27 好きを伝えて
数分後、ノアは風呂から上がって部屋に戻った。
「上がったぞ。次誰が入る?」
「え〜っと…」
アメリアはなぜかフェリスに視線を送り、何かを察したフェリスが咄嗟に手を挙げた。
「じゃあ私が入るわね」
「おう、いってらっしゃい」
そしてフェリスはアメリアに何かを囁いた後、風呂場に姿を消した。
そこでこの空間にはノアとアメリアの二人きりとなり、何とも言えない気まずい空気が流れた。
そして二人は軽い苦笑いを交え、それからノアが話し始めた。
「えーっと…アメリアさんって、昔俺に告白とかしてませんでした?」
「!?…し、してたよ…?」
「やっぱりそうですか。ごめんなさい。ついさっきまで忘れてました」
ノアは失敗したといった感じで自分に呆れつつ頭を下げた。
するとアメリアは慌て気味にノアに頭を上げるように言い始めた。
「いいいいいよ謝らなくてっ!私ほら、昔と見た目がだいぶ違うし、そもそもあの時は名前しか名乗ってなかったから仕方ないよっ!」
「いいえ、それでも勇気を出して告白してくれた人を忘れるなんて最低な行為です。だから謝らせてください」
アメリアの言葉は聞き入れず、ノアは深々と頭を下げた。
それから数秒沈黙が流れ、その後にアメリアはノアの肩に手を置いた。
「本当に大丈夫だから、頭を上げて?私はもう何とも思ってないから、ね?」
アメリアは膝を曲げてしゃがみ、ノアの視界に入るように笑顔を向けてきた。
「せっかく綺麗な顔なんだから、もっと笑っていて?そっちの方が私も幸せでいれるから」
アメリアは温かい言葉をノアに浴びせた。
すると少し冷めていたノアの心は途端に満たされ、半ば反射的に笑顔になった。
「そう、ですね。やっぱり、笑っていた方がいいですよね」
「うん!ノアくんは笑っていた方がカッコいいんだから、ずっとそうしていて!」
「あはは…流石にずっとは厳しいですね」
アメリアの冗談(?)によってノアの中の申し訳なさは消え去り、今度は礼をしたいという思いが湧いてきた。
なので率直に何が欲しいのか尋ねてみると、アメリアはじっくりと頭を悩ませた。
「ん〜…」
アメリアは長い時間考えを弾ませた。
(一体何をお願いされるんだ…?)
これほど悩むということはそれぐらいとんでもないお願いがくるのではないかと感じたノアは警戒心を強めるが、それはアメリアの次の言葉によって払拭されることになる。
「じゃあ、お互いに呼び捨てにしよ?」
「呼び捨て、ですか?」
「うん。そっちの方が親しみがあっていいかなって思って」
アメリアの意外なお願いに不意を突かれつつもノアは首を縦に振る。
「そうですね…いいですよ」
「うんっ!ありがとう、ノア!」
「っ…あ、アメリア…」
何だか背中の辺りがこそばゆいが、彼女がこれを欲しがったのだから仕方あるまい。
まあ何がともあれ、とりあえずこの件は一件落着である。
てなわけでノアはベッドに思い切りダイブしようとしたのだが、それはアメリアが話し始めたことによって止められてしまった。
「ねえノア。今から大事な話をしたいんだけど、いいかな?」
「?…いいですよ」
アメリアは普段からは想像できないような真剣な目でノアを見つめる。
その目を見て圧倒されて少し身を後ろにそらすが、関係なくてアメリアは話を続ける。
「ノア。私は今もあなたのことが好きです。あの時一目惚れした時からずっと、あなたのことが好きでした」
「!!」
アメリアの思いがけない告白にノアの心臓は大きく跳ねる。
「そうですか…」
「ノアはあの時私を側室として迎えられたら幸せだって言ってたよね。もしその気持ちが今も変わらないのなら…」
アメリアは自分の胸に手を当てて勇気を振り絞った。
「私を、あなたの妻にしてください」
……………。
一体どう返すのが正解か。
まず一つ、快く彼女を迎え入れる。
そしてもう一つ、冷静になって彼女の申し出を断る。
おそらくはこの二択であろうが、ノアにとっては一つしか選択肢がなかった。
「はい。俺を、あなたの夫にさせてください」
あまりに突然の出来事に脳の処理が追いついていないが、この言葉だけは反射的に口から出すことができた。
するとアメリアは涙を流しそうになるが、それでも彼女は笑ってノアに抱きついた。
「やったぁ…やっとだよっ…!やっと報われた…」
アメリアは涙を抑え切れなくなり、とうとうノアの胸の中で泣き始めた。
それに対してノアは優しく頭を撫で、そっとアメリアの心を落ち着かせた。
と、そんなことをしていると風呂場の扉が開かれてフェリスがこちらにやってきた。
「あら、浮気かしら?」
「え!?いやこれは違くて!!」
「ふふっ、わかってるわよ」
僅か数分という短い時間で風呂から上がるなり早々心臓に悪い冗談を飛ばしてきて驚いたが、冗談だと知ったノアは大きく胸を撫で下ろした。
「知ってたのか?」
「ええ、ノアがお風呂に入っている間に作戦会議してたの」
「マジかよ…だからゆっくりでいいとか言ってたのか」
「その通りね」
まさかシナリオ通りだなんて…!
(俺はまんまと嵌められたってわけか…)
でもこういう嵌められ方なら悪くはない。
そんな思いを抱いていると、フェリスがアメリアを後ろから抱きしめて小さく囁き始めた。
「(よかったですね。これで家族になれますよ)」
「うんっ…ありがとうフェリスちゃん」
「(どういたしまして)」
何ともホッコリするような二人の会話にホッコリさせられたノアはそのままフェリスも抱きしめてしまう。
「ああ…俺は世界一の幸せ者だ…。こんなに綺麗な妻が二人もいるなんて…」
さりげなく二人のことを褒めると、二人は嬉しそうに笑顔になった。
「私も、こんなにカッコいい旦那を持ててとても幸せよ」
「わ、私も二人と同じくらい幸せだよっ!」
「何の対抗心ですか」
三人は同時にクスッと笑い、そして二人はノアの腕の中から離れた。
そして泣き止んだらしいアメリアが顔を上げて二人に笑いかけた。
「二人ともありがとね。それと、これからよろしくねっ」
「はい、よろしくお願いします」
「お願いします」
「あ、もう家族になったんだから敬語は禁止ね?」
「っ…う、うん」
「ふふっ、じゃあお風呂入ってくるね〜」
アメリアはとんでもないことを言い残して風呂に入って行った。
その姿を見送った後、二人は同時に見つめあった。
「あはは…やっぱりアメリアさんは突拍子もないことを言うわね…」
「まあそれもあの人の魅力だけどな」
これから間違いなく彼女に振り回される場面が出てくるだろうが、そんなものは彼女の天真爛漫な笑顔を見ればどうでもよくなる。
ノアはそんなことを考えつつ、フェリスに質問を向けた。
「よかったのか?これだと俺を独占できないぞ?」
「っ…それは忘れてって…!」
フェリスは突然顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに顔を下に向けた。
「あの夜はちょっとおかしくなってただけだから…ついあなたへの気持ちが溢れ出てしまっただけだからだからっ…!」
貴族界では一人の夫が複数人の妻を持つのもよくあることだ。
フェリスもそういった常識をわかってはいたのだろうが、先日の夜は独占欲が大きくなったのかつい言葉に出てしまっていた。
ノアとしてはこれ以上ない幸せだったが、今こうしてもう一人妻を迎えることになったので少し気まずい。
だがフェリスには不安な気持ちを抱かせたくないのでここはしっかりフォローをしておく。
「期待に応えられなくてごめんな。でも俺は変わらずフェリスのことを愛してるよ。この気持ちだけは神にも揺らがすことはできない」
「そ、そう…私も愛してるわよ」
恥ずかしそうにしながらもそう答えてくれる妻に対しての愛おしさが増したノアはそのまま勢い任せにフェリスを抱きしめた。




