36 幸せの旅立ち
「もう、行ってしまうんですね」
アメリアの屋敷に来てから三日、色々話もまとまってきたのでノアは早々に出発することを決意した。
それをこの家の主であるアブストに伝えると、彼は悲しそうに微笑んだ。
「正直まだまだいてほしいところではありすが、そういう話では無いんですよね」
アブストは旅の理由や目的を知っているため、このように理解を示してくれる。
「…すいません」
「いえいえ、謝る必要なんてありませんよ。そもそも、あなたが旅をしていなければアメリアの顔をもう一度見ることは出来ませんでした。なので私が旅を否定するなどあり得ません」
アブストは事実を冷静に話すが、心のどこかでは行ってほしくないという気持ちがあるのだろう。
それがわかるぐらいにアブストは表情を暗くさせていた。
(流石に、これじゃあ別れられないよな…)
このままではアメリアの心に不安が残ってしまいそうなので何とかアブストの心を照らすような一言を放とうと思ったのだが、それはアメリアの口になって阻まれてしまう。
「お父さんっ」
「…?どうかしたかい」
アメリアはニコッと笑ってアブストに優しく言葉をかける。
「今まで私を育ててくれてありがとう。私のお父さんが、お父さんでよかったよ」
そしてアメリアはアブストに思い切り抱きついた。
「お別れは私も寂しいよ…。でもね、私決めたの。この人と一緒に人生を歩んで行くって。旅立つって決めたの」
アメリアは涙を流しながらも笑顔でアブストに語りかける。
「だからね、お父さんには応援してほしいの。私の大好きなお父さんに、背中を押してほしいの。そうすればきっと、私はどれだけ辛いことがあっても頑張れるから」
そこでアブストも涙を流しそうになるが、それをグッと堪えてアメリアを抱き返した。
「そうだね…子供の旅を応援するのが、親の使命だね…」
アブストが虚空にそう呟くと、ヒストリアが横から二人を覆うように抱きしめた。
「きっと大丈夫よ。だって、ノアくんといる時とアメリアは楽しそうで輝いていもの。これはね、女の子が本気で恋してる時のものなの。だから私たちが不安がる必要なんてないわ」
ヒストリアにもきっとこのような経験があったのだろうと思わされるぐらいに言葉には説得力があり、アブストもあっさり安心するようになって。
「そうだね…。君がそういうなら、きっと大丈夫だね」
先程まで涙を堪えていたアブストの表情は笑顔に変わり、そしてその笑顔をアメリアに向けた。
「アメリア。これから色々な事があるだろうけど、何事も諦めずに頑張ってな。困った事があれば、ノアくんやフェリスさんに相談すればきっとうまくいくし、それでもダメなら手紙でも書いてくれ。アメリアの実の両親である私たちがきっといい答えに導いてあげるから」
「あなた、ずっとお嫁さんになりたいって言ってたものね。その夢が叶った今ならきっと何事も乗り越えていけるわ。おめでとうアメリア。そして、ノアくんの心を奪えるように頑張りなさい」
「うんっ!!」
(もう心なんてとっくに奪われてるけどな)
仲睦まじい家族を眺めながらそんなことを考えつつ、ノアは立ち上がって義両親に自分の覚悟を伝えた。
「アブストさん、ヒストリアさん。今までアメリアを育ててくれてありがとうございました。そしてこれからは、俺がアメリアを支えて行きます。必ずアメリアを幸せにしてみせますので、どうか応援していただけるとありがたいです」
胸に手を当ててそのように宣言すると、義両親は笑って言葉を返してきた。
「ははっ、応援するに決まってるじゃないですか。あなたはもう私の息子なのですから、喜んで背中を押させていただきますよ」
「アメリアのこと、よろしくね。この子はきっとあなたといるだけでも幸せだと思うけど、欲張りだからそれだけじゃ足りなくなると思うわ。その時はノアくんがアメリアのことを優しく悦ばせてあげてね♡」
「あはは…頑張ります…」
ヒストリアの言葉に何か含みがありそうなので若干笑顔が引き攣ってしまうが、とりあえずは二人から応援の言葉をいただけたのでよしとして、今は義両親との短い団欒の時を過ごした。
そして次の日の朝、荷物を馬車に乗せ終えた一同は別れの前にアブストとヒストリアと言葉を交わした。
「もう行ってしまうんですね…」
「はい。あまりお二人にご迷惑をおかけするわけにはいきませんので」
「いや、迷惑だなんてことはないですよ。むしろもっと息子と話をしたかったんですが、それは叶いそうにありませんね」
アブストが諦めたように顔を下に向けると、隣にいるヒストリアが片腕でアブストを引き寄せて言葉をかけ始めた。
「そんなに悲しそうにしないの。別に一生の別れというわけでもないし。そもそも、もしかしたら私たちはアメリアの顔すら見れなかったかもしれないのだから」
ノアがたまたまアメリアと遭遇しなければ彼女が家に帰ることはなかったため、そもそも顔を見れたこと自体を喜ぼうとヒストリアは言う。
その言葉にはアブストも納得し、顔を上げて言葉を返した。
「確かに、そうだよね。こうやってもう一度顔を見れただけでも全然幸せか…。どうやら私は贅沢な男らしいね」
アブストは自分に呆れたように笑い、そしてアメリアの顔を見つめた。
「アメリア」
「なに?」
「もし機会があれば、また顔を見せてね」
「うん。もちろん」
「それと、たまにでいいから手紙でも書いてくれないかな?」
やはりどこの親も我が子の行方が心配なのか、手紙を要求する事が多いらしい。
ノアもそだったし、フェリスもそうだったらしいし。
この気持ちは今は理解できないが、きっと子供ができてその子供が旅立つ時にわかるのだろう。
まあ、まだまだ先の話ではあろうが。
「うん。毎月みんなにお手紙書いて送るねっ」
「ありがとう。やっぱりアメリアは家族思いのいい子だね。これならきっといいお嫁さんになるね」
「え!?ちょ、何言ってるのぉ…♡」
突然の衝撃発言を受けてアメリアの頬は紅潮し、そして両手で顔を隠した。
だがそんなアメリアに追い打ちをかけるようにヒストリアが小さく語りかけた。
「ふふふっ♡ちゃんとお腹の赤ちゃんも大切にしてあげるのよ?♡」
「ま、まだできてないよぉ…」
「まだ、だって♡」
ヒストリアは嬉しそうにノアの顔を見つめ、そしてノアは目線を逸らした。
だがヒストリアはずっとこちらに目を向けてくるため、とうとうノアは諦めてヒストリアに言葉を返した。
「まあ…いつかそうなる時がくることを願ってますよ…」
「まあ♡よかったわね、アメリア♡」
「もうやめてよぉ…」
ノアとアメリアはヒストリアの言葉によって顔を真っ赤にされてしまい、恥ずかしそうに目線を彷徨わせている。
そんな初々しい夫婦の姿を近くから眺めていたアブストは嬉しそうに微笑んで。
「二人は仲がいいですね。これならきっといい夫婦になりますよ」
「や、やめてくださいよ…」
「本当ですって。こんなに相性がいい夫婦なんてなかなかいませんよ」
アブストはノアとアメリアのカップリングを相当褒め称える。
その言葉で二人の心には今まで以上の愛が生まれたが、そうなると一人だけ不満が溜まる人物がいるわけで。
「…」
(なんかめっちゃ拗ねてるぅぅぅ!?だがそういうところも可愛い!!)
フェリスは隣で頬を軽く膨らませているが、この雰囲気を崩さないために話には介入せず一人で拗ねている。
夫婦円満のためにもフォローをする必要があるが、それは後にするとして今は義両親との別れを済ませねば。
そう考えたノアは妻二人を馬車に乗るよう言い、そして乗車してから身を乗り出して手を振る。
「じゃあ、行ってきます。お義父さん、お義母さん」
「行ってきます」
「今までありがとう!大好きだよ!!!」
三人に対してアブストもヒストリアも手を振りかえすが、二人ともうまく言葉が出せず涙が溢れてしまう。
だが最後は笑って送り出そうと決めていたため、二人は涙を拭って笑顔を向けた。
「行ってらっしゃい!!!みんな、元気でねー!!!」
「また会おうね!!!みんな愛してるわー!!!」
馬車はゆらりと動き始め、そしていつしか遠く地平線の彼方まで消えていった。




