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【書籍化・コミカライズ】婚約破棄されたので、好きにすることにした。  作者: 櫻井みこと
王城編

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63/82

・19

(そ、そんなに?)

 エーリヒは声も上げなかったことを考えると、サージェは相当、打たれ弱いのかもしれない。

 少しだけ心配になる。

 それに、今のは人を魔法で攻撃したことになってしまうのだろうか。

(魔法を反射しただけ、だから……)

 クロエが魔法を放ったわけではないので、きっとセーフだろう。

「サージェ様、大丈夫ですか?」

 あまりにも痛がるサージェを心配して、思わずリリンが駆け寄る。

 クロエたちの言葉で少し疑ってはいても、それでも心配せずにはいられなかったのだろう。

 人の話を聞かない悪癖はあるが、サージェとは違って、心根は優しい子なのかもしれない。

「うるさいっ!」

 けれどサージェは、そんなリリンを突き飛ばした。

 思い切り突き飛ばされ、リリンは地面に倒れる。

「クロエだけを連れて来いと言っただろう。この役立たずめ。所詮は移民の冒険者だな」

「……えっ」

 浴びせられた罵声に、リリンは呆然とした顔で、サージェを見上げる。

「サージェ、様?」

 地面に転がるリリンを、サージェはさらに足で蹴飛ばす。思うようにならなかった苛立ちを、すべて彼女にぶつけようとしていた。

「姉さんに何をする!」

 それを見たトリーアが、闇雲にサージェに突っ込んでいった。

「だめ、危ない!」

 サージェはまだ、魔法攻撃をもう一回分残している。

 そう思ってクロエは叫んだ。

 案の定、サージェは至近距離から魔法をトリーアとリリンに放とうとしていた。

 若い女性と、まだ幼い少年である。

 サージェの魔法攻撃を、あんな距離で受けてしまったら、怪我ではすまないかもしれない。

 自分が無駄に、サージェを挑発してしまったからだ。

 何とか庇わなくては。

 そう思ったクロエよりも先に、エーリヒが動いた。

 トリーアとリリンの前に立ち、サージェの魔法攻撃を、右腕で受け止める。

 その動きは、いつものエーリヒよりも速い。

 クロエの補助魔法が効果を奏して、間に合ったのだろう。

 もともとエーリヒを目の敵にしていたサージェは、エーリヒが目の前に飛び出したことを確認すると、にやりと薄ら笑いを浮かべた。

 エーリヒには、魔法攻撃を防ぐことはできないと確信していたのだろう。

 けれど彼の右腕は、クロエの魔法によって無敵状態である。

 当然、サージェの攻撃も受け付けず、あっさりと霧散してしまった。

「……な、なぜ」

 クロエが攻撃を防いだときよりも呆然とした表情で、サージェが崩れ落ちる。

 エーリヒは、そんな彼を素早く捕縛した。

「俺の右腕は、女神の祝福を受けているからな」

 そして、あっさりとそんなことを言うと、自らの右腕に、愛しそうに触れる。

(め、女神って……)

 クロエは真っ赤になってしまい、自分の頬を両手で押さえた。

 捕らえられたサージェは、しばらく何とか逃れようと暴れていたが、エーリヒに押さえつけられて、痛みからか悲鳴を上げている。

 もともと強いエーリヒだったが、今はクロエの補助魔法で力も増している。

 逃れられるはずがなかった。

「クロエは、お前のような卑怯者を愛したりしない。そしてクロエは、お前などよりもずっと強い。だからもう二度と、勝手に恋人を名乗ったりするな」

 エーリヒは冷たい声でそう言うと、サージェを真正面から睨み据える。

「次は、ない」

「……っ」

 魔物討伐で名を挙げた剣士の殺気をまともに受けてしまい、サージェは真っ青になった。

 しかもエーリヒに、魔法攻撃は通用しなかった。

 適う相手ではないと、しっかり心に刻み込まれたに違いない。

(許せない……)

 魔法で人を何度も攻撃した彼を、このままにしてはおけないと思う。

 しかも相手は屈強な冒険者や騎士ではなく、若い女性と幼い少年だ。

 今は魔力が尽きた状態なのでおとなしく捕縛されているが、回復すればまた、魔法を使って逃げようとする。

 ギルドや騎士団のほうでも、今度こそ逃げられないように徹底するだろうが、この国は魔法に関しては後進国である。

 しかも彼は自分の目的のためならば、人を傷付けることを躊躇わない。

 非常に危険な人物だ。

(この人に、魔力を持たせてはいけない)

 クロエは、サージェを見つめた。

 自分の魔力を封じたときのように、扉を閉めて鍵を掛けるイメージで、サージェの魔力を封印する。

 クロエの場合、鍵は自分で持っていたが、鍵を持たないサージェに、この扉を開けることは不可能だ。

 もう二度と、自分の意志で魔法を使うことはできないだろう。

 だが、魔力の尽きた状態のサージェは、自分の魔力が封印されてしまったことにも気付かない。

「君は騙されている。貴族なんて皆、魔石目当てしかいない。いずれ捨てられてしまうぞ」

 だから、まだそんなことを言って悪あがきをしている。

「俺は魔石など必要としていない」

 エーリヒはサージェを見下ろしてそう言うと、クロエに手を伸ばした。

 もちろんクロエも、迷わずにその手を取る。

「クロエを愛したのは、彼女が魔導師として目覚める前だ。初めて会ったときから、クロエは俺の、ただひとつの希望だった」

 そう言って、まるで祈りを捧げるかのように跪き、握ったクロエの手を自分の額に押し当てる。

「俺の心も体も、命さえも、すべてクロエのものだ」

「……エーリヒ」

 クロエもそんなエーリヒの手を引いて立ち上がらせると、そのままその手を頬に押し当てる。

「私も、あなたがいないと生きていけない。何もかも失ったとしても、エーリヒさえ傍にいてくれたら、それでいいの」

 サージェを納得させるための、演技などではない。

 クロエの、心からの言葉だ。

 それはエーリヒも同じだろう。

 抱き合うふたりを、サージェは呆然と見つめている。

 魔法で攻撃されそうになり、寄り添い合って震えていたトリーアとリリンも、頬を染めて視線を逸らした。

 クロエとエーリヒは、そんな周囲の様子にまったく気付かず、ずっと寄り添っていた。


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