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【書籍化・コミカライズ】婚約破棄されたので、好きにすることにした。  作者: 櫻井みこと
王城編

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74/82

・30

 馬車は一日かけて、港町に到着する。

 もう周囲は暗くなっていたが、波の音が聞こえる。

 もちろん前世では何度も見たことはあるが、クロエとしては初めてだ。

 今夜泊まる貴族専用の宿は、海の見える場所に建っていた。

 明日の朝になれば、壮大な海を眺めることができるだろう。

 今夜の部屋もとても広く、キッチンにバスルーム。さらに寝室がふたつある。

 運んできてもらった夕食には新鮮な海鮮が並び、リーノとふたりで喜んだ。

「エーリヒは?」

「クロエの料理がいい。作り置きの」

「うん、わかった」

 アイテムボックスからおにぎりと鶏肉の香草焼きを取り出す。

「味噌汁も作るね」

 調理器具を出して、手早く味噌汁を作る。

「変わった料理ね」

 リーノが不思議そうに覗き込む。

「本で読んだことがある異国の料理なんです。エーリヒがとても気に入ってくれて」

 前世のことを話すつもりはなかったので、そう答えた。

 彼女も興味はあるみたいだが、独特の匂いに、食べる勇気は出なかったようだ。

(まぁ、普通は食べ慣れたものが一番だから)

 高級宿の美味しい料理よりも、クロエの料理を好むエーリヒが変わっているのかもしれない。

 海鮮料理を堪能したあとは、食後のお茶を飲みながら、リーノにジーナリス王国のことを教えてもらう。

「今のジーナリス王国には、魔女が十人いるの。一番年上は、私の祖母よ」

 魔女の力は家系に受け継がれることが多いが、全員が親戚というわけではないと言う。

「他国にもたまに、魔女のような力を持つ者が生まれることがある。でも、ほとんどはそれっぽいだけ。あなたは国外でひさしぶりに生まれた、本物の魔女ね」

 他国で魔女が生まれることが稀なので、魔女として認められる条件もまた、他国に伝わっていなかったのだろうと、リーノは言った。

「魔女として生まれたら、五歳になるまで、魔法の使えない部屋で暮らすの。子どものうちは、無意識に力を使ったりして、大変なことになるから」

 だから自分で制御できるようになるまで、魔女の力を封じていたクロエの話を聞いて、リーノは驚いたようだ。

「何も知らなくても、ちゃんと自分でそう考えて実行した。すごいことだと思うわ」

 そう褒められて、少し照れてしまう。

(でも、アダナーニ王国にある魔法の使えない塔は、きっとその部屋と同じ造りになっているのね)

 王女は今、どうしているだろう。

 きっとまだ、エーリヒを自分のものだと思っているかもしれない。そう思うと、少し嫌な気持ちになる。

 それからも、他の魔女の話や、他の国を巡ったときの話などを聞かせてもらう。

「そろそろ良い時間ね。今日はひとりで寝るわ」

 そう言ってリーノは立ち上がる。

「え、でも」

 彼女が同行している間は、一緒に寝ようと思っていたクロエは戸惑う。

「大丈夫よ。私が幼いのは見た目だけ。それに、恋人同士で一緒にいた方が良いでしょう?」

「ええ、ありがとう」

 せっかくそう言ってくれたのだからと、先にリーノにお風呂に入ってもらい、クロエはエーリヒの部屋に行くことにした。

 扉を叩いて、彼の名前を呼ぶ。

「エーリヒ、入ってもいい?」

 そう言った途端、扉が開かれた。

「クロエ、どうした?」

「今日は、エーリヒと一緒に寝ようかと思って」

「話はもういいのか?」

 クロエがリーノに色々と聞けるように、ふたりを同室にしてくれていたのだ。

「うん。色んな話をしてもらったわ。それに、まだこれからも話を聞く機会はあるから、今日はエーリヒと一緒にいたいの」

「そうか」

 エーリヒは笑顔で頷き、クロエを部屋に入れてくれた。

 リーノとの出会いはとても幸運だったと感謝しているが、それでもひさしぶりにふたりきりになれたのは、嬉しい。

 ふたりでソファーに横並びに座り、クロエはエーリヒの肩に寄りかかった。

「ジーナシス王国にいる、他の魔女の話を色々と聞いたの」

 エーリヒはそんなクロエの髪を優しく撫でながら、話を聞いてくれる。

「魔女が生まれたら、五歳まで魔法の使えない部屋で育てられるそうよ。やっぱり魔女には、自制心が大事なのね」

「王女には、一番欠如しているものだな」

「そうね」

 クロエはまだ一度しか会っていないが、カサンドラがどれだけ横暴なのか、アリーシャから聞かされていた。

 気に入らないことがあると癇癪を起こして、侍女を鞭打ちしたこともあるらしい。

 王太子はアリーシャの魔法によって無事だが、実はクロエの元婚約者のキリフも、カサンドラの被害者になっていたようだ。

 言葉を話せなくなったり、足が動かなくなったりしていたと、アリーシャが話してくれた。

 アリーシャが一番恐れているのは、カサンドラが彼女を傀儡の王にしたい者たちに煽られて、王位を欲してしまうことだ。

 魔女の力は、人の生死に関することには使えない。

 でもそれは、死を願っても叶うことがないというだけで、魔法で直接攻撃することができる。

 使えるかどうかはともかく、魔力のあるカサンドラは、普通の魔法も使用可能だと思われる。

 王女カサンドラは、魔女の力はもちろん、普通の魔力も持っていてはいけないのではないか。

 クロエは、少し前からそう考えるようになっていた。

 リーノのあとにお風呂に入り、そのあとにエーリヒが入っている間に、明日の朝食の準備をしておく。

 切り身の魚を味噌漬けにして、あとは野菜を浅漬けにしたもの。明日はこれに、ご飯と味噌汁だ。

 昔のクロエでもあまり食べなかった和食の定番だが、エーリヒはこれがとても気に入っていた。

「魚の味噌漬けか」

「うん。明日の朝焼くから、楽しみにしていてね」

 そう言って、まだ濡れたままのエーリヒの髪を、丁寧に拭いてあげる。

 エーリヒは気持ちよさそうに目を閉じて、クロエに身を委ねていた。

 あの集落に滞在していた間も、寝室別々だったから、こうしてふたりでまったりと過ごすのもひさしぶりだ。

(やっぱりこうしてふたりで一緒に過ごす時間が、一番幸せかもしれない)

 その夜はひとつのベッドで、寄り添い合いながら眠った。


コミカライズ4巻、本日発売です!

どうぞよろしくお願いいたします~。

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