48 仕事頑張りますね(無職)
あの後も様々なことを赤裸々に話させられ、いよいよこの空気に耐えられなくなったノアは家を飛び出した。
「はぁ…ったく、みんな手荒すぎないか…?」
家を出て数は歩いたところで立ち止まり、膝に手を置いて今までの出来事を思い出した。
強引に迫ってくる義両親にそれに乗っかる妻二人、そして一番積極的な__
「確かに、みなさんはしゃいでましたねっ」
「ん!?」
後ろから透き通るような綺麗な声が聞こえ、ノアは咄嗟に後ろを振り返った。
「どうして来たんだ…?」
そこには新しい妻であるセリーの姿があり、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべつつこちらに近づいてくる。
「疲れた夫の隣にいるのが妻の役目ですので」
「そ、そうなのか…?」
疲れた原因の一部は君たちにあるんだけどね!
なんて言えるはずもなく、ノアは身体を起こして前に進み始めた。
「ちょっとぶらぶらしないか?色々案内してくれよ」
「はい。お任せください」
セリーはピタリとノアの隣に引っ付き、そしてさりげなく手を繋いだ。
「…」
「?どうかしました?」
「いや、なんでも…」
まだ出会ったばかりなのにここまでのスキンシップをされるとは思っておらず、つい目を逸らしてしまった。
それに対してセリーから疑問の目を向けられるが、何とか誤魔化して歩みを進める。
セリーの案内を頼りに様々な場所を歩き、ところどころ店に寄ったりして。
まさにデートといった感じの時を過ごし、二人の仲はどんどん深まっていった。
「うまかったなぁ」
「まさか上にバナナを乗せるとは思ってませんでしたねっ」
「斬新なデザートもあるもんだな」
「ふふふ、びっくりしましたよね。っと、もう夕方ですね」
仲良く話をしながら店の扉を開けて外に出ると、空は赤く暮れていて二人は少し寂しさを覚えた。
まだあまり長い時間をセリーと過ごしていないが、それでも彼女と過ごす楽しい未来は容易に想像できるぐらいに今日のデートは楽しかった。
だからこそ時間の進みが早く感じられ、ノアは心のどこかでしょんぼりとしていた。
だがしかし、セリーはまだデートを続けたいようで、再び手を握ってきて早歩きで進み始めた。
「まだまだデートは終わりませんよ?」
「あんまり遅くなるとお義父さんとお義母さんが心配するぞ?」
「大丈夫です。事前に遅くなることは伝えてますので」
「マジか…」
どれだけ用意周到なんだよ。
家にいた時はデートするなんて一言も言ってないはずなのに!
でも今回は彼女の入念さに救われたため、セリーの几帳面な性格に感謝しつつ彼女に着いて行く。
「んで、どこ行く?」
「実は行きたいところがありまして」
「そっか。じゃあそこ行くか」
「はい、着きましたよ」
「て、早!?目の前じゃねぇか!?」
「さあ、入りましょう?」
「あ、ああ…」
もはや仕組まれていたのではないかと思うぐらい計画性のある犯行であり、ノアは一瞬恐怖を覚えた。
だがコレが彼女の真骨頂であることを何となく察し、案内されるままに店の中に入って行った。
そして目の前に広がったのは、辺境の村とは思えないキラキラとした景色であって。
「な、何だコレ…!」
「この店は村で唯一のアクセサリーショップです。なので村の女の子たちはこぞってこの店の商品を購入しているんですよ?」
「そ、そうなのか…で、何でここに?」
ノアが気軽に疑問を投げかけると、セリーは「わかっていますよね?」と言わんばかりに笑みを向けてきて。
「私たち、晴れて夫婦になりましたよね?」
「そうだな」
「夫婦に必要不可欠なアクセサリー、何だと思います?」
「…指輪だろうな」
「正解ですっ」
つまり結婚したから指輪を選んで欲しいというワケネ。
まあいつかこちらから言い出すつもりだったので都合がいいっちゃいいか。
そんなわけで、ノアはセリーの指輪選びを始めた。
「確認だけど、欲しいのは結婚指輪だよな?」
「はい。日常的にノアと結ばれていることがわかるような指輪が欲しいです」
「…」
なんか言い方が気になるなぁ。
もっと他の言い方があるだろうに、セリーはあえてそのような言葉を選んでくる。
まあそういう小悪魔的なところもセリーのいいところなのでノアはすぐに受け入れるのだが。
「ん〜…セリーに似合う指輪かぁ…」
ノアはセリーと指輪を交互に眺め、彼女に似合う指輪を探っていく。
「これなら…いやそれならこっちか…?うーん…何でも似合うなぁ」
そんな風に一人頭を悩ませていると、店員と思わしき服装をした人物がこちらに近づいて来てこちらに話しかけてきた。
「あの〜…セリーさんですよね?」
「はい。お久しぶりです」
「お久しぶりです。今回はご来店ありがとうございます」
この店は村唯一のアクセサリーショップということもあってか、店員はセリーとも面識があるらしく、二人は仲良さげに話し始めた。
「この店はいつ来ても心が躍りますね」
「ありがとうございます。セリーさんにそう言っていただけて光栄至極でございます」
「よしてくださいよぉ」
村長の娘ということもあってか、店員さんはセリーにペコペコと頭を下げながら話している。
そして直後、店員さんは先ほどから気になっていた疑問をセリーに投げかけた。
「それでその…そちらのお方は…?」
「!?」
そういえばこの村の人はまだ結婚のことなど知っているはずがない。
しかもセリーは今まで男とほとんど関わりがなかったため、このように男と二人で歩いていると混乱されてもおかしくはない。
(ミスったか…!?)
安直にデートなどするべきではなかったか?などといった焦りを心の中で覚えるが、セリーは至って冷静に店員に話をし始めた。
「こちらは私の夫です」
「はあ…夫ですか。…夫!?」
「はい、夫です♡」
「えぇぇぇぇ!!!???」
店員さんはまるで目の前に二足歩行をする猪が現れたかのような驚き(?)を見せ、セリーに対して怒涛の質問攻めを始めた。
「おおおお二人はいつからご結婚を!?」
「今日ですね」
「今日!?じゃあ新婚ホヤホヤということですか!?」
「そうなりますね」
「ではつまりセリーさんはこの方と__」
なんか女性二人で会話が盛り上がっているようなのでこちらはこちらで指輪選びに専念しよう。
でないとこちらの精神がやられる気がする…!
「…よしっ、これでいいか」
女性二人が仲良さげに会話を繰り広げている間にセリーに似合う指輪を選び、その旨を他の店員さんに伝えてガラスケースから取り出して貰った。
「で、今晩は気合を入れて__」
「セリー。これ、はめてみてくれるか?」
「はい。わかりました」
なんか少し不穏な言葉が聞こえて来たような気がしたが、知らないふりをして指輪をセリーの左手薬指にはめてあげた。
するとセリーは目を輝かせて自身の左手をじっと眺め始めた。
「お〜、綺麗な指輪ですね」
「ああ。綺麗なセリーにピッタリだと思ってな」
「ふふふ、ありがとうございます」
セリーは指輪を眺めながら嬉しそうに微笑みつつ先程まで話していた店員さんに話しかけた。
「すいません。こちらの指輪、おいくらですか?」
「あ!そちらの指輪はですね…最近入った特注品ですので…〇〇○ですね…」
「「!!!???」」
店員さんから飛んできた金額は恐ろしいモノであり、下手をすればそこそこの馬車を丸々購入できるぐらいの金額であった。
これには流石にセリーも身が引けてしまった様子であるが、ノアは怯まずに堂々と店員さんに話しかけた。
「これ、刻印は可能ですか?」
「はい、勿論でございます」
「なるほど…なら、購入します」
「!ありがとうございます!」
「金足りるかなぁ…」
「え、いいですよ出さなくて…私がわがまま言って選んでいただいただけなのに…」
「いいのいいの。俺がプレゼントしたいだけだから」
「!…ありがとうございますっ」
「ではお二方、こちらへどうぞ」
セリーの満面の笑みを見てノアは満足そうにレジへと向かうのだった。




