30 隠し事
「え!?魔獣!?」
馬車で移動中、休憩場所を探すべく辺りを見渡していたノアが突然魔獣を発見した。
そしてノアが驚きの声を上げると、それに釣られてアメリアとフェリスが焦りながら外を見た。
「あ、あれはもしかして…!」
「ああ、S級の魔獣だな…。しかもその中でもかなり上位の存在だろうな」
魔法士である二人も魔法で魔獣の姿を捉え、そしてその圧倒的なオーラに恐れをなした。
「そ、そんな魔獣が何でここに…私たちこれで終わりなの…!?」
戦闘経験が浅いアメリアは足をブルブルと震えさせながら腰を抜かし、まるでもう終わってしまうかのような恐怖心を抱いていた。
かなり優秀な方の魔法士のアメリアがそこまで恐れるのも無理がないぐらいにあの魔獣は強い。
きっとS級に認定されている冒険者パーティでも倒すのが困難であり、ここにいる全員がそれに気づいていた。
だがしかし、ノアとフェリスは全く臆さず冷静に対処を図った。
「とりあえず全員ここに待機していてください。あの魔獣は俺が何とかするんで」
「それが良さそうね。もし何かあったら魔法で伝えるわ」
「りょーかい」
作戦会議は一瞬にして終了し、ノアは馬車から飛び降りた。
「じゃ、行ってくる」
「うん、いってらっしゃ__」
フェリスが手を振ってノアを送り出そうとした時、まだ状況を理解できていない人物が大きな声を上げた。
「ちょっと待って!?え!?戦うの!?」
まだノアとか関わり始めて間もないアメリアは当然のことかのように戦いに行こうとしているノアに驚きの目を向けた。
それに対し、ノアは当然のことかのように言葉を返した。
「ああ、戦うよ」
「ダメだよ!流石にノアでもあんなのと戦ったら命がいくつあってもたりないよ!」
アメリアは必死な思いでノアを止めようとする。
だがそれは隣にいたフェリスの手によって止められてしまう。
「な、何で__!」
「大丈夫。あの程度ノアなら心配無用よ」
「あ、あの程度って…」
普通の人間ならあんな魔獣と戦えば一瞬で木っ端微塵になる。
だがしかし今この場にいるノアはとても普通の人間とは言い難いような実力の持ち主なわけで。
それを知らないアメリアは必死で夫の命を守ろうとするが、もう一人の妻の真剣さによって一度落ち着きを取り戻した。
「信じていいの…?」
「ああ、俺ならあいつを倒せる。信じてくれ」
「…絶対生きて帰ってきてね?約束だよ?」
「約束する」
まだ不安そうなアメリアの頭を撫でた後、ノアは急ぎ足で去って行った。
(んじゃ、さっさと終わらせるか)
あまりここで長時間足止めを喰らうのは危険なため、ノアはすぐに終わらせることを決意した。
そして極限までスピードを上げ、魔獣との距離を詰めた。
流石にこれだけの存在感を放つと魔獣もこちらに気づき、思い切り魔法を放ってきた。
(喰らったら死ぬな…)
ほんの数秒前にいた地面がありえないほど破壊され、ノアは改めて魔獣の恐ろしさを認識した。
だがノアは臆することなく前に進み、魔獣の足元に潜り込んだ。
そして腕にめいいっぱいの身体強化をかけ、勢いよく剣を振り上げた。
「吹っ飛べ!!!」
ノアが剣を振り上げると一瞬光が立ち上り、直後魔獣は真っ二つになって大きく血飛沫が上がった。
その一連の光景を遠くからじっと眺めていたアメリアは思い切り目を見開いて驚いていた。
「な、なにあれ…あれがノアの力…?」
国を滅ぼしかねないような魔獣を一振りで。
そんな力が人間に許されていいのだろうか?
そんな考えがアメリアの頭をよぎり、夫を人間かどうか疑ってしまう。
「なんで…あんな力…」
「さあ、いつも今度説明するって言ってくれるけど結局説明してくれないのよね…」
説明をしないということはきっと何かを隠しているのだろうが、無理矢理暴こうなんてつもりは一切無い。
人間一つや二つは隠し事があるのは当然のこと。
フェリスもアメリアも隠し事はある為、ノアの気持ちはよくわかる。
「…気になる…」
いやアメリアはどうしても知りたくなってしまう人間な為、ノアに質問しまくるつもりである。
だがここはプライバシーの領域だ。
しっかりしているフェリスならちゃんと止めてくれるはず__
「確かに気になるわね…」
…便乗しやがった。
まあ一番身近な人のとんでもない隠し事は気になるよな。
多分彼女らにとっては浮気の確認ぐらいの大事なのだろうし。
てなわけで、ノアが馬車に辿り着くとアメリアが早速質問を投げかけた。
「あ〜汚れちま__」
「ねぇ、あの力は一体どこからきてるの?」
「…?」
魔獣を倒して帰ってゆっくりできると思えば突然アメリアから質問を投げられた為、ノアは若干困惑するが
すぐに言葉の意味を理解してアメリアに言葉を返した。
「ごめん。それはまた落ち着いてからでもいいか?あんまり人に聞かれたくない内容だし、そもそもうまく説明できる気がしないし」
ノアは申し訳なさそうにアメリアに頭を下げようとするが、それはフェリスの言葉によって妨げられる。
「そこまで申し訳なさそうにしなくていいのよ。あなたにも話しにくいこともあるでしょうし。でもそうね…夫婦間で隠し事はあまりよくないわよね」
フェリスはどこかチャンスを見出したかのように期待に満ちた目でこちらを見つめてきた。
「この話はいつか話しれくれればいいのだけれど、それでも私たちの中には不安が残ってしまうわ。だからノアは私たちの不安を払拭するようなことをするべきだと思うわ」
「それは一体どういう…」
フェリスはアメリアにアイコンタクトを送り、そして何かを察したアメリアが楽しそうに耳打ちをしてきた。
「(お詫びとしてノアは毎晩私たちのことを愛して?♡)」
「!?毎晩!!!???」
アメリアが甘い声で囁いてくると、それに便乗してフェリスも口を耳に近づけてきて。
「(そう、毎晩よ。じゃないと私たちの心には不安が残ってしまうわ。これはお互いに利益があるいい提案でしょう?)」
果たしてこちらに利益があるのかどうかは置いておいて、ひとまず秘密を明かす必要は無くなった。
その点に関しては一度安堵しつつ、先程から二人が言っている話について言及する。
「(なあ、流石に毎晩は無理じゃないか?毎晩宿に泊まるわけでもないし)」
ノアは一つの問題点について二人と話し合おうとする。
日によっては普通に野宿もする為、流石に毎晩致すわけにもいかない。
そういった疑問について二人に話すと、アメリアがニヤニヤしながら悪戯な笑みを向けてきた。
「(あれ?♡私たち別に毎晩えっちなことするなんて言ってないよ?♡もしかして毎晩すること想像しちゃった?♡可愛いね♡)」
アメリアはなぜか調子に乗って滅茶苦茶こちらを挑発してくる。
多分身内じゃなければ手を上げていたが(?)、流石に妻にそんなことはできないので諦めて認めることにする。
「(ああ…そうだよ。毎晩そういうことするんじゃないかって思ってたよ。ダメなのか?毎晩したら)」
「えっ!?いや、えと、あの…」
少しやり返してやろうとこちらから顔を近づけると、アメリアは頬を紅潮させて目線を彷徨わせた。
「別に…ダメじゃない、けど…」
「(そうか?なら遠慮なく毎晩__)」
「こら。あまりアメリアをいじめないの。耳まで真っ赤になっちゃってるじゃない」
アメリアをいじめてやろうとするが、それはフェリスの言葉によって止められてしまい、そのままフェリスが小声で説明を始めた。
「(さっきの話だけれど、野宿の日は別にそこまでしなくていいわ。ただ愛情表現をしてほしいって意味ね)」
「…そうなのか」
なんか、想像と違った。
いや別に外ですることを想像したわけではないけどな!
でも少しだけ期待してしまったノアは自分の心を戒めてこれからも二人に愛を伝えていくことを誓うのだった。




