・19
(そ、そんなに?)
エーリヒは声も上げなかったことを考えると、サージェは相当、打たれ弱いのかもしれない。
少しだけ心配になる。
それに、今のは人を魔法で攻撃したことになってしまうのだろうか。
(魔法を反射しただけ、だから……)
クロエが魔法を放ったわけではないので、きっとセーフだろう。
「サージェ様、大丈夫ですか?」
あまりにも痛がるサージェを心配して、思わずリリンが駆け寄る。
クロエたちの言葉で少し疑ってはいても、それでも心配せずにはいられなかったのだろう。
人の話を聞かない悪癖はあるが、サージェとは違って、心根は優しい子なのかもしれない。
「うるさいっ!」
けれどサージェは、そんなリリンを突き飛ばした。
思い切り突き飛ばされ、リリンは地面に倒れる。
「クロエだけを連れて来いと言っただろう。この役立たずめ。所詮は移民の冒険者だな」
「……えっ」
浴びせられた罵声に、リリンは呆然とした顔で、サージェを見上げる。
「サージェ、様?」
地面に転がるリリンを、サージェはさらに足で蹴飛ばす。思うようにならなかった苛立ちを、すべて彼女にぶつけようとしていた。
「姉さんに何をする!」
それを見たトリーアが、闇雲にサージェに突っ込んでいった。
「だめ、危ない!」
サージェはまだ、魔法攻撃をもう一回分残している。
そう思ってクロエは叫んだ。
案の定、サージェは至近距離から魔法をトリーアとリリンに放とうとしていた。
若い女性と、まだ幼い少年である。
サージェの魔法攻撃を、あんな距離で受けてしまったら、怪我ではすまないかもしれない。
自分が無駄に、サージェを挑発してしまったからだ。
何とか庇わなくては。
そう思ったクロエよりも先に、エーリヒが動いた。
トリーアとリリンの前に立ち、サージェの魔法攻撃を、右腕で受け止める。
その動きは、いつものエーリヒよりも速い。
クロエの補助魔法が効果を奏して、間に合ったのだろう。
もともとエーリヒを目の敵にしていたサージェは、エーリヒが目の前に飛び出したことを確認すると、にやりと薄ら笑いを浮かべた。
エーリヒには、魔法攻撃を防ぐことはできないと確信していたのだろう。
けれど彼の右腕は、クロエの魔法によって無敵状態である。
当然、サージェの攻撃も受け付けず、あっさりと霧散してしまった。
「……な、なぜ」
クロエが攻撃を防いだときよりも呆然とした表情で、サージェが崩れ落ちる。
エーリヒは、そんな彼を素早く捕縛した。
「俺の右腕は、女神の祝福を受けているからな」
そして、あっさりとそんなことを言うと、自らの右腕に、愛しそうに触れる。
(め、女神って……)
クロエは真っ赤になってしまい、自分の頬を両手で押さえた。
捕らえられたサージェは、しばらく何とか逃れようと暴れていたが、エーリヒに押さえつけられて、痛みからか悲鳴を上げている。
もともと強いエーリヒだったが、今はクロエの補助魔法で力も増している。
逃れられるはずがなかった。
「クロエは、お前のような卑怯者を愛したりしない。そしてクロエは、お前などよりもずっと強い。だからもう二度と、勝手に恋人を名乗ったりするな」
エーリヒは冷たい声でそう言うと、サージェを真正面から睨み据える。
「次は、ない」
「……っ」
魔物討伐で名を挙げた剣士の殺気をまともに受けてしまい、サージェは真っ青になった。
しかもエーリヒに、魔法攻撃は通用しなかった。
適う相手ではないと、しっかり心に刻み込まれたに違いない。
(許せない……)
魔法で人を何度も攻撃した彼を、このままにしてはおけないと思う。
しかも相手は屈強な冒険者や騎士ではなく、若い女性と幼い少年だ。
今は魔力が尽きた状態なのでおとなしく捕縛されているが、回復すればまた、魔法を使って逃げようとする。
ギルドや騎士団のほうでも、今度こそ逃げられないように徹底するだろうが、この国は魔法に関しては後進国である。
しかも彼は自分の目的のためならば、人を傷付けることを躊躇わない。
非常に危険な人物だ。
(この人に、魔力を持たせてはいけない)
クロエは、サージェを見つめた。
自分の魔力を封じたときのように、扉を閉めて鍵を掛けるイメージで、サージェの魔力を封印する。
クロエの場合、鍵は自分で持っていたが、鍵を持たないサージェに、この扉を開けることは不可能だ。
もう二度と、自分の意志で魔法を使うことはできないだろう。
だが、魔力の尽きた状態のサージェは、自分の魔力が封印されてしまったことにも気付かない。
「君は騙されている。貴族なんて皆、魔石目当てしかいない。いずれ捨てられてしまうぞ」
だから、まだそんなことを言って悪あがきをしている。
「俺は魔石など必要としていない」
エーリヒはサージェを見下ろしてそう言うと、クロエに手を伸ばした。
もちろんクロエも、迷わずにその手を取る。
「クロエを愛したのは、彼女が魔導師として目覚める前だ。初めて会ったときから、クロエは俺の、ただひとつの希望だった」
そう言って、まるで祈りを捧げるかのように跪き、握ったクロエの手を自分の額に押し当てる。
「俺の心も体も、命さえも、すべてクロエのものだ」
「……エーリヒ」
クロエもそんなエーリヒの手を引いて立ち上がらせると、そのままその手を頬に押し当てる。
「私も、あなたがいないと生きていけない。何もかも失ったとしても、エーリヒさえ傍にいてくれたら、それでいいの」
サージェを納得させるための、演技などではない。
クロエの、心からの言葉だ。
それはエーリヒも同じだろう。
抱き合うふたりを、サージェは呆然と見つめている。
魔法で攻撃されそうになり、寄り添い合って震えていたトリーアとリリンも、頬を染めて視線を逸らした。
クロエとエーリヒは、そんな周囲の様子にまったく気付かず、ずっと寄り添っていた。




