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【書籍化・コミカライズ】婚約破棄されたので、好きにすることにした。  作者: 櫻井みこと
王城編

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・32

「それで、海の魔物は、無事に退治できたの?」

 背後からクロエを抱きしめたまま、動こうとしないエーリヒにそう尋ねると、彼はこくりと頷いた。

「ああ。クロエの魔法があったから、楽勝だったよ。むしろ、ちょっとやり過ぎたかもしれない」

 魔物は大型の海獣で、船をいくつも転覆させていた。

 ギルドの船を見つけて、ひっくり返してやろうと近寄ってきたが、その前にエーリヒが一撃で仕留めていた。

「すごいね」

 指名依頼になるほどの魔物を、一撃で倒すエーリヒの実力に感嘆する。

「クロエの魔法のお陰だ。そっちはどうだった?」

「最初に海を見に行ったの。想像していたような砂浜じゃなかったけれど、広くて感動したわ。それと……」

 屋台をたくさん回ったこと。

 食べきれなかった分は、アイテムボックスに収納したこと。

 お土産もたくさん買ったことを報告する。

「そうか。楽しかったようで何よりだ。実はアリーシャ嬢から、一度帰還してほしいという伝言が、ギルドに届いていた」

 そう言われて、はっとする。

 もともと、サージェ捕縛のために王都を出てきた。

 それが終わって帰還するつもりだったが、エーリヒに指名依頼が入り、それを達成してからということになっていた。

 その指名依頼も、いくつか終わらせている。

 エーリヒの名声も、充分に高まったことだろう。

「そうね。そろそろ王都に戻らなくては」

 いつまでもエーリヒと旅をしていたいと思うが、クロエには果たさなくてはならない使命がある。

 リーノに一度戻らなくてはならないことを伝えると、彼女は納得してくれた。

「そうだったのね。それなら、私も一緒に連れて行ってくれない? アダナーニ王国の王都には興味があるけれど、一度入ると出られないと聞いて、少し躊躇していたのよね」

 もちろん魔女であるリーノは魔法を使えば出られるだろうが、そこまでして行くつもりはなかったようだ。

 クロエもまだ、彼女には聞きたいことがたくさんあった。

 だから三人で一緒に、王都に帰還することにした。

 その日は三人で、屋台で買ってきたものを食べて夕食にした。

(たこ焼き食べたいなぁ。明日は海鮮もたくさん買っておいて、王都に戻ったらたこ焼きパーティをしようかな?)

 そんなことを思いながら、その夜、アイテムボックスの整理をした。

 米や味噌が手に入ってから、もう食材を欲しいと思ったりしないようにしてきたが、あとひとつだけ。

 たこ焼きソースだけは、何とかして手に入れたいところだ。

 帰還するには王都の城門を通らなければならないので、マードレット公爵家が迎えの馬車を寄越してくれるらしい。

 その到着は明後日の朝になるらしいので、その日はエーリヒと一緒に港町を観光することにした。

 王都を出てからいくつもの町に行ったが、エーリヒは魔物退治しかしていないので、こうしてゆっくりと町を歩くのは初めてかもしれない。

 海の魔物が退治されたので、港は大勢の人たちで賑わっていた。

 採ってきたばかりの新鮮な海鮮が売られているらしく、クロエも参加する。

「その魚のセットと、エビ。それからタコとイカもください!」

 貝もたくさんあって、思う存分、買い物を楽しむ。

 エーリヒが持ってくれた荷物を、物陰でアイテムボックスに収納した。

「うん、良い買い物ができたかも」

 新鮮な海鮮がたっぷり買えたので、王都に戻ってからも、色々な料理が作れるだろう。

「まずはたこ焼きパーティでしょう? あとは、魚は味噌漬けにしておいて……」

 どんな料理を作ろうかとわくわくしていると、エーリヒが港町の活気を嬉しそうに見つめていることに気が付いた。

「エーリヒ、どうしたの?」

「うん。俺が魔物退治をしたことで、こんなに港町が賑わっているのを見て、何だか嬉しくて」

 柔らかく微笑んだ姿は、エーリヒを見慣れているクロエでも、見惚れてしまうくらい綺麗だった。

 自分自身に価値などないと思っていたエーリヒ。

 でも、その考えも少しずつ変わっているようで、クロエはそれがとても嬉しかった。

「そうだね。エーリヒのお陰で、私もたくさん買い物できたよ。ありがとう」

 笑顔でそう言う。

「クロエの役に立てたようで、何よりだ」

 買い物が終わったあとは、海が見えるように作られた遊歩道をゆっくりと歩き、屋台ではなくレストランで食事をする。

 海鮮を使ったパスタが、とても美味しかった。


 翌日の朝になると、マードレット公爵家から迎えの馬車が来た。

 それに乗って、王都に向かう。

 アリーシャには、ジーナシス王国の人と旅先で知り合い、連れて行くと伝言してもらった。

「一応、確認しておきたいことがあるの」

 馬車で移動している最中、リーノはクロエにこう尋ねた。

「クロエさんは、これからも魔女であることは公表しないつもりなの?」

「はい、そう思っています」

 クロエはきっぱりとそう告げた。

 これは、事前にエーリヒとも相談して決めたことだ。

 このアダナーニ王国は、魔法後進国である。

 厳密に言うと魔女ではないカサンドラの魔法さえ、あれほど重宝されているくらいだ。

 そこで本物の魔女が誕生したと知ったら、どうなるか。

 クロエの身の安全のためにも、移民出身の魔導師で貫くつもりだ。

「王太子や婚約者にも伝えない?」

「はい。これからどうなるかわかりませんが、今はそうするつもりです」

 ふたりには打ち明けようかとも思ったが、エーリヒに止められた。

 今は王太子とその婚約者だが、彼らはいずれ、この国の国王夫妻になる。

 国際的なことを考え、国の価値を上げるためにも、魔女のクロエを手元に置きたがるかもしれないと言われたのだ。

 クロエが自らの意思で残るのと、向こうから懇願されて断れないのとは、まったく違うと。

「そうね。私もその方が良いと思うわ」

 リーノも、そう同意してくれた。

「逆に私のことは、魔女だと紹介してもらってもいいわ」

「本当ですか?」

 予想外の申し出に、クロエは思わず聞き返す。

「私はジーナシス王国の八番目の魔女よ。アダナーニ王国の国王だって、私に何かを強制することはできないわ。それに、私は王都でやりたいことがあるのよ」

「やりたいこと?」

 リーノは不思議そうに首を傾げるクロエから、エーリヒに視線を移した。

「クロエさんを理不尽に虐げた人たちに、復讐したいとは思わない?」

「できるのか?」

 エーリヒはすぐにそう問いかける。

「ええ。できるわ」

「ま、待って」

 クロエは驚いて、リーノとエーリヒを交互に見つめる。

「復讐なんて、そんな」

「もちろん、命を奪うようなことはしないわ。ただ、自分たちが虐げ、失ってしまったものがどれだけのものだったのか。それを思い知らせるだけよ」


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