33 世界一?
「あ〜緊張したぁ…」
アメリアとその両親との話し合いを終え、ここで一泊することになったノアとフェリスは客室に案内された。
そしてだらんとソファに座り込んだノアは急に体の力が抜けて思い切り背もたれにもたれかかった。
「まさかこんなにあっさり許されるとはな…」
「そうね…。もう少し手間取ると思っていたけど、二人ともとても優しかったわね」
アメリアが話していた通り、二人はありえないほど寛容だった。
このままの勢いで家をくださいとか言ってみればくれうな気がするほどに。
いやそんなことはしないけども。
「まあ何がともあれ、任されたからにはちゃんと幸せにしてやらないとな」
「そうね」
そこでノアはソファから立ち上がってフェリスの隣に腰掛け、そのままフェリスの唇を奪った。
「アメリアも幸せにするけど、フェリスのことも絶対に幸せにするからな」
どことなく寂しそうな表情を浮かべていたフェリスの不安を払拭するような言葉をかけると、フェリスは嬉しそうに笑った。
「私はもう幸せだけれど、あなたがそう言うのならもっと幸せにしてもらうわね」
「ああ、任せときな。フェリスもアメリアも絶対に世界一幸せにしてみせる!」
自身の胸を叩いて誇らしげにそう発言すると、フェリスはクスクスと笑ってきた。
「世界一…ね…ふふふっ」
「ああ、世界一だ」
「世界一は一人しかなれないのよ?」
「それはわかってるさ。あ…」
ノアは自分の発言の欠点に気づいてしまった。
「俺が世界一幸せだから二人は世界一にはなれない…!?」
「まあ、そういうことになるわね。でも世界一幸せなのは私だからノアは一位にはなれないわよ?」
「なんだとっ…!?」
このようにアメリアがどう足掻いても一位になれないような話が数分間続いた。
そして結局全員が世界一でいいやといった結論に至り、この話は無駄であったことが証明された。
だがこの二人は生粋のバカップルな為、痴話喧嘩の後もイチャイチャをするわけで。
「好きだよ。世界一」
「私も、世界一愛してるわ」
「ん」
(俺も愛してるって言えばよかった…!!)
なんてしょうもないことを考えつつノアはフェリスの手を握った。
「そういえば、アメリアが後から部屋に来るって言ってたよな」
「そうね。そのまま三人で寝たいとも言ってたわね」
「三人か…」
ノアが悩ましい表情を浮かべると、フェリスがこちらの顔をのぞいてきた。
「それでは不満かしら?」
「いや、そういうわけじゃなくてだな。ほら、この後酒を飲むだろ?んで前に酒を飲んで俺らが一緒のベッドに入った時はどうなったか覚えてるか?」
「あ…」
フェリスの脳には数週間前の記憶が蘇った。
その記憶とは夕食の際にノアが酒を飲んで少しだけ酔い、その後ベッドでノアにどうされたのかといったものである。
「〜〜!!」
「どうやら覚えてるみたいだな。まああの時はそんなに飲んでなかったからあれぐらいで済んだけど、今日はどれだけ飲むかわからないからな。それが少し不安なんだよな」
(あれぐらいで…?)
フェリスの頭には疑問符が浮かび上がった。
フェリスの価値観からすると、あの夜のノアは相当なものであった。
なのでフェリスの心には(あれ以上があるの…?)などといった憶測が飛び交うが、そこでアメリアの姿が脳内に浮かんだ。
(いや、今日はアメリアもいるからきっと大丈夫よね…きっと…)
相手が二人いるからきっと大丈夫だといった考えに至りたいが、酒の入ったノアの底知れない体力を知っているフェリスはどうも不安を拭いきれずにいた。
「どうした?なんか顔赤いぞ」
「えっ!?あ、いや…なんでもないわ」
気づけばフェリスの顔は紅潮しており、ノアに何かよからぬことを考えていることがバレてしまった。
「なんだ?前のこと思い出しちゃったか?あ〜、あの時はちょっと興奮しすぎてしまっただけでな。ホントに今日は抑えるから」
ノアは過去の自分の行動を反省し、弁明をしてくる。
だがしかし、フェリスにとってそんなものは不要であった。
「(抑えなくていいのに…)」
「!?」
フェリスはボソッと本音を呟くが、耳の良いノアにはちゃんと聞き取られてしまった。
「えーと…今日はなんかそういう気分だなぁ。例えば酒とか入ればもう誰にも止められなくなりそうだな〜」
ノアはフェリスを喜ばせようとわざとらしく言葉を綴る。
するとフェリスの顔はさらに赤くなり、目線を彷徨わせながら小さく言葉を発した。
「そ、そう…。なら、私たちが受け止めてあげないとね…それが妻な役目だもの」
「そうか?ならお願いするわ」
旅が始まった頃は絶対にしないとか言ってたくせに結局フェリスやアメリアの魅力に溺れてしまい、結局自分から求めるようになってしまった。
でも仕方ないとは思わないかい?
だって、こんなに魅力的な女性が毎日そばにいるのだから。
普通の男なら我慢などできるはずがない。
(我慢なんかできてたまるか!)
ノアはフェリスの身体をじっと眺めながらそんなことを考える。
◇
「ご主人様。お手紙が届いております」
使用人が持ってきた一通の手紙を受け取り、レノスは一瞬にして息子からの手紙であることに気づいた。
「元気でやってんのかね」
レノスは楽しみ半分不安半分で手紙を開いた。
『この手紙が届く頃は俺が出て行ってから一ヶ月が経っていると思います。旅の道のりは長く過酷ですが、俺も妻もいつも通り元気です。そして今俺たちはヴェルディスタ王国のシルクレーター伯爵家にいます』
「シルクレーターかぁ…」
あまり関わりはないが、一度パーティで挨拶をした記憶がある。
とても温厚で優しい人で、こんな人が貴族にもいるのかと驚かされた記憶があった。
「まあ、あの人なら安心だな」
他国の貴族ではあるが、彼のところにいるのなら特に不安はないと考え、手紙の続きを読み始めた。
『そこで俺から報告があります。この度、シルクレーター家の次女であるアメリアを側室として迎え入れることにしました』
「…は?」
レノスの頭の上には?が浮かび上がった。
「側室…?アイツが…?」
ノアはフェリス一筋だと思っていたレノスにとって、この報告は衝撃的だった。
「しかも他国の貴族の娘か…よく許されたな」
政略結婚であるならばそれも許されるであろうが、今回はそういった結婚ではないはずだ。
普通の人なら大事な娘を他国の人間に任せられるはずがない。
普通の人なら、だ。
「いや、あの人なら許してくれるか」
レノスは一瞬しか話をしたことがないが、それでも彼がどれだけ優しい人なのかがわかった。
ならきっと彼はレノスが思っている以上に優しい人なのだろう。
そんな考えを抱きつつ、手紙の続きに目を向けた。
『二人を幸せにできるかは不安ですが、父さんの息子である俺ならきっとやれると考えています』
「全く、言うようになりやがって…」
レノスの目からは熱い涙が流れ始めるが、それをグッと抑えて手紙を読み続けた。
『どうか俺たちのことを応援していただけるとありがたいです。父さん、お身体には気をつけてください。そしていつか元気な姿を見させてください』
そこで手紙は終わってしまった。
その瞬間にレノスの心には喪失感と愛情が湧き上がり、抑えきれなくなった涙が溢れ出した。
「手紙、月に一通じゃなくて五通ぐらいにしとけばよかったな…」
レノスは自分が出した条件に後悔をしつつも、息子の元気そうな姿が脳に浮かび上がって自然と笑顔が溢れた。
「頑張れよノア。お前ならやれる」
静かな執務室の中で、レノスは一人そう呟いた。




