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【書籍化・コミカライズ】婚約破棄されたので、好きにすることにした。  作者: 櫻井みこと
王城編

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・34

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、休ませていただきます」

 そしてリーノを案内するためにアリーシャの指示でやってきたのは、公爵家の侍女の中でもベテランの者だった。

 リーノが侍女に連れられて立ち去ったあと、アリーシャは戸惑ったようにクロエを見る。

「何があったの?」

「実は、旅の途中で……」

 クロエは町を移動しようと歩いている最中に、倒れている彼女を見つけて看病したことを話した。

 その話のついでに、移民の立ち入りを拒む町。そして、この国で生まれた移民たちの子孫が集まる集落について、簡単に説明する。

「そんなことがあったの。まだまだ地方まで手が回らなくて、教えてくれて助かるわ。それに、まさかジーナシス王国の魔女を連れてきてくれるなんて」

「私も驚きました。リーノさんは魔法の研究のために、各国を回っているそうです」

 あんなところで魔女に出会うとは思わず、驚いたのはクロエも一緒だ。

「それで、王都に来た彼女の目的は、何かしら?」

「私もよくわかりません。ただ、魔女に関することだと話していました」

 馬車の中で打ち合わせをした通りに、そう答える。

「魔女……。カサンドラ王女殿下かしら」

「そうかもしれません」

 クロエの返答に、アリーシャはしばらく考え込んでいた。

「私はこのことを、ジェスタ様に報告してきます。もしジェスタ様が会いたいと言ったら、彼女は受け入れてくれるかしら?」

 アリーシャの婚約者である王太子の名前に、クロエは頷いた。

「はい。大丈夫だと思います」

 リーノからは、国王と対面する前に王太子に会わせてほしいと言われていたので、ちょうど良かった。

「すぐに王城に行くわ。その間、彼女をよろしくね」

 アリーシャはそう言うと、慌てた様子で王都に向かった。

 きっと帰りには、ジェスタを連れてきているのだろう。

 クロエとエーリヒも一度それぞれの部屋に戻り、着替えをしてから、リーノがいる客間に向かう。

 リーノは身なりを整え、きちんとしたドレスに着替えていた。

「さすがに王太子殿下に会うのだから、ちゃんとしないとね」

 ドレスはシンプルなデザインだが、素材は最高級なのがわかる。それがかえってリーノの美貌を引き立てていた。

「とても綺麗です」

 感動してそう言うと、リーノは照れたように笑った。

「ありがとう。これから王太子殿下にする話は、あなたの家族を窮地に追い詰めるかもしれない。それでも大丈夫?」

「……」

 クロエはすぐに返事ができなかったが、代わりにエーリヒが答える。

「もちろんだ。クロエを傷付けた報いは、必ず受けてもらう」

「そうね。あれだけ酷いことをしておいて、本人たちは何も変わらず過ごしているのは許せないわ。もちろん過剰な報復はしないけれど、自分たちがやったことを反省して欲しいのよ」

 クロエとしては、もう関わらないのではあれば、それでいいと思っていた。

 でもリーノとエーリヒに説得され、過剰なことはしないのなら、と今は納得している。

 やがてアリーシャが王太子のジェスタを連れて戻ってきた。

 クロエとエーリヒも、彼女と一緒に先ほどよりも広い客間に案内され、ジェスタとリーノが挨拶を交わす様子を見つめていた。

「私が王都に来たのは、魔女についてお聞きしたいことがあったからです」

「魔女とは、私の妹のカサンドラのことでしょうか?」

 アダナーニ王国の王子、王女たちは、全員母親が違っている。

 だからジェスタも、クロエの元婚約者のキリフとはまったく似ていない。共通しているのは、金髪であることくらいだ。

「いいえ。彼女はジーナシス王国の定義で言うと、魔女ではありません」

「……魔女では、ない?」

 さすがに驚いたらしく、ジェスタは隣にいるアリーシャと顔を見合わせている。

「ですが妹は、魔女の力を持っています」

「願い事を叶える力を持っている。そう聞いています。でも、彼女は魔女の定義を満たしていない」

 リーノはそう言って、自らの髪に触れた。

 美しい白金の髪が、さらりと流れた。

「魔女は必ず、この髪色で生まれます。ですが、カサンドラ王女は金色の髪だと聞きました。でも魔女に近い力を持っているから、他の国で魔女と名乗るのは自由かもしれません。でも、残念ながらジーナシス王国では魔女だと認められません」

「……」

「……」

 ジェスタとアリーシャは無言のまま、互いに見つめ合っている。

 最大の敵だと思っていたカサンドラが、たいしたことがない存在だと言われ、しかも魔女でもないと言われて、どうしたらいいのかわからないのだろう。

「では、妹のことではないのなら、何をお聞きしたいのですか?」

 そうジェスタに問われて、リーノは悲しそうな顔をする。

「この国には、魔女が生まれていました。カサンドラ王女とは違う、ジーナシス王国も認め本物の魔女です」

「それは……」

 ジェスタとアリーシャの瞳が期待に輝く。

 新しい魔女が誕生すれば、完全にカサンドラを排除することができると、信じているのだろう。

 でもその期待も、あっさりと砕け散る。

「でも彼女は虐待され、不要だと切り捨てられて、おそらく絶望したまま、亡くなってしまっています」

「そんな」

 アリーシャの悲痛の言葉は、魔女を惜しむものではなく、虐待されて亡くなったという、その魔女に向けられたものだった。

 それがわかったのか、厳しかったリーノの表情も少し和らぐ。

「亡くなってしまった魔女は、この国の貴族令嬢でした。私と同じ髪色をした、貴族令嬢に覚えはないでしょうか」

 リーノのその言葉に、ジェスタが青ざめた。

「まさか、メルティガル侯爵家の……」

「キルフ王子殿下の、元婚約者のクロエ嬢?」

 アリーシャもそう言った。

 アダナーニ王国は男性の方が優位の国だが、メルティガル侯爵は特に、女性蔑視で有名な人だった。そんな家に生まれたクロエは、いつも怯えたような目をしていた。

 頬を腫らしている姿を見た者もいる。

 さらに婚約者だったキリフはそんなクロエを嫌い、堂々と浮気をした挙げ句、婚約破棄を突きつけた。

 その後、クロエは屋敷にも戻ることなく、行方不明になっている。

 スラムがあり、地下道にも魔物が出るこの王都で、貴族令嬢がひとりで生きていけるはずもない。

 おそらくもう、亡くなっているのではないかと噂されていた。

「では、クロエ嬢はもう……」

「はい。同じ魔女である私にはわかります」

 エーリヒが、クロエの手を握りしめていた。

 クロエが、リーノの話を遮らないか心配しているのだろう。

 でも、彼女の話は嘘とも言い切れない。

 もしクロエが前世を思い出さなかったら、王女に囚われたエーリヒはクロエを追うこともできなかった。ひとりで王都に飛び出したクロエは、おそらくアリーシャたちの予想通り、死んでいただろう。

 そしてエーリヒも、以前彼が言っていたように、クロエを傷付けたキリフを手に掛けて、処罰されていたに違いない。

 クロエが前世を思い出し、魔力に目覚めなかったら、確実にそんな未来になっていた。

 それなのに父もキリフも、以前と変わらない暮らしを続けている。

 エーリヒが許せないと思うのも、少し理解できる。

「たとえ生まれた国は違っていても、魔女は皆、私たちの仲間です。大切な仲間をそんな目に遭わせた人たちを、許すことはできない。血生臭いことは望みませんが、相応の処罰を希望するつもりです」

 リーノは、きっぱりとそう言った。

 ジェスタは、どんな回答をするのだろう。

 そう思って見守っていると、ジェスタはリーノに対して頭を下げる。

「そのクロエ嬢の元婚約者は、私の異母弟です。異母弟が、取り返しのつかないことをしました」

 ジェスタと一緒に、アリーシャも頭を下げる。

 ふたりとも、クロエとはほとんど関わっていない。それなのに、クロエのために謝罪してくれた。

 誠実な人たちだと、あらためて思う。

「おふたりは、この件には関与していないのでしょう?」

 クロエの表情でそれを悟ったのか、リーノの言葉も柔らかくなる。

「ですが、身内のことです。異母弟には、必ず罰を受けさせます」

「そうですか。できれば言い逃れのできないように、大勢の人たちが集まる場所で、その罪を認識してほしいと思っています」


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