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【書籍化・コミカライズ】婚約破棄されたので、好きにすることにした。  作者: 櫻井みこと
王城編

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66/82

・22

 そして、翌朝。

 ふたりは身支度を整えると、魔物が目撃されている場所に向かった。

「朝食のパン、おいしかったね」

 焼きたてのパンが提供され、つい食べ過ぎてしまったくらいだ。

「俺は、クロエの料理の方が良い」

 そう言うエーリヒは、あまり食べていなかったような気がする。

 これだけ動いて、しかもそれなりに鍛えているのに、あんなに小食で大丈夫なのだろうか。

(人体の不思議……)

 ふと気になって、自分の腕や腹を触ってみる。

(う、うん。まだ大丈夫。まだ、許容範囲内ね)

 いざとなったら、魔石を大量に作ればいい。

 体力を消耗してきっとダイエットにもなるし、魔力も増えて良いことだらけだ。

 そんなことを考えながら、少しだけ踵を上げて歩いてみる。

(こんな運動があったような気がする。効果はあるのかな?)

 エーリヒはそんなクロエを見て不思議そうな顔をしていたが、思い立って変な運動をするのはいつものことなので、何も言われなかった。

 この町から少し離れた山間に、小さな集落がある。

 魔物は、その集落に向かう道に出没するらしい。

 集落に住む者にとっては、仕事や生活のために毎日通る道である。それが、例の魔物が出没することによって、命がけの道のりになってしまい、とても困っていた。

 そこで集落の人たちがギルドに相談したところ、ギルド側で対応が必要と判断し、指名依頼にしてくれたようだ。

「じゃあ、今回の依頼主はギルドなの?」

「そういうことになる。人々の生活が脅かされている場合に限り、ギルドが依頼主となって問題の解決に尽力するそうだ」

「すごいと思うけど、それって本来は国がするべき対応よね」

「そうだな」

 アリーシャに、地方に出て気になったことがあれば教えてほしいと言われていた。このことは、伝えるべきだろう。

「あ、こっちかな?」

 広い街道を歩いていると、途中に分かれ道があった。

 土を踏み固めただけの簡素な道だが、人通りは多かったようで、それなりの道幅がある。

「そうだな。クロエ、ここからは注意して」

「うん。あ、ちょっと待って」

 先を歩こうとするエーリヒに声を掛けて、防御魔法を使う。

 魔女のクロエには、呪文も魔法陣も必要ない。

「エーリヒを守ってくれますように!」

 ただそう願うだけで、魔法は発動する。

「物理攻撃も魔法攻撃も、これで通用しないと思う」

「クロエは?」

 エーリヒが心配そうな顔に言ったので、自分にも防御魔法をかけておく。

「私にもかけておくね。……うん、これで大丈夫」

 敵が透明化するのなら、どこに動くかわからない。

 クロエが自分にも防御魔法をかけると、エーリヒは安心したようだ。

 ふたり並んで歩けるくらいの道幅だが、それでも用心のため、エーリヒが先頭を歩き、クロエはその背後に続く。

 道の両側には木が生い茂っていて、高く伸びた枝が空を覆い隠し、早朝だというのに、薄暗い。

 土を踏み固めただけの道には、ときどき小石が混じるようになり、歩きにくくなってきた。

(なんか、林間学校の早朝登山を思い出すかも)

 地名や学校のことはまったく覚えていないのに、こうして山を登ったことがある、という断片的な記憶だけ、思い出す。

 そんなときは、無理をして思い出さないようにしていた。

 過去にはもう、戻れない。

 今の自分はクロエなのだ。

 そんなことをとりとめなく考えていたクロエは、ふと足を止めた。

「エーリヒ、待って。何か嫌な気配がする」

 クロエがそう言った途端、エーリヒは剣を抜いた。

 そして油断なく、周囲を警戒している。

 クロエも同じように視線を巡らせていたが、いつの間にか道の向こう側に、大型の猿の姿をした魔物がいることに気が付いた。

「正面よ!」

 その言葉に素早く対応したエーリヒだったが、躊躇ったようにクロエを見る。

「俺には、何も見えない」

「えっ」

 どうやら気配も感じないらしい。

 見間違えたのかと思ったが、クロエの目に映る魔物は、かなりの敵意をこちらに向けている。

「クロエ、場所を教えてくれ」

 彼には姿も見えないし、気配も感じないというのに、エーリヒはそう言って剣を構え直した。

「うん、わかった」

 エーリヒに見えないのなら、自分が目になればいい。

 ふたりに防御魔法をかけているので、魔物に反撃されても怪我をすることはないだろう。

「大きさは、エーリヒよりも少し大きい。横幅は倍くらい。こちらの様子を伺っているわ。場所は、あの折れた枝のすぐ隣よ」

 魔物はきっと、隙を狙っているのだろう。

 けれどエーリヒは油断なく剣を構えていて、なかなか襲いかかれないようだ。

「まだ動きそうにない」

「ならば、こちらから行くか」

 エーリヒが剣を構え直す。

 それを見たクロエは、魔法でエーリヒのスピードとパワーを強化する。

「少し動いた。手前の白い花の隣!」

 クロエがそう叫んだ途端、エーリヒが切り込む。

 何も見えていないとは思えない、正確さだった。

 だが魔物も、すぐに反撃に出る。

「左!」

 左腕を振り上げたのを見て、そう叫ぶ。

 エーリヒはそれを避けて、今自分がいた場所に剣を振り下ろす。

 魔物は、甲高い悲鳴を上げて飛び退いた。

「……声が聞こえた」

 今の悲鳴は、エーリヒにも聞こえていたようだ。

「あの白い花の方まで逃げていったよ。傷は負っているけど、まだ動けないほどじゃないかも」

 エーリヒの剣は確実に当たったようだが、大型の魔物には致命傷にはならなかったようだ。

 再び剣を構えたエーリヒに、クロエは魔物の位置を正確に伝える。

「後ろに下がった。逃げるかもしれない」

 何度かエーリヒに襲いかかり、その度に傷を負った魔物は、少しずつ後退しようとしていた。

「足止めするね」

 クロエは魔法で魔物の足止めをして、その位置をエーリヒに伝える。

 だが魔物は動けないまま、切り込んできたエーリヒに向かって、腕を振り上げた。

「右に!」

 クロエはそう叫ぶ。

 魔物の姿が見えないエーリヒは、攻撃をどう避けたらいいのかわからなかったようで、振り下ろされた魔物の腕を、クロエの魔法が掛けられた右腕で受け止めた。

 この状態で魔物が反撃するとは思わず、焦ったクロエはほっと息を吐く。

「!」

 魔物の攻撃を腕で受け止めたエーリヒは、それで魔物の位置を正確に掴んでいた。そのまま魔物を押さえつけ、止めを刺す。

 絶命した魔物は、ようやくその姿を現した。

「消えたままならどうやって報告するかと思ったが、これなら大丈夫そうだな」

「ごめんなさい」

 クロエは急いでエーリヒに駆け寄って、返り血を浴びたエーリヒの顔を、ハンカチで丁寧に拭く。

「あの状態で反撃するなんて思わなくて……」

「いや、クロエが声を掛けてくれなかったら、まともに攻撃を受けていたかもしれない。俺には見えなかった。それに、この右腕のお陰で助かった」

「一応、見せて」

 そう言うと、エーリヒはクロエに右腕を差し出した。

 サージェの渾身の魔法攻撃も受け止めたエーリヒの右腕は、傷ひとつない。どうやら大丈夫そうだと、安堵する。


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