12 忘れ物
「そうか。とうとう限界ってことか…」
風呂から上がった直後、すぐに両親をリビングに招集してことの経緯を説明した。
「ああ、もうこの国でやっていける自信がない」
「そ、そんな…」
父のレノスはなんとか受け入れられているようであるが、どうやら母は全く理解が追いついていない様子で。
「もう少し考え直さない?今回が悪かったんだから、次はきっとうまくいくわっ」
アリアは焦りを交えながら何とか思いとどまらせようとするが、ノアは一歩も引かない。
「ごめん母さん。もう決めたことだから」
「っ……」
今にも涙を流しそうになっているアリアの隣でレノスは彼女を軽く抱きしめた。
「息子の旅立ちは悲しいことばかりじゃない。むしろ、いいことだろう?だからそう悲しい顔をしないでくれ」
レノスが頭を撫でながら慰めると、アリアは一旦落ち着いてこちらに向き直った。
「そ、そうね…ごめんなさい…。私昔からお別れが嫌いで…」
「ううん、その気持ちはよくわかる。でも父さんが言った通り、別れは悲しいことだらけじゃない。少なくとも俺はそう思ってこの決断をしたんだ」
ノアは今までにないほど神剣な目で両親を見つめた。
「だから、どうか俺の背中を押してくれないか?俺の最後のお願いを、聞いてはもらえないだろうか」
ノアは二人に頭を下げた。
アリアは今まで見たことのない息子のお願いの仕方に驚いているが、レノスはそうではなかった。
レノスはこの家の当主として、ノアの真剣さをじっと見つめていた。
そして数秒後、レノスは頭を上げるように言ってきた。
「いいだろう。認めてやろう」
「ほ、本当かっ!!」
「ただし、いくつか条件がある」
条件を出されるのは承知の上だったのでノアは全く驚かずにレノスの話に耳を傾けた。
「まず、毎月手紙を書くこと。俺には近況を詳しく書いた物を。そして他の家族にも、毎月何でもいいから手紙を書いてやってくれ」
条件と言われて何がくるかと待ち構えていたが、思いの外緩い条件で呆気にとられてしまう。
「もし三ヶ月手紙が届かなくなったらお前は死んだものとみなすからな」
「っ!」
完全に油断していたノアは意表をつかれてついビクッと身体を跳ねさせてしまった。
(なんか急にガチなヤツがきたな…)
まあ本来条件なんてそういうものだろうが。
ノアが首を縦に振って納得した後、レノスはさらに条件を突き出してきた。
「そしてもう一つ。もし家族の命が危なくなったら必ず駆けつけること」
「…」
ノアは当然の如く首を縦に振る。
ノアにとってそれは最優先事項、つまり言われなくてもするつもりだったのである。
なのでノアは一切動揺することなくレノスの言葉を受け入れた。
「最後に、もう一つだけ条件がある」
レノスは重々しい表情のままで最後の条件を告げるのかと思えば、全然そんなことはなくこちらに対して少し笑いかけてきた。
「たまには、帰ってきてくれよ」
「っ!?」
これは条件でも何でもない。
ただ一人の親としての子に対する願いだ。
(全く、この人は…)
レノスの優しくて少し不安げな表情を見て、ノアは心が温まるような感触にあった。
「帰ってきてくれって、それ条件じゃなくてただのお願いだろ?」
「ははっ、そうだったなっ」
レノスは「ミスったなぁ」と言いながら椅子の背もたれにもたれかかって笑い始めた。
それに釣られてノアも少し笑い、そして治った頃にレノスに返事をした。
「ああ、たまには帰ってくるようにするよ」
「ありがとう。お前は俺の自慢の息子だ。自信持ってやってけよ」
「おう!」
二人は固く握手を交わし、親子間に厚い絆が生まれた。
その直後にアリアを抱きしめた後、レノスが大事なことを思い出したかのように口を開けた。
「そういえばお前、彼女はどうするんだ?」
「彼女って?」
「フェリスちゃんのことだよ」
「あ…」
一番大事なことを完全に頭から抜け落としてしまっていたのでノアはその場で真っ白になって固まってしまった。




