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「大勢、ですか?」
リーノがそう言うと、ジェスタはさすがに戸惑った様子だった。
たとえ罪を犯していたとしても、大勢の前で見世物のように晒すのは、気が進まないのだろう。
けれど、隣にいるアリーシャがそっと呟いた。
「クロエ嬢が受けた苦痛を考えたら、それくらいは仕方がないのでは……」
「……そうだな」
その言葉を受けて、ジェスタも頷いた。
「すべてを父に話し、これからのことを決めたいと思います」
ジェスタはまだ王太子なので、決定権がない。国王に話を通すということで、話し合いは終わった。
おそらくアダナーニ王国の国王も、拒まないだろう。
カサンドラが魔女ではないと言われた以上、魔法大国のジーナシス王国に逆らうのは、得策ではない。
まして、貴重な魔女がひとり亡くなっているのだ。
ジェスタとアリーシャが退出したあと、クロエとエーリヒは、リーノを彼女の客間まで送り届ける。
客間に戻ると侍女が控えていた。その侍女にお茶を頼んだリーノは、クロエとエーリヒにも着席を促す。
「ここから先の会話は、三人にしか聞こえないようにしているわ。アダナーニ王国の国王は、これからどう動くと思う?」
リーノの問いに答えたのは、エーリヒだった。
「こちらの申し出を受け入れるのは、間違いない。歓迎パーティでも開くのではないか? そこで訪問理由を尋ねて、団長やキリフ殿下の罪を問う形にすると思うが」
「そうでしょうね。ジーナリス王国の魔女の前だから、きっと厳しく追及されるでしょう。魔女であることを知らなかったと言い訳をするでしょうが、娘や婚約者にそんな扱いをしなければ、断罪されることもなかったのだから、自業自得よ」
リーノは血生臭いことは求めないと言っていたので、おそらくそれほど厳罰にはならないだろう。
だが、クロエのことは忘れられなくなるに違いない。
「きっとそのパーティには、カサンドラ王女も参加するでしょう。悪いけれど、彼女を釣る餌になってほしいの」
そう言われて、エーリヒは不思議そうに聞き返す。
「餌、とは?」
「クロエさんの計画に必要なことよ」
エーリヒの視線を受けて、クロエは頷いた。
「カサンドラ王女殿下の魔力を、封じようと思うの」
静かにそう言うと、エーリヒは動揺したようにクロエとリーノを交互に見つめる。
「そんなことが、できるのか?」
カサンドラの魔力の強さは、傍にいたエーリヒもよく知っている。
クロエとリーノが魔女だと知っていても、不安になってしまうのだろう。
「大丈夫。魔女と魔女もどきでは、魔力も桁違いよ。それに、クロエさんを前には出さないわ。私が王女と対峙する。だから餌が必要なの」
キリフやクロエの父の断罪が終わったあと、リーノがエーリヒをダンスに誘い、ふたりが踊る様子をカサンドラに見せつける。
きっとカサンドラは、リーノに敵意を向けるだろう。
でも、どんな言葉を投げかけられても、リーノは反応しないつもりだ。すると怒ったカサンドラは、いつものように魔法で攻撃してくるに違いない。
だが何度攻撃しても、リーノには通用しない。
「そこで、警告するつもりよ。魔女ではないのだから、そんなに魔法を使ったら魔力が尽きてしまうわ、と」
だが実際にカサンドラの魔力は膨大で、おそらくその程度で魔力が尽きることはないと思われる。
「そこで私が、サージェにしたように、王女殿下の魔力を封じる」
クロエはそう言うと、エーリヒの手を握った。
「もう彼女に、誰も傷付けさせない。だから、私を信じて」
エーリヒはしばらく俯いていたけれど、やがて決意したように言った。
「俺に、できることはないか?」
「カサンドラ王女殿下を煽るために、リーノさんとダンスを踊ってほしいの。エーリヒって、踊れる?」
「……何とかする」
「クロエさん以外と踊るのは嫌かもしれないけど、作戦のためなの。そこは我慢してね」
リーノにもそう言われ、エーリヒは本当に嫌そうだったが、最後には承知してくれた。
「でも、他国で正式に魔女を名乗ってしまって、大丈夫ですか?」
しかも王子であるキリフを、断罪するように誘導している。ジーナシス王国は大国だが、それでも国同士の問題になるようなことを、リーノひとりの判断で動いて大丈夫なのだろうか。
「心配はいらないわ。一番目から七番目までの魔女に相談したら、全員が遠慮せずに全力で行け、と言ってくれたから」
にこやかに笑って、リーノはそう言った。
どうやらジーナシス王国の魔女は、離れていても会話することができるらしい。もうクロエのことも、とっくに話していた。
「……ありがとうございます」
本当の身内は冷たかったのに、彼女たちはとても優しい。クロエは少し涙ぐみながら、礼を述べた。
王城に向かっていたアリーシャは、どうやら夜中過ぎに戻ったようだ。
国王を交えた話し合いが、それほど長引いたのだろう。
その結果、エーリヒが予想したように、魔女リーノの歓迎パーティを王城で開いてくれることになったようだ。
そこに、キリフとクロエの父が参加することも教えてもらった。
「ありがとう。希望通りにしてもらって、感謝すると伝えてください」
王族は全員参加するらしいので、カサンドラも参加するに違いない。
クロエはその日まで、リーノと念入りに打ち合わせをしたり、エーリヒとダンスの練習をしたりして過ごした。
そして、数日後に王城でパーティが開かれた。
朝から準備に追われ、ひさしぶりにドレスを着たクロエは、もうパーティが開催される前から疲れ果ててしまった。
でもクロエよりも、エーリヒの方が緊張しているように見える。
作戦とはいえ、カサンドラの前に立つことになるのだ。過去のトラウマが蘇ってしまったのかもしれない。
「エーリヒ、大丈夫。何があっても、私が絶対に守るから」
そう言うと、ドレス姿のクロエを見つめていたエーリヒは、ふと笑みを浮かべた。
「俺は大丈夫だ。ただ、クロエのことが心配で」
「私も大丈夫よ。王女殿下はリーノさんが引き受けてくれるし、私は陰でこっそり魔法を使うだけだから」
「そうか。でも、用心してほしい。もし王女の意識が少しでもクロエに向いたら、中止してくれ」
「うん、わかった」
クロエは頷く。
それを聞いてようやく安心したらしいエーリヒは、クロエのドレス姿を見て、目を細めた。
「今日のドレスも、とても似合っている。綺麗だ」
「……ありがとう」
そういうエーリヒの正装も、誰にも見せたくないくらい、格好良かった。
客間に向かってみれば、リーノも正装していた。
「目立つように頑張ってみたの」
そう言う彼女のドレスはとても豪華で、魔女であることもあり、会場で一番目立つに違いない。
やがて馬車の用意が整い、アリーシャは一足先に向かったようなので、三人で王城に向かう。
会場入りするときは、クロエのエスコートはエーリヒが。リーノのエスコートは、王太子のジェスタが勤めることになった。アリーシャはリーノのサポートのため、最初から会場で待っているようだ。
今日は、魔女の歓迎会ということで、ほとんどの貴族が参加するらしい。
会場も綺麗に飾り付けられ、色とりどりの花が咲いている。
(何だか、婚約破棄されたときのことを思い出すかも)
そんなことを思っていると、エーリヒが手を握ってくれた。その温もりが、今の自分は幸せだと思い出させてくれる。
(うん、大丈夫)
パーティは予定通りに進んだ。
アダナーニ国王が歓迎の言葉を言い、リーノがそれに感謝を述べる。
訪問の理由を聞かれたリーノは、会場を見渡して、冷たい声でこう言った。
「魔女について、お伺いしたいことがあります」
その言葉に、人々の視線がカサンドラに向けられる。
父である国王に大人しくしていろと言い聞かせられたのか、エーリヒの姿を見ても駆け寄らなかったカサンドラは、その代わりにずっとクロエを睨んでいた。
「何よ?」
その視線を受けて、不機嫌そうに声を出す。
「あなたではないわ。あなたは『魔女』ではないもの」
リーノがそう言うと、途端に会場がざわめいた。
「静粛に」




