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21 地平線を目指して


「おはようございます。レノスさん」


朝食を食べ終え、最後の支度を済ませた頃に両親を連れたフェリスがアルカルナ家の屋敷にやってきた。


「いらっしゃい。茶でも飲んでくか?」

「いえ、ご遠慮させていただきます」


レノスは時間がないことをわかっていて冗談を放つと、フェリスが冷静に対応をして軽く笑みを浮かべた。


「今日は、少し時間がありませんので」

「そうだったな。そろそろ行かないとだもんな」


そうやって少しだけ話をしていると、ようやく主人公がその場に到着した。


「遅いぞ旦那さん」

「誰が旦那さんだよ」

「お前だよ」

「あ、そっか」

「ほら、早く荷物馬車に乗せろ。奥さんが待ちくたびれてるぞ」


そう言われてフェリスの方を見てみると、彼女はいつもよりかなりカジュアルな服装をしていて、それはもう素晴らしいものだった。


「…どうかした?そんなにジロジロ見て…」

「え、ああいや…いつもと違ってかなりカジュアルな服だなと思ってな」


そう言いつつ身体をガン見していると、フェリスは顔を赤くしながら自分の手で身体を隠した。


「あ、あまり見ないで…?この服、可愛くないと思うから…」


(そのビジュアルで???)


今彼女が着ている服は庶民が着ているような少し安物の服である。


これは貴族の人間だとバレないするための変装であり、ノアも今は安物の服を着ている。


だがいくら庶民的な服だからといってフェリス程の美人が着ればどう足掻いたって可愛くなるわけで。


「いや、とても似合ってて可愛いよ。つい見惚れてしまったよ」

「っ〜〜!!」


事実をそのまま伝えると、フェリスは声にならない声をあげながら顔を隠した。


「初々しいわね〜」

「ノアくん、いい旦那になったわねー」


フェリスの可愛い反応を見てこの場にいる奥様方はウキウキになっているが、それは旦那の方も同じだった。


「これは、ちょっと女たらしになる予感がするね」

「確かに。フェリスちゃん、ちゃんと見張っておけよ?」

「おい」


色んな人に揶揄われるが、それも新婚の宿命だろう。

それに、なんやかんや言ってこういう騒がしい日常も嫌いじゃない。


むしろ今で最後かと思うと自然と胸が締め付けられる気すらする。


そしてそんなノアの胸中を察したフェイズはフェリスの背中を押して強制的にノアとくっつかせた。


「そんなに不安そうにしなくても大丈夫さ。二人で賑やかな家庭をつくればいいよ」

「そうよ。何があっても隣にパートナーがいればきっと何とかなるわ」

「あ、二人じゃなくてもいいのよ?」

「そうそう。どこかで落ち着いた時にでも子供を作って、大人数で騒がしく暮らせばいいさ」

「「……」」


親連中は少し真剣そうにそう言ってくるがやはり二人にこのような話は少し早かったようで、恥ずかしすぎてあまり内容が頭に入ってきていない。


たがしかし、みんなが心配してくれていることだけはわかったので素直に首を縦に振った。


「そうだな…。きっと大丈夫…。俺には、フェリスが居るからな」


ノアは自分の腕の中にいるフェリスに軽く笑いかけた後、そのまま義両親に目を向けた。


「フェイズさん。アイリスさん。今までたくさんよくしてくれてありがとうございました」


ノアは深めに頭を下げた。


「そして、こんなにも可愛い子を育ててくれて、ありがとうございました」


そして一瞬間を置き、自信を持って口を開いた。


「俺にフェリスを任せてくれて、ありがとうございました」


込み上げる涙を抑えつつ、義両親に感謝の言葉を伝える。


すると彼らは優しい笑みを浮かべ、嬉しそうに言葉を返してきた。


「こちらこそ、今までたくさん楽しい思い出をくれてありがとう」

「フェリスのこと、貰ってくれてありがとう」


アイリスは少しだけ涙を浮かべ、そしてフェイズは自信たっぷりに手を差し出した。


「幸せになりなさい。二人とも」

「はい」

「うん」


差し出されたフェイズの手を二人で握り、熱い思いを通わせた。


そしてノアに続くようにフェリスは義両親と両親に感謝を伝え、その後ノアは自身の両親とそばにいる妹たちに感謝を伝える。


「父さん、母さん。今まで育ててくれてありがとう。二人の息子でよかったと、心から思うよ」

「ううん。私こそ、あなたが息子でよかったわ」

「親として、お前のことを誇りに思うよ。だからちゃんとやってけよ」

「ああ」

「お兄様…」

「ラヴィア。お姉ちゃんとして、頑張るんだぞ」


妹のラヴィアはまだ涙を浮かべながらアリアの隣に立っている。


そんなラヴィアの頭を撫で、自分の長年の妹を慰める。


「心配するな。これが一生の別れってわけじゃない。またいつかきっと巡り会えるさ」


何度頭を撫でてもラヴィアの涙は治らない。


そんなことをしていると、他の弟たちが近くにやってきた。


「みんなも、ちゃんと頑張るんだぞ?父さんと母さんのこと、ちゃんと支えるんだぞ?」

「「「「うん!」」」」


弟たちは涙を流しつつも大きく返事をし、ノアの不安は払拭された。


話がひと段落したところで、ノアはあるサプライズを結構した。


「アレ、お願いします」

「かしこまりました」


ノアがメイドに指示を出すと、彼女らは一人一人に小さな箱を配っていった。


「えーと…これは…?」

「開けてみてくれ」


みんなは一斉に箱を開けた。


「これって…!」


箱の中には手紙と指輪が入っていた。


「これは一体…?」

「まあ…ちょっとしたサプライズだよ。その指輪には血流を促す魔法が付与されているんだ。それでもつけて健康に長生きしてくれ」


みんなは一斉に指輪を指に嵌めていく。


「綺麗ね〜」

「で、この手紙は?」

「ああ、それは俺が行ってから見てくれ。流石に目の前で見られるのは恥ずいから」


手紙には一人一人への感謝の言葉が長々と書かれているため、流石に目の前で見られるのは恥ずか死んでしまう。


なので手紙を開けようとしていた弟を何とか止めつつ、今度は義両親の方にも箱を渡した。


「え…俺たちにも?」

「はい。お二人には昔からお世話になったので」

「ノアくん…っ」


二人は涙をグッと堪えながら箱を受け取って中身を確認した。


「綺麗な指輪だ。ありがとう」

「ありがとうね」

「あのー…そろそろお時間が…」


義両親が感謝の言葉を述べた直後、馬車を操縦する御者が申し訳なさそうに話に入ってきた。


そしてその言葉を聞き、全員が時計を確認した。


「あ、もうこんな時間か」

「そろそろお別れか」

「ノア、そろそろ荷物積みなさい」

「はいはい」


ノアは馬車に全ての荷物を積んだ後、もう一度みんなの近くにやってきて優しく笑いかけた。


「それじゃ、行ってきます」

「行ってきます」

「「「「行ってらっしゃい」」」」


ノアとフェリスは小さく手を振りつつ、皆から背を向けて馬車に乗り込んだ。


「出発して大丈夫ですか?」

「はい、お願いします」


御者は馬に合図を出し、少しずつ馬車が走り始めた。


「ノアー!!!元気でなー!!!」

「おお!!!」


馬車が加速していく間も二人はみんなに手を振り続けた。


そして次第にみんなの姿は見えなくなり、二人は静かに腰を下ろした。



「行っちまったな」

「だな」


馬車の姿が見えなくなるとこの場にいる全員が手を下ろし、それぞれの感情を出し始めた。


悲しそうに抱き合う子供たち、涙を流しつつも笑顔な妻たち、そして…


「泣かないんじゃなかったのか」

「そうだな…でもお前も泣いてんじゃねぇか」

「ああ…そうかもね。最後は、笑っておきたいと思ってたんだけどね…」

「いや、きっと最後じゃないさ。またいつか、きっと会える」


誰の目にも映らない馬車を眺めつつ、二人の父親は地平線に向かって涙を流した。


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