・18
話は後からでもできる。
まずは、サージェの身柄確保が先だろう。
エーリヒの言葉に、クロエも同意した。
「そうね。向こうは私たちの存在に気が付いているだろうし、早いうちに攻撃を仕掛けたほうがいいかもしれない」
彼は追い詰められると、何をするかわからない怖さがある。
王都のギルドを半壊させ、厳重に守られた王都の城門を突破して逃げるような男だ。
こうしてサージェが潜んでいるスラム街に向かうことになったが、エーリヒとトリーアは、クロエとリリンには宿で待機していてほしいようだ。
サージェの居場所が、スラム街ということも関係しているのだろう。
けれどクロエはサージェに言いたいことがあったし、リリンはどうしても直接、真相を彼に尋ねたい様子だった。
「前には出ないから、大丈夫。それに、相手は一応魔導師だから、傍でサポートしたいの」
サージェが魔法攻撃を使う前に先制攻撃ができるように、加速する魔法。
彼は本気で抵抗するだろうから、それを制するように、力を上げる魔法。
そして、魔法攻撃に備えた防御魔法など、やらなくてはならないことはたくさんある。
そう訴えて、制圧するまで後方に控えているという約束で、同行することになった。
町の中心を抜けて、スラム街まで移動する。
薄暗い雰囲気に少しだけ怯むが、同じ年頃のリリンも日常的に出入りしている場所だ。
それに住民の中には女性や子どももそれなりにいるようで、黒髪のクロエはそれほど目立つ存在ではない。
スラム街に住む人々の視線はすべて、輝くような銀髪のエーリヒに向けられている。
ここは貴族に迫害された者が辿り着く場所だ。もちろん、その視線も好意的なものではない。
だがそんな視線を向けられるエーリヒは、サージェとの対決を前に、険しい表情をしている。
もともと整った顔立ちをしているだけに、その気迫は凄まじく、エーリヒの表情を見た者は、関わってはいけないとばかりに視線を逸らす。
(そういえば……)
クロエの隣を歩くリリンも、最初から敵意を向けてきたエーリヒが恐ろしいようで、その美貌に見惚れることはなかった。
王女カサンドラを含めて、きっとほとんどの人は、険しい顔をしたエーリヒしか知らない。
エーリヒの笑顔はとても綺麗なので、勿体ないと思う反面、自分だけのものにしておきたいとも思う。
「あの崩れかかった建物の中です」
そんなことを考えていたクロエは、案内してくれていたトリーアの言葉に、我に返る。
彼が指さした方向を見れば、今にも崩れ落ちそうな二階建ての建物があった。
周囲にはそんな建物が何件かあって、もとは綺麗な街並みだったのではないかと思われる。
この区域は、最初からスラム街だったわけではなさそうだ。
王都から遠く離れた北の町には、今まで色々なことがあったのだろう。
サージェは、あの中に潜んでいるのか。
そう思って周囲を観察していたクロエは、建物の中から魔法の気配を感じ取った。
「!」
魔法の気配を感じたのは、魔力があるクロエだけのようだ。
サージェがこちらに攻撃を仕掛けようとしている。
「下がって」
クロエはリリンとトリーアにそう言うと、中から魔法攻撃が放たれたことを感じて、咄嗟にエーリヒの前に出る。
「えっと、魔法防御!」
四人の前に、壁を出現させるようなイメージで魔法を使う。
「……っ」
上手く発動したようで、廃墟から放たれた魔法は、障壁に当たって消滅した。
「クロエ!」
魔法攻撃を防ぐことができてほっとしたクロエを、エーリヒが慌てて庇う。
「前に出たら危ない」
「大丈夫。攻撃魔法以外は失敗しないから」
「だが」
「それよりも、許せないんだけど」
クロエは、怒りを隠そうともせず、建物を見つめる。
「こそこそ隠れて魔法で攻撃するなんて。しかも、エーリヒを狙ったでしょう?」
魔法攻撃は、まっすぐにエーリヒに向かっていた。
威力が強かったので、もしかしたら傍にいたトリーアも巻き込んでいたかもしれない。
大人びているが、トリーアはまだ子どもである。
そんな彼を、サージェは巻き込んでもかまわないと思ったのだ。
クロエは、それが許せなかった。
「まさか、この攻撃を防ぐなんてね」
建物の奥からそんな声がして、ようやくサージェが姿を現した。
ギルドの正職員だった頃の面影はなく、薄汚れたローブを身に纏っている。
けれど表情はあの頃のまま。
クロエのためだと言いながら、自分よりも下だと認識し、思うように操ろうとしていたときの顔である。
「だが私は、もう二発は魔法攻撃を放つことができる。君の実力からして、次は防げないだろう。君を傷つけるつもりはない。おとなしく一緒に来れば、これ以上は攻撃しないよ」
そんなことを言い、歪んだ笑みを浮かべる。
「え」
けれどクロエは、そんなサージェの言葉を聞いて、驚きの声を上げる。
「二発? 今の魔法って、三発しか放てないの?」
クロエが魔法攻撃を練習した際は、何十発も連続で放っていた。
体力が尽きていなければ、もっとできただろう。
サージェも魔女であるクロエには敵わないとはいえ、ギルド正職員になったほどだから、もっと強いと思っていた。
だから少し拍子抜けしてしまい、思ったままを口にする。
「な、何を」
けれどサージェはそんなクロエの発言を、当然のことながら本気にしていなかった。
「そんな強がりを言っても無駄だ。私が本気で攻撃する前に、おとなしく言うことを聞いたほうがいい」
「攻撃してもいいよ」
クロエはそう言うと、また先ほどと同じような防壁を築く。
「何ならもう十回くらい、攻撃しても大丈夫だから」
クロエに実戦経験がないことは、サージェもよく知っている。
魔石作りでさえ、魔法ギルドに登録してから作り始めたことも。
だから、経験不足で実力の差が理解できないのだろうと思ったようだ。
「あなたに怪我はさせたくないのですが……」
そう言って、憐れむような視線を向けてきた。
だがクロエの傍にいるエーリヒは、理解できていないのはサージェのほうだとわかっている。だからクロエのやりたいようにさせてくれた。
それでも、いつでもクロエを庇って飛び出せるように、臨戦態勢のままである。
「では、もう一度」
サージェはそう言って冷笑を浮かべると、片手を前に突き出した。
「私の忠告を聞かない、あなたが悪いのですよ」
そう言って放たれたのは、電撃の魔法。
ギルドでエーリヒを攻撃したことがある、あの魔法だ。
(あのときのこと、まだ許していないんだから)
どれだけ痛いのか、自分で受け止めてみればいい。
そう思ったクロエの気持ちが、魔法に反映される。
「うわあっ」
サージェの攻撃は、クロエの魔法で作り出した障壁に当たり、そのまま本人に跳ね返った。
思わぬ衝撃に、サージェは悲鳴を上げて倒れ伏す。
攻撃魔法を、人に対して放ってはいけない。
それは魔法に関しては後進国であるこの国でさえ、明確に定められていることだ。
だがサージェは、それを何度も破っている。
魔法で攻撃されることがどれほどの衝撃か、自分で体験してみればいい。
そう思ったクロエだったが、サージェはまだ悲鳴を上げて転げまわっている。




