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「それにしても、どうして私にだけ見えたのかしら」
考えられるのは、クロエが魔力を持っていたからだ。
「まさか、魔法を使っていたのか?」
「そうだとしたら、厄介だね」
魔法を使う魔物など、今まで発見されたことがない。
(向こうでは、猿とか知能が高いって言われていたけれど、この世界の魔物もそうなのかな?)
この国では、人間でも魔法を使えるのは少数である。
それなのに魔物が魔法を使い出したら、対応できる人間は限られている。
ギルドに戻り、それを報告すると、案の定大騒ぎになった。これからエーリヒが倒した魔物を回収し、その分析に取りかかるようだ。
おそらくこの件で、魔法の重要性がますます高まる。
魔石の価値も高騰するかもしれない。
そして、魔術師ではなく魔導師を捕縛し、魔法を使う魔物を倒したエーリヒの名声も、さらに高まっただろう。
この依頼の事後処理や手続きのために、それから二、三日ほどこの町に滞在しなくてはならない。
その間クロエは、町を歩き回ってみたり、アイテムボックスに入れておく食材や薬を買い込んだりした。
クロエは魔法によって病気にならないが、エーリヒのために色々と用意しておくことにしている。
病気は、魔法では治せないからだ。
この町には移民も多く、クロエがひとりで出歩いてもそれほど目立たない。それなのにエーリヒは、クロエがどこに行っても離れずに、ずっと傍にいてくれる。
町を歩いていて少し気になったのは、クロエたちが魔物退治をした方の道は人で賑わっているのに、隣町に続く道には、あまり人がいないことだ。
屋台でそれとなく理由を聞いてみると、隣町はあまり他の町とは交流しないそうだ。
とても閉鎖的な町らしい。
何となくそれを聞いていたクロエは、ギルドから戻ってきたエーリヒに、次の指名依頼が隣町からだと聞いて、驚いた。
「あそこの屋台で、向こうの町は閉鎖的だって聞いたけど……」
「それでも魔物が出れば、依頼せざるを得ないのだろう。歓迎はされないかもしれないから、依頼を受けるかどうかは向こうで決めたほうがいい、と言われた」
依頼を斡旋するギルドがそんなことを言うくらい、向こうの態度は酷いものなのだろうか。
その隣町までの移動手段について、少し迷った。
どうやら、歩いても半日もかからない場所にあるらしい。
貴族ならどんなに近くても馬車移動だろうが、荷物もすべてアイテムボックスに入っているので、手ぶらで歩いて行くことも可能だ。
道もしっかりと整備されている。
そして途中に大きな池があり、遊歩道のようになっているらしい。
「近いみたいだし、歩いていく?」
そう提案すると、エーリヒも同意してくれた。
「そうだな。クロエとゆっくり景色を見ながら歩くのも、良いかもしれない」
こうして、次の町まで徒歩で行くことが決まった。
いつも宿を引き払うときは、次の宿の手配と馬車を頼んでいた。だが今回は、依頼を受けるかどうか、向こうの町に到着してから決めることになっている。
だから何も頼まずに、宿を引き払って町を出た。
まだ早い時間だったせいか、人も姿はなかった。
だが反対側の道には人がたくさんいたことを考えると、本当にこの先の町との交流はあまりないのだろう。
(どんな町なのかな……)
よそ者を嫌う町だというから、あまり歓迎されないかもしれない。
そんなことを思いながら歩いていると、右側に大きな池が見えてきた。
「ここが遊歩道ね」
大きな池の周りには道があり、池を一周できるようになっていた。
その周辺には花も咲いていて、景色を眺められるようにベンチも設置してある。
「少し歩いてみるか」
「うん」
エーリヒにそう言われて、ふたりで池の周りを歩く。
水草の浮いた池には水鳥がいて、呑気に泳いでいる。
天気も良く、明るい日差しが差し込んで、とても気持ちが良い。
人がいないので、エーリヒもクロエもローブのフードを外し、ゆったりとした気分で過ごすことができた。
「お弁当を持ってくればよかったね」
「そうだな」
そんなことを話しながら、そろそろ町に向かおうと、立ち上がる。
歩きながら周囲の景色を眺めていたクロエは、花畑の向こう側にも道があることに気が付いた。
(きっと向こうにも集落があるのね……。ん?)
クロエは足を止める。
道の途中で、誰かが倒れているように見える。
「どうした?」
「あっちの道に、誰かが倒れているの!」
そう言うと、急いで駆け寄る。
エーリヒもすぐに、クロエに続いた。
昨日と同じように、土を踏み固めただけの簡素な道に、ひとりの少女が倒れていた。
色素の薄い金色の髪に、白い肌。
見かけだけなら貴族の子どものように見えるが、こんなところにひとりでいるはずかない。それに、クロエと同じように、冒険者風の服装をしている。
北方からの移民なのかもしれない。
そうだとしても、子どもがひとりでいるのは不自然だ。
「とにかく、手当をしないと」
熱が出ているのか、赤い頬をして苦しそうに息をする少女を自分のローブで包んで抱き上げた。
案の定、とても熱い。
「俺が運ぶ」
たとえ華奢な少女でも、クロエが運ぶには少し不安定で、それを察したエーリヒが抱き上げてくれた。
「ありがとう」
「クロエが転んで怪我でもしたら、大変だから」
そう言いながらも、慎重に彼女を運んでくれた。
だが目的地の町では、入り口に警備兵が立っており、病気の少女を連れたクロエたちの立ち入りを拒否した。
「周辺の移民の集落で、熱病が流行っているって話だ。この町に、そんなものを持ち込まれたら困るんだよ」
「そんなものって……」
少女をもの扱いする警備兵の男に、クロエは絶句した。
少女にローブを渡してしまったので、今のクロエは顔を隠していない。
男の怒鳴り声にこちらを見た人たちも、クロエの移民風の容貌を見て、嫌な顔をする。
「また移民だわ」
「警備兵がいてくれて、本当によかったわね」
彼女たちは、病気で苦しんでいる少女を見ても、何も思わないのだろうか。
「そうか」
悔しくて何も言えないクロエの代わりに、エーリヒが答える。
「町に入れないのならば、仕方がない。この町から依頼された魔物退治は、引き受けられないと伝えておいてくれ」
「魔物退治?」
警備兵は唖然としたあと、やや焦りだした。
「もしかして指名依頼の? それは困る。あの魔物の被害者が、たくさんいるんだ」
「クロエ、戻ろう」
「……うん」
エーリヒは警備兵を無視して、クロエを促して歩き出した。
警備兵は何か喚いていたが、さすがにクロエも擁護する気にはなれない。




