最終話 世界最強の剣士のスローライフ
「ん…なんか今日は太陽が眩しい気がするな」
緋色に燃える太陽が照らす魔法の世界でかつて世界最強の剣士と呼ばれた男にその影はなく、今はある辺境の村で妻と娘とひっそりと暮らしている。
「まあどうでもいいか。とりあえずさっさと運んじまうか」
その最強の男はその有り余った力を行使するでもなくただ平穏に暮らすために様々な努力を重ねていた。
それは血に塗れた戦のためのものでもなければ、世界を掌握するためのものでもない。
ただ男は本当に平穏を望んでいて、内に秘められた力を見たものは殆どいない。
「お〜い!早く早く〜!!」
男は妻のいる場所までかなりの重量の荷物を運び、指定された場所にそれを置いた。
「はぁ…今日は結構暑いな」
「季節外れの暑さだね」
「こう言う日は涼しいところでお茶でもしたくなりますよね」
「あ!いいねそれ!」
「子供たちも今日はダンテさんの家に泊まっていることだし、たまには遅くまで外にいるのもいいわね」
「てか腹減ったんだけど。ご飯行かないか?」
「いいね!」
「相変わらずノアはすぐにお腹が空きますね」
まだ夕食には少し早い時間であるのにも関わらずノアは思い切り腹を空かせていて、今すぐにご飯を食べないと倒れてしまいそうなほどに食を求めていた。
「仕方ないだろ?俺はこういう生き物なんだから」
「まあノアが食いしん坊なのは今に始まったことじゃ無いからそこまで驚かないよね」
「毎日空腹で倒れそうになって帰ってきますもんね」
「ん〜…ねぇ、私もお腹が空いてきちゃったんだけど」
「実は、私も…」
そんな夫の姿を見ていると三人も急にお腹が空いてきたらしく、全員が乗り気のままご飯屋に直行することになった。
そして肝心の店なのだが…
「どこのお店行__」
「肉」
「カフェがいいわね」
「肉!!」
「カフェいいね〜。美味しいお茶を飲みながら食事もできるなんて最高だよね〜」
「にくぅ…」
「実は前から行ってみたかったカフェがあるのですが」
ノアの言葉に発言力などあるはずがなく、夫婦は早速カフェに向かった。
「いらっしゃいませ〜。お好きな席にどうぞ〜」
入店するなり四人はすぐに席につき、数分メニューと睨めっこをした後に注文をした。
「楽しみだね〜♡」
「まさかあんなスイーツがあるなんて…食後に期待ですっ」
「カロリー大丈夫かしら…」
「フェリスちゃん、それは言わない約束だよっ」
「そ、そうだったわね…」
相変わらず甘いものが大好きな女性陣はスイーツのことを考えてニコニコと笑っていて、三人が前と変わらず普通の女の子であることを再確認した。
…いや、普通ならもう少しぐらいこっちの意見聞いてくれたりするか。
考えてみれば三人はいつもこちらの意見を無視してきて、自分たちの意見を押し通してくる。
それが夫婦としてあるべき姿なのかと聞かれると勿論ノーと答えるため、今自分達が健常な夫婦とは言い難いということをようやく理解した。
(流石に言われるがままっていうのも良く無いよな…ここは一家の大黒柱として威厳というものを見せつけてやらないと)
このままでは一生言いなりの人生になるという危機を感知したノアは妻たちに説教でも喰らわせてやろうと強い意志を持って声をかけた。
「なぁ、三人とも」
「「「ん??」」」
よし、このまま三人に普段言わないような強めの言葉を__
(あ、かわいい)
そこでノアの考えは一瞬にして変わり、こんな可愛い嫁に説教などできる筈がないと脳に言い聞かせ始めた。
(あかん、俺の嫁かわいすぎる)
「どうしたの?」
「私たちの顔に何かついてますか?」
「可愛いお顔がついてますよ」
ノアはつい反射的に本音を話してしまい、もう説教などできないであろう雰囲気になってしまった。
「もう♡ここお外だよ?♡」
「そんなに褒めても何も出ないわよ…?♡」
「ふふ♡あなたにもかっこいいお顔がついてますよっ♡」
「…ありがとう」
なぜか褒められてしまったノアは嬉しさのあまり先ほどまで考えていたことが吹っ飛んでいってしまい、もう妻とイチャイチャすることしか考えられなくなった。
「なあ、俺、みんなのことが大す__」
「お、お待たせしました〜…」
「あ」
丁度三人への愛を叫ぼうとした瞬間に店員さんがお茶を持ってきて、そこではなんとも言えない気まずい空気が流れ始めた。
「ご、ごゆっくりどうぞ…」
店員さんは気まずそうに苦笑いを浮かべながら去って行き、それを見ていたノアもすっかり気持ちが冷めてしまう。
「なんか…ごめん」
「べ、別にいいよっ」
「気持ちはとても嬉しかったですから…」
「でも次からは家にいる時にしてちょうだいね…」
「はい…」
最近大胆になりすぎていたことをようやく自覚し、次からは絶対に家でいい感じの雰囲気になるという謎の意志を固めた。
(家で覚悟しといてくれよ…!)
結局外ではイチャイチャできないことがわかり、今は諦めてお茶を堪能しようと自身の目の前にある紅茶に手を伸ばした。
「…うまいな」
「そうだねっ」
「なかなか深い味わいですね」
「これは再現のしがいがあるわね」
三人も気持ちを切り替えてお茶を味わっていて、全員がこの店のお茶に対していい評価を下した。
それを見てなんとか気まずい空気を払拭できたと感じたノアは心の中で一安心し、小さく胸を撫で下ろす。
そしてその直後、同じように息を吐いて落ち着いたらしいフェリスがこちらに対して少し恥ずかしそうに声をかけてくる。
「ねぇ、少し話があるのだけれど」
「ん?」
何気ない話でもするのかと思ったが、それにしてはフェリスは緊張しすぎに見え、一体何を言われるのかとドキドキし始める。
「何の話だ?もしかして大事な話か?」
「…ええ」
そんな会話をしているうちにアメリアとセリーもいつの間にか緊張しているような表情を浮かべていて、この話は家族全体に関わる大切な話であることがわかった。
さらに雰囲気から察してこちらだけが知らない話であるため、ノアはより何を言われるのかという緊張を加速させた。
「もう話してもいいかしら?」
「う、うんっ」
「もったいぶっても仕方ありませんからね…。言える時に言っておきましょう」
え、本当に何を言われるんだ?
三人の会話を聞いてさらに緊張が走り、ノアの心臓はもうバクバクと音を立てていた。
だが三人がそんなことを知る筈がないため、彼女らはこちらに容赦することなく話し始めた。
「ノア。聞いて欲しいことがあるの」
「ああ…」
「実は私たち…二人目を身籠ったの」
「へ〜……………」
え゛!!!!!!??????
「二人目!!!???」
「私は三人目だねっ」
待て待て待て待て!!!!
ここは一旦落ち着いて冷静で威厳のある父の顔を__
「えええ、みんなお腹の中に子供がいるのか!!!????」
「う、うん…♡」
「あら、予想以上に驚いてくれていますね♡」
「この前話し合って決めたばかりだからそんなに驚かないと思っていたけれど…」
「いや逆に決めたばかりすぎて驚いてんだけどぉ!!???」
二人目の話をしたのはほんの二日前とかだった気が…。
なわけないか。
時の流れが早すぎて気づいていなかったが、どうやら二人目の話をしてから数ヶ月が経っているらしく、ノアの脳はパンクしそうになる。
「え待ってつまり俺たちの間にまた子供が産まれるってことぉぉ!!!???」
「さっきからそう言ってるでしょう…?♡恥ずかしいから何回も言わせないでちょうだい…♡」
「マジかヨォ…」
もうなんか、嬉しさ通り越して唖然というか。
嬉しいのは勿論そうなんだけれど、一応外だから抱きついたり泣いたりする気にもなれない。
でもノアは心の中でこれ以上ないほどの幸福感を感じていて、過去の自分の判断に対して心の底からの称賛を贈った。
(スローライフ、してよかったな)
もしあの時我慢してあの場所に残っていたら、アメリアと再会できていなかっただろう。
もしあの時旅を許してくれていなかったら、セリーと会うことはなかっただろう。
もしあの時フェリスを連れて行かなければ、彼女は自分と結ばれなかったかもしれない。
そんないくつものもしもの世界について考え、そしてノアは最後に一つの結論に至る。
もし、スローライフを選んでいなければ、ここまで幸せにはなれなかっただろう。
笑顔が絶えない子供に囲まれ、毎日笑顔をくれる妻と共に生活できる。
これがこの世界で生きる上での一番の幸せであることは間違いない。
今のノアなら自信を持ってそう言うことができ、その気持ちは永遠に消えることがないだろう。
そしてもう一つ、ノアの魂から永遠に欠けることがない感情があった。
それは、『家族を愛している』ということだ。
これはノアの脳から一瞬たりとも抜け落ちたことがない感情で、当然今もその気持ちを三人の妻に抱いている。
「みんな、愛してる」
感極まって流してしまった涙と共に、今日もノアは妻に愛を囁いた。
この話でこの物語は幕を閉じることになります。
思い返してみれば様々なことに挑戦した本作品ですが、まあなんやかんやで悪くなかったのではないでしょうか。私はそう思っています。ですが一つ思ったのは「設定が多すぎる!!!」ということですね。やはりと言うべきか、異世界系は設定がゴチャゴチャになりがちでしたね。正直今も設定ミスがあったんじゃないかとドキドキしています(笑)。
さて、そんなこんなあった本作品ですが、続けてこられたのはご愛読してくださったあなたのおかげです。何度挫けそうになっても読んでいただけるだけで心の支えになるため、ぜひこれからも読んでください!!!
最後にはなりますが、私はこの作品を愛しています!!!なのでよければ皆さんも彼らを愛していただけると幸いです。
それではまた次回作や何やらで会いましょう。それではまた会う日まで〜。




