32 優しい義両親
アメリアの屋敷の中に入り、ノアとフェリスはリビングルームに案内された。
そして一同が席に座り、目の前に紅茶を出されたところで改めてアメリアの父親が話を始めた。
「それでは改めて、私はこのシルクレーター伯爵家の当主、アブスト・シルクレーターと申します。以後お見知り置きを。そしてこちらにいるのが私の妻のヒストリア・シルクレーターです」
「よろしくお願いします」
「お願いします」
そして次にノアとフェリスが自己紹介をした後、早速アブストが本題に入った。
「ノアさん。フェリスさん。私の娘を助けてくれて、本当にありがとうございます。先ほども話した通り、私にできる礼ならなんでもいたします」
ここで娘をくださいと言えばきっとこの人は許してくれるだろう。
だがそれだと卑怯だと感じたため、結局今欲しいものについて考えた。
「………」
(今欲しいものなんてないな…)
ノアもフェリスも特に欲張るような性格ではないためか、自分たちが今必要としているものがよくわからない。
やっぱりアメリアをくださいって言ってみようか。
(いやそれはダメだろ。そんなことするヤツに大事な娘任せられないだろ)
なら一体何を望めばいいんだ…。
いや待て。
逆に何も望まなければいいのでは…!
というわけで何もいらないと言ってみたんだが…
「それはダメです。家族の命の恩人に礼もせずに帰すなど、貴族の名折れです」
といった感じで却下されてしまい、ノアは思い切り頭を悩ませた。
(………)
だが結局何も思いつかずフェリスにアイコンタクトを送ると、彼女からも何も思いつかないといった旨の返事がきた。
(一体どうすれば…)
何も思いつかず目線を前に向けると、ちょうどアメリアが視界に入ってきて。
(…それだ!)
「?…」
ノアはパッと思いついた言葉をアブストに伝えた。
「なら、アメリアが望むことをしてやってください」
アブストはなんでもいいと言っていたのでこれでも許してくれるだろうとこの発言をしたのだが、アブストは納得がいかない様子であった。
「いえ、それではあなたたちにお礼ができません」
アブストはノアの言葉を却下しようとするが、そこでノアが言葉を返した。
「いや、今はアメリアの心のケアが大切です。心が不安定なまま放置するのは私としても心苦しいのです。ですので私はアメリアが望むことをしてあげてアメリアが笑っていられるようにすることを望みます」
そんな言葉をアブストに伝えると彼は一瞬驚いた顔を見せ、直後クスリと笑って見せた。
「確かに、それもそうですね。いやー、なんだか夫みたいなことを言いますね。もしあなたがアメリアを貰ってくれたら、とてもいい夫婦になりそうですね」
「っ…!!」
アブストがとんでもない予測力を発揮させ、ノアの心臓は大きく跳ねた。
(この人、わかってやってんのか…!?)
落ち着きを失ったノアはそのような憶測を飛びかわせるが、当然そんな事実はない。
それがわかっていたフェリスは慌てているノアが何か口走らないうちに話を終わらせようと口を開いた。
「そ、それよりアメリアは何かしたいことはあるかしら?私たちにできることならなんでもするわ」
「ん?そうだね〜」
フェリスの言葉で全員の視線がアメリアに向き、彼女はじっくり頭を悩ませ…
「あ!ならお父さんに一つだけお願いしたいことがあるの」
…アメリアは悩むことなくアブストに声をかけた。
「お!なんでも言ってみな〜」
「ふふっ、じゃあノアと結婚させて!」
「おおそうかぁ〜よし!いいぞぉ〜」
「やったぁ♡」
「「「「「え?」」」」」
なんかすらっとアメリアの願いが叶ってしまったが、この場にいる全員は全く状況を飲み込めなかった。
「いや待てアメリア。え?今なんと…?」
「た〜か〜ら〜、ここにいるノアと結婚させて?って言ったの」
「へーそうかぁ結婚かぁ…え?」
話をしているアブストは最早何も理解できていない様子で、目をぐるぐると回しながら魂が抜けてしまったように背もたれにもたれかかった。
「あれ、私変なこと言ったかな?」
「ああ…滅茶苦茶言ったぞ…。急に結婚の申し出なんかして…そりゃ魂も抜けていくわ」
全員がドン引きな発言をした自覚がないアメリアは今もニコニコと笑っている。
「そうかな?でもいいでしょ?♡私とノアの結婚が認められたんだから♡」
「認められたのか…?」
先程アブストは意味もわからずに承諾をしていたように見えたため、結婚を許されたのかは疑問が残る。
そんな中、まだあまり理解が追いついていないヒストリアがふと疑問に思ったことを口にした。
「えっと…ちなみにだけど、ノアくんはこの話を…?」
「まあ…はい」
「そ、そうだったのね…じゃあもうプロポーズも…?」
「…はい」
「!!??」
ノアが正直に結婚のことを伝えると、ヒストリアは声にならないような声をあげ、目を見開いて驚きを全面に表現した。
そしてそのタイミングで正気を取り戻したアブストは引き攣った笑みを浮かべ、喜び半分驚き半分といった感じの雰囲気で話し始めた。
「あはは…これは驚いた…まさかもうそこまで話が進んでいたとは…」
「すいません、勝手に話を進めてしまって」
「いやいや、別に怒ろうとか思っているわけではありませんので。ただその、アメリアがこんないい人を連れてきたことが驚きでして」
アブストに怒る気など全く無く、むしろ彼は二人を快く祝福してくれた。
「ですので私から二人に口出しすることなどありません。アメリアを貰ってくれてありがとうございます」
「はい。必ず幸せにしてみせます」
「その言葉が聞けたら安心ですね」
なんかすんなり結婚が認められてしまい、ノアはアメリアの言葉を信じなかった自分が恥ずかしくなってきた。
(目、合わせにくいな…)
アメリアの表情を見るからに今はそんなこと気にしていないようだが、絶対に後で掘り返されるので心の中で先に謝っておく。
さて、一瞬で大きな問題の一つが解決したわけだが、問題はもう一つ残っている。
(で、旅の話どのタイミングで言おうかね…)
最後の問題点はアメリアを旅に連れて行っていいかというものであった。
アブストとて娘を大切に育ててきたはずだ。
こればかりはそんなに軽く承諾してくれないだろう。
そんな考えを心にアブストにお願いしてみたのだが…
「ええ、構いませんよ」
といった感じであっさり許されてしまい、完全に拍子抜けであった。
「え、いいんですか?」
「勿論です。そもそも娘が結婚したら家を出ていくのは覚悟していましたからね。それがたまたま旅であったというだけです」
どこまで寛容な人なんだ。
こういった人が国のトップに立って政治を行うべきだ。
ノアは心の中でそんな言葉を発するが、流石に口には出せず心の中に潜めておいた。
そして義両親に心から頭を下げ、感謝の気持ちと誓いの言葉を伝えた。
「本当にありがとうございます。アメリアとの結婚を認めてくれて。そして、アメリアをここまで育ててくれて。これからは俺がお二人に変わって必ずアメリアのことを幸せにしてみせますので、私にお任せください」
「…頼むよっ」
「はい」
アブストは涙を堪えつつノアの肩を叩いてアメリアを託した。
その想いが伝わったノアには使命感が湧き、今日からより一層アメリアのために尽くそうと誓った。
だがずっと隣で手を握ってくれていたフェリスへの愛を減らさないように努力していかねば。
まだまだ忙しくなりそうだが、それ以上に幸せな未来がノアの目には映ったのだった。




