・24
他人は見捨てるのに、自分たちは助けてほしいなんて、自分勝手すぎるだろう。
少女を見つけた花畑まで戻り、そこにあったベンチに、ローブで包んだままの少女をそっと横たえてもらう。
「周辺を見回ってくる」
「うん、お願い」
もしかしたら、周辺に少女の親がいるかもしれないし、他にも倒れている人がいる可能性もある。
「少し大きいけど、着替えた方が良いよね」
汗を拭いてあげて、クロエの服を着せる。
「薬を買い込んでいて、よかったわ」
クロエはアイテムボックスの中から、熱冷ましの薬を取り出す。
町を出発したときに色々と買い込んだものが、こんなにすぐに役立つとは思わなかった。
そうしていると、少女が目を覚ました。
「お水……」
喉が渇いたらしい少女に、ゆっくりと水を飲ませてあげる。
「食欲はある?」
弱々しく首を横に振る彼女に、薬だけを飲ませて、温かくして寝かせてあげた。
すると、周辺を見回っていたエーリヒが戻ってきた。
「両親らしき者はいなかった。ただ、やはり向こうの集落でも、熱病に罹った者がいるようだ」
「わかった。まだ薬もあるし、そこに行こう」
眠った少女をエーリヒが抱き上げてくれて、そのまま集落に向かうことにした。
花畑の奥に続いている道は、あまり広くなく、雑草が生い茂っている。
普段から人通りは少なかったのかもしれない。
少し坂道を登っていくと、集落が見えた。
家が十軒ほどあるだけの、とても小さな集落だ。
クロエたちを追い返した町の警備兵の話によると、ここは移民たちが暮らす場所らしい。それぞれの家の隣に畑があり、そこで野菜などを育てて暮らしているようだ。
クロエたちが集落に辿り着くと、数人の人たちが、不安そうな顔をしてこちらの様子を伺っていた。
「薬を持っています。病気の人たちのところに、案内してください」
突然の来訪者に住人たちは怯えていたが、クロエが黒髪だったので安心したのか、すぐに案内をしてくれた。
エーリヒは彼らを刺激しないように、フードを深く被ったままだ。
病人は、ひとつの家にまとめて寝かされていた。
そこは古い平屋だったが部屋数が多く、病状によって部屋を分けていた。
ひとりの女性が、クロエを中に案内してくれた。
「数日前から、子どもや老人が次々と高熱で倒れてしまって。中には回復した人もいますが、まだ寝込んでいる人もいます。どうか助けてください」
「ええ、もちろん」
そう言って、クロエは力強く頷いた。
クロエが連れてきた少女が一番高熱だったので、彼女を別の部屋に寝かせることにした。
それから、病人たちの看病をする。
今までは集落の人たちが交代で面倒を見ていたようだが、病気が移ってしまう人もいたようだ。
病気は、魔法で癒やせない。
ここは病気とは無縁なクロエが、看病をした方が良いだろう。
クロエが病人たちの面倒を見ている間に、エーリヒが食事を作ってくれた。それを、食欲がありそうな人には、食べてもらう。
それが終わったあと、ここに案内してくれた女性に、話を聞いた。
「私たちは、移民のように見えると思いますが、ほとんどの住民は、この国で生まれた人たちです」
「そうなんですね」
何代か前の先祖がこの国に移住して、そのまま住み着いたようだ。
「私たちの先祖に、悪い人がいたんです」
この先の町で立ち入りを禁止されたことを話すと、その女性はそう言って肩を落とす。
彼女たちの先祖が、この国に移住したばかりの頃。
この集落には、移民というだけで職に就けず、この国を恨むようになった人たちがいた。彼らは恨みを募らせて、そのうちこの街道を通る人たちを襲う盗賊になってしまったという。
もちろん集落の一部の人たちで、盗賊になった人たちも全員捕まり、罪を償っている。
でも町の人たちの集落に対する偏見は、今も残っているらしい。
「あなたたちにも、ご迷惑をおかけいたしました」
集落の女性は、そう言って謝罪した。
「いえ、そんな」
クロエは、慌てて首を横に振る。
「私たちが連れてきたあの女の子の両親は、ここにはいらっしゃいませんか?」
「ええ。あの子がどこから来ていたのか、私たちにもわからなくて。でも子どもたちは、お姉ちゃんと呼んでよく懐いていました」
「……お姉ちゃん?」
花畑の近くで助けた少女は、この集落の子どもではなかった。
だがここの子どもたちと顔見知りで、よくあの花畑で一緒遊んでいたらしい。
クロエが不思議に思ったのは、この集落の子どもたちは、あの少女よりも年上の子どもが何人かいたのに、全員がお姉ちゃんと呼んでいたと聞いたからだ。
(すごく、大人っぽい子だったのかな?)
見た目は少しこの国の貴族のように見えるが、少女自身は、北方から来た移民だと言っていたようだ。
「じゃあきっと、この子の両親が心配しているよね……」
すぐに探して連絡しなくてはと思ったが、この集落の人たちも、少女について何も知らなかった。
(どこから来たのかしら?)
聞いてみれば良いと思うが、少女は高熱にうなされていて、受け答えもあいまいな状態である。
両親が心配してるかもしれないと思うと、病状が落ち着くのを待つよりも、探したほうが良いかもしれない。
少女が本当に移民ならば、先ほどクロエたちを立ち入り禁止にした町ではないだろう。集落の人たちに聞いたところ、あの町は自分たちで警備団を作り、移民の立ち入りを禁止しているそうだ。
クロエたちが入り口で拒絶されたのは、病気の少女だけが理由ではなく、移民のように見えるクロエの黒髪のせいかもしれない。
昨日まで滞在していた町にも移民がいたことを考えると、少女はそこから来た可能性が高い。
「町に戻って、あの子どもの両親が探していないか、探してみる」
エーリヒがそう言ってくれた。
「どのみちギルドに指名依頼について、事情を説明しなくてはならない」
あの町からの指名依頼は、受けないと決めたようだ。
「ごめんなさい。馬車で行けば、問題なく入れたのに。指名依頼のことも……」
「いや、最初から歓迎はされないかもしれないから、依頼を受けるかどうかは向こうで決めたほうがいいと言われていたからな。受けないことにした、と言えばすむ話だ。それに、もし馬車を使っていたら、あの子どもたちを助けられなかっただろう?」
「……うん、そうね」
エーリヒの言うように、徒歩で向かったからこそ、倒れていた少女やこの集落の人たちを助けることができた。
「すぐに戻る。この集落には誰も近付かないだろうが、気を付けて」
「エーリヒも」
いつものように無事を祈って送り出し、クロエは病人たちの食事を用意する。
顔見知りになった女性が、クロエを手伝ってくれた。
彼女は一度熱病に罹ったが、幸い症状は軽く、すぐに回復したようだ。それから積極的に病人の世話をしていたらしい。
クロエよりも一回り年上の彼女は、ララと名乗った。
ふたりで協力して食事の支度をしたあと、手分けをして病人たちに配る。
後片付けをしていると、ララから花畑で助けた少女が目を覚まし、クロエを呼んでいると聞いた。
「ありがとう。すぐに行くわ」
少女にしてみれば、目が覚めたら、いつの間にか知らない場所に寝かされていたのだ。
きっと不安になっただろう。
しかもひとりだけ熱が高かったので、他の子どもたちとは別の部屋で安静にしてもらっていた。
早く安心させてあげなくてはと、急いで彼女の部屋に向かう。
軽く扉を叩いて中に入ると、少女はベッドの上に体を起こし、こちらを見ていた。
「目が覚めたようね。具合はどう?」
優しく問いかけると、彼女は頷く。
「ええ、もう大丈夫。あなたが私を助けてくれたのね。本当にありがとう」
容姿にふさわしい可愛らしい声だったが、言葉使いや態度はあまり子どもらしくない。
むしろ大人そのもので、クロエは戸惑った。
「ええと……」
「私はリーノ。あなたは?」
「クロエ、です」
つい畏まって、そう答えてしまう。




