20 なぜ隣に?
まだ暗さが残る早朝、ノアはとうとう眠れなくて目を覚ました。
(もうこの部屋で起きるのも最後か…)
ノアはフェリスを連れて本日出発する予定だ。
なのでノアにとってこの部屋で過ごすのも今日で最後であった。
(なんか、色々思い出すな)
初めてこの部屋で眠った夜、妹や弟と遊んだ休日の昼、そしてフェリスと過ごした18年間。
長かったような、けれどもとても短いような日々だった。
そんなことを考えていると、目からは自然と涙が流れてきた。
「あれ…?なんでだ…?俺が選んだことなのにっ…」
ノアだってこの国を、そして家族のことを愛している。
できることならこの地で平穏に暮らしていきたいのだが、どうしてもそれは叶いそうにない。
何より王太子に目をつけられているので、どう足掻いても平和に過ごすことはできないだろう。
最悪の場合愛する人々に危害が及ぶかもしれない。
そんなこと、ノアが見逃せるわけがなかった。
だからノアはこの選択をしたのだ。
自分に嘘をついてまで。
「俺は…現実から逃げて平穏に暮らそうとするクズで…」
いや違う。
現実的に考えてそれが最善の選択肢だと脳が反射的に判断したのである。
そういった真実がノアの脳内に流れてくる。
「どうしてだ…どうしてこうなった…っ!!」
どうしてこんなにも苦しい決断をしなくてはならないのだろうか?
どうしてこんな手段が最善の選択肢になっているのだろうか?
その答えなど、今のノアは知りたくなかった。
「……」
「大丈夫。あなたは悪くないわ」
「…そうか?俺はちっともそんな…って、え゛!?」
「ん?どうかした?」
「いやなんでここにいるんだよ!?」
頭を下に向けて目を覆って涙を流していると、気づけば隣に母がやってきていた。
アリアは悲しい目をしているノアを抱き寄せ、そのまま優しく頭を撫でた。
「子供が悲しがっている時に親が隣にいるのは当たり前よ?」
「いや、そういう問題か…?」
「そういう問題なの。ほら、たくさん甘えていいのよ?」
ノアの疑問に対してそう返した後、アリアはノアの顔を自身の胸に埋めた。
「ちょ、やめてくれよ!!子供じゃねぇんだから!!」
「ううん、あなたはまだまだ子供よ。全く自分は悪くないのに、全部自分で抱え込もうとするところがね」
「……」
どうやらノアが旅立つ本当の理由も見抜かれていたらしい。
「ノア。あなたがした選択は、間違いなく正解に近いわ。私たちに危害が及ぶ可能性もかなり低くなるし、あなたは旅で様々な経験ができるでしょうね」
そこでアリアの声のトーンは一段階下がり、そして頭を撫でている手が止まった。
「でもね、私を、私たちを悲しませてしまうところが不正解ねっ」
「っ……」
何も言い返せない。
アリアの言葉は間違いなく正しいのだから。
(なんで俺はこんな選択しか…)
「ううん、あなたの選択は間違ってない。少なくとも、私はそう思うわ」
「…そうか?」
「ええ、あなたの大切な人を守ろうとする優しい心がした決断なのだから、間違ってるはずないわ」
暖かい母の胸の中でノアは目に感じる熱いものをグッと堪える。
「だから、自信を持って顔を上げて?あなたは自分の判断で悲しむ必要なんてない。むしろ胸を張って、笑顔で行きなさい。そうでもしないと、私たちやフェリスちゃんが不安になってしまうわ」
アリアの言葉を聞き、ノアは顔を上げた。
「そうだな…こんなところで悲しんでちゃ、旅なんてやってけないな」
少し赤くなった目元を隠そうともせず、アリアの目を見て軽く笑いかける。
「ありがとう母さん。いつもそばにいてくれて」
「ううん、それが親の役目だから。ノアも子供が生まれた時はこうやってそばにいてあげるのよ」
「ああ。肝に銘じるよ」
そこでアリアがパチンと両手を叩き、勢いよく立ち上がってドアに向かって歩いて行った。
「じゃあ、私は朝食の支度があるから」
「ん?朝食ならメイドが…」
「いいえ、今日は私が作るわ。だって、これが最後だもの」
「…そうだな」
アリアの最後という言葉にまた涙を見せそうになるが、それを何とか抑えてリビングに向かった。




