・15
翌朝。
食事を終えたあと、ふたりで今後のことを話し合う。
「数日前、この町に数人の移民が移動してきたが、やはりその中にサージェらしき男がいたそうだ」
エーリヒはそう説明してくれた。
「前に聞いた話、本当だったのね。でも、まさか移民の中にいるなんて」
サージェも移民だが、国籍を取得してギルドの正職員になった。
だから自分は、他の移民たちとは違うと考え、むしろ移民の冒険者たちには厳しかったと聞く。
それがまさか、移民たちに混じっているとは思わなかった。
「そうしなければ、移動できなかったかもしれないけれど……」
指名手配犯となった今、堂々と歩けるはずもない。
だが、よく移民たちが、同行を許したものだ。
指名手配犯のサージェの逃亡を手伝ったと言われて、厳罰に処される可能性だってある。
「それが、かなり自分の都合の良い話をしていたようで」
エーリヒはそう言うと、不快そうに目を細める。
「また?」
「ああ、まただ」
物事を自分の都合の良い方向にしか考えられない男だったが、取り返しのつかない犯罪をしてしまっても、そこは変わらないらしい。
「……聞きたくないけれど、どんな話?」
何となく、自分も関係がある気がする。
そう思って怖々尋ねると、エーリヒは深い溜息をついた。
「クロエには聞かせたくない」
「私も聞きたくない。でも、何も知らないのも怖いから」
「わかった」
エーリヒはしばらく躊躇ったあと、ようやく話を聞かせてくれた。
「魔石を作れる魔導師で、貴族に虐げられて苦労したけれど、自力で国籍を獲得し、ギルドの正職員になることができた」
「……うん」
そこまでは、多分本当の話だろう。
クロエは頷いた。
「そして、同じ移民の恋人がいた」
「う、うん?」
恋人がいたなんて、聞いたことがない。
何となく嫌な予感はしたけれど、最後まで話を聞いてみようと思い直す。
「その恋人も移民で、魔導師だった」
「……」
嫌な予感が的中したことを悟り、クロエは俯いた。
「それで?」
「その恋人も貴族に奪われてしまい、奪還しようとしたが叶わず、逃亡した。激怒した貴族によって国籍も職も失ってしまった、と」
よくそこまで事実無根な嘘を言えるものだと、クロエは怒りを通り越して恐怖さえ覚える。
「同行者を騙すためかもしれないが、勝手にクロエの恋人を名乗るなど……」
たしか手配書には、生死問わず、と書いてあったな。
そう呟くエーリヒの姿に、クロエは慌てる。
「駄目よ。あんなのでも貴重な魔導師だから、生け捕りにしたほうが評価は上がるって言っていたもの」
こんなに迷惑を掛けられたのだから、せめて最大限の踏み台になってもらわなくては。
クロエの言葉に、エーリヒも何とか納得してくれた。
「私も、気持ち悪いからやめてほしいって、本人にはっきり伝えたいわ」
自分の恋人は、エーリヒだけだ。
そう言うと、ようやくエーリヒの態度が和らぐ。
「そうだ。クロエは俺だけのものだ」
背後から抱きしめられ、クロエも甘えるように身を寄せる。
「それにしても、サージェの同行者たちは、その噂を全部信じているのね」
「移民だから貴族の横暴さは知っているだろうし、ギルドの正職員だった魔導師が指名手配犯になったくらいだから、よほどのことがあったのだと思ったのかもしれない」
同情心と仲間意識で、サージェの逃亡を手伝ってしまったのだろう。
その人たちはサージェに騙されていただけだと、ギルド員に伝えようと思う。
翌日からエーリヒは、この町での情報収集を始めていた。
追跡に気が付いて逃げられてしまったら面倒なので、ローブのフードを深く被って、目立つ銀髪と容貌を隠しているようだ。
クロエもサージェの居場所を確定するまでは、宿で待機することになった。
だから毎日、魔法の練習として、エーリヒに補助魔法を掛けている。
(相手は魔導師だし、魔法防御があってもいいかも?)
そう思い、すべての魔法攻撃を跳ね返すバリアのようなイメージで、魔法を掛けてみた。
クロエよりも強い魔力の持ち主には効かないかもしれないが、魔女のクロエの魔法は、魔導師を遙かに凌駕している。サージェが相手なら問題ないだろう。
それから、数日。
クロエは毎朝、魔法を掛けてエーリヒを送り出していた。
昼までに戻らないことも多いので、お弁当を作るときもある。渡すと嬉しそうな顔をしてくれるので、作りがいがあった。
持っている本はあらかた読み尽くしてしまったので、最近はアイテムボックスに大量に入っている水晶で、魔石作りを再開している。
毎日のようにエーリヒに魔法を掛けているせいで、以前よりも魔力の調整が上手くなり、水晶を割ってしまうこともなくなった。
心なしか、魔力量も増えてきたような気がする。
しかも、魔力の回復が早くなった。
使えば使うほど、魔力が増える。
そう思うと少し怖い気もするが、魔力が増えれば、その分エーリヒを手助けできる。そう思うと、魔石作りにも精が出た。
(アリーシャさんもきっと、こんな気持ちで魔法を学んだのかな)
エーリヒを想う気持ちが、力になる。
だから、とっさに生み出した補助魔法は自分に向いていると思う。
この日も町を探索していたエーリヒは、とうとうサージェの居場所を探し出したらしい。
北の町に来てからまだ数日だが、ギルド側で、サージェの居場所をだいたい特定してくれていたので、それほど苦労しなかったようだ。
今回はとくに移民が大勢で移動していたので、とても目立っていた。
中には女性や子どももいるらしい。
サージェは、自分を匿ったせいで彼女たちが危険に晒されると考えなかったのだろうか。
エーリヒだったからよかったものの、もしサージェを追っていたのが他の冒険者や父の部下の騎士だったりしたら、共犯として全員が投獄されたかもしれないのだ。
(きっと、そんなことは考えもしないんでしょうね)
そんな配慮ができる人なら、ただギルド員と冒険者としての会話しかしたことがないクロエを、勝手に自分の恋人だと言わないだろう。
自分勝手で危険な人間は、早く捕縛しないと犠牲者が増えるだけだ。
「それで、移民の人たちは、どこに?」
「どうやら、スラム街の奥に隠れているようだ」
「スラム……」
やはりここにも、スラム街はあるらしい。
サージェを含む移民たちは、おそらく宿に泊まる余裕もないようで、まっすぐにそちらに移動していた。
「じゃあ、エーリヒもスラムに向かうの?」
「状況を知りたいから、まず同行している移民に話を聞くつもりだ。サージェが虚言癖のある凶悪な逃亡犯だと理解してくれたらいいが」
サージェだけを捕まえようとしても、彼の嘘に騙されて同情している移民たちが、妨害する恐れがある。
エーリヒとしても、向こうが攻撃してきたら、反撃しないわけにはいかない。
そうならないためにも、最初に移民たちの誤解を解き、ついでに今のサージェの様子も探りたいようだ。
「だったら……」
相手が移民ならば、見た目は貴族にしか見えないエーリヒが聞いても、素直に答えてくれない気がした。
「女性もいるなら、私も同行して話を聞いてみるわ」
黒髪のクロエは、見た目は移民である。
「駄目だ。スラムは危険だから」
けれどエーリヒは、即座に否定した。
「でも、サージェを逃がされてしまったら、面倒なことになるでしょう?」
自分のほうが適任だと繰り返し訴えても、スラム街は本当に危険だからと、エーリヒは折れなかった。
「スラム街にいるのは、移民だけではない。犯罪に手を染めている者もいる」
だから、クロエを連れていくわけにはいかないと言う。
「うーん。じゃあ、誰かが町のほうに出てくるまで待つ、とか。別の場所に連れてきてもらうとか……」
いつもエーリヒに無理をしないでと言っているクロエが無茶なことをして、心配を掛けてしまうわけにはいかない。
おそらく移民たちが全員で、サージェを庇っているわけではないだろう。
あの胡散臭さならば、絶対に不審に思っている者もいるに違いない。
そう思って、別の案を出してみる。
「わかった。それなら何とかなりそうだ。明日、町に普通の宿を借りておくから、クロエはそこで待っていてくれ」
エーリヒもクロエの案に賛同してくれた。
移民たちもずっとスラム街にいるわけではなく、仕事や食料を求めて、町の中心部まで出てきている。
エーリヒはそのタイミングで声を掛け、クロエのところに連れてくるつもりのようだ。
「うん、わかった」
クロエは素直に頷いた。
できれば、ほとんどの移民が彼のことを胡散臭いと思っていてほしい。




