供が生まれるとなるとお金が必要になるため、恐らく日中は子供と関わることは難しいだろう。
(とりあえず日中は家族のために仕事して、夕方以降は家族のために精一杯尽くす。うん、最高かよ)
本来なら一日中みんなといたいところではあるが、仕事があるためそれは叶わない。
だがそれをマイナスとは捉えず、家族を養うためというプラスな考えでこのモヤモヤを取り除いた。
そしてそのまま爽やかでありつつも忙しない心情で仕事を進め、いよいよ昼休憩の時間がやって来た。
するとノアは速攻でこの現場のリーダーとも言える人物に声をかけに向かった。
「すいません。ちょっと病院行って来ますね」
「え?病院!?」
急いでいたノアは言葉を少なくしてしまい、リーダーからは焦りと驚きを交えた目を向けられた。
「もしかしてどこか怪我でもしたんですか!?やはりあの重量のものを何度も運ぶのは無理があったんですよ!!」
「あ、いやそういう意味じゃなくて」
身体中から汗を流すリーダーに対し、ノアは落ち着いて説明をし始めた。
「病院に行くのは俺の妻ですよ。俺は付き添いで行ってくるだけですよ」
「そ、そうなんですか…」
そこでリーダーは落ち着きを取り戻すが、今度は別の意味で疑問を抱いた様子で。
「じゃあ奥さんの体調がすぐれないということですか…?」
今度はそのような誤解をされてしまうが、当然これも訂正をしておく。
「いえ、体調が悪いわけではないんです」
「なら、なぜ…?」
そのでノアは少し緊張するが、怯まず正直に言葉を発した。
「実は、子供ができたかもしれなくてですね」
「はあ…子供ですか…子供……子供!!!???」
リーダーは徐々に声を大きくしていき、最後にはほぼ叫ぶような大声を発して驚いた。
「え!?できちゃったんですか!?」
「まだわかりませんけど、可能性はありますね」
「おめでとうございます!!!」
リーダーはまるで厳しい師範に子供ができた時のように豪快に頭を下げて祝福の言葉を述べて来た。
まだわからないって言っているのに、この現場には早とちりな人が多いもんだよ。
ま、それがこの現場のいいところなんだけど。
「そういうわけなんで、俺はちょっと行ってきますね。昼休みが終わるまでには帰ってくるんで」
「いやいやいや!別に今日はもう上がってもらっても構いませんよ!こういう日は奥さんのそばにいてあげてくださいよ!これから忙しくなるんですから!」
リーダーは気前よくそう言ってくれるが、この現場の大きな戦力が急に抜けるわけにはいかないとノアは考えた。
だがしかし、その考えは話を聞いていた仕事仲間たちの言葉によって変わってしまうことになる。
「そうですよ!こっちは俺たちに任せて行ってください!」
「一人じゃあなたの力には勝てないけど、みんなで力を合わせたらなんとかなりますよ!」
「腕が千切れるまで働いてやりますよ!今日ぐらいは!」
仕事の仲間たちはそう言ってこちらのことを送り出してくれるようで、その言葉にノアの心は救われた。
「…わかりました。お言葉に甘えて、後は皆さんに任せることにします。何卒よろしくお願いします」
ノアは頭を下げてお願いするが、仲間たちはそんなのを望んでいない様子だった。
「相変わらず堅苦しいですなぁ!俺たちは半分家族みたいなもんなんですから、そういうのは無しにしましょうよ!」
「て、リーダーもさっき滅茶苦茶勢いよく頭下げて祝福してたじゃねぇかよ!!」
「人のこと言えてねぇぞ〜!」
「うっせぇわお前ら!!!」
歳が近い職人たちは声を大きくして楽しそうに会話を繰り広げており、ノアもそれに釣られて少し笑ってしまう。
だがそこであまりゆっくりしている暇はないことを思い出し、みんなに言葉を残して去って行った。
「じゃあ後は頼みます!行ってきます!」
「「「「「お幸せに〜!」」」」」
せめていってらっしゃいと言って欲しかった。
◇
「あ、来た〜!」
「ごめん待たせたか?」
「ううん、さっき来たところだよっ」
ノアは爆速でみんなと約束していた場所まで走り、僅か三分程で合流することができた。
「じゃ、行くか」
「案内よろしくお願いするわ」
「任せてくださいっ」
そして早速病院に向かい、十分程で目的の病院に着いた。
「お、結構立派な病院だな」
「ここは村一番の病院ですからねっ。近くの村の中でも一番の大きさなんですよっ」
こんな辺境の村にしては規模の大きい病院であるため正直に驚きを見せると、セリーが得意げに笑って自慢してきた。
そんな可愛らしいところに対してしっかり愛着が湧いてしまうが、今はそれよりも大事なことがあるため普通に歩き出した。
「とりあえず早いとこ診てもらおうぜ。てか、早く真実を知りたい」
ノアはフェリスが妊娠しているかどうかを一刻も早く知りたいため、気持ち早歩きになりつつ歩き始めた。
それに対して女性陣は少し不満を抱きつつ後ろをついて行った。
「ちょっと、急ぎすぎじゃなき?」
「そんなに早く歩かれるとフェリスちゃんが疲れちゃいますよ?」
「いや、これぐらいは大丈夫だけれど…」
フェリスは人よりかなり体力がある方なので本当に大丈夫なのであろうが、それでも二人は心配している。
「ううん!妊婦さんは自分が思っているより疲れやすいんだよ?」
「それに、お腹の子供に響いたらよくないですからね」
まだ妊娠したのが確定したわけでもないのに二人は過剰に心配の言葉をかけた。
だがその気持ちもなんとなくわかるため、ノアは素直に頭を下げて謝った。
「やっぱそうだよな。ごめんな。次からは絶対にこんなことしないから」
「そ、そこまで謝らなくても…」
「まあまあ、そこら辺にしておこうよ。実は私も早く妊娠しているか知りたいの!」
「ふふっ、それは私もですっ。ですのであまりモタモタせず行きましょう?」
二人の言葉を聞いてノアとフェリスは互いに見つめあって少しだけ笑みを向け合い、そしてノアは片手を差し出した。
「そうだな。行こうか」
「うんっ」
フェリスはその手を取ってノアと同時に歩き始めた。




