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【書籍化・コミカライズ】婚約破棄されたので、好きにすることにした。  作者: 櫻井みこと
王城編

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56/82

・12

 翌日、クロエはいつもの冒険者風の服装をして、エーリヒと一緒にこの町の冒険者ギルドに向かった。

 王都のギルドに比べると素朴な建物で、依頼書を見ている冒険者もそう多くはない。

 他人に興味のない者が多いようで、移民で女性のクロエがいても、気にする様子も見せなかった。

 エーリヒは、地下道の魔物退治を報告し、報酬を貰っている。

 そのままクロエに渡されたので、アイテムボックスにしまっておいた。

 王都で暮らしていたときから、お金はふたり共有で、すべてクロエのアイテムボックスに入っている。

 クロエは魔石作りで、エーリヒも魔物退治などの依頼をたくさん受けていたので、かなり貯まっている。

 すべてが解決して落ち着いたら、景色の綺麗な町に一軒家を買うのもいいかもしれない。

「森の魔物退治を引き受けてくれるのか?」

 そんなことを考えていると、受付の男性の声が聞こえてきた。

 興奮しているのか、かなり大きな声だった。

「ああ。特別依頼なんだろう?」

「それだけ強い魔物だ。ひとりで大丈夫なのか?」

「彼女がいる」

 エーリヒはそう言って、少し離れたところで待っていたクロエを見た。

 女性で、しかも移民に見えるクロエを見て、受付の男性は首を傾げている。

「……彼女は?」

「魔法が使える」

「そうか、魔術師なのか!」

 エーリヒは魔導師だとは言わなかったので、周囲は魔術師だと思ったようだ。

 この国で魔法を使う者はほとんど魔術師だから、そう思うのは当然だろう。

 魔導師は貴重な存在なので、エーリヒはクロエが目を付けられないように守ってくれたのだろう。

 不特定多数の人間がいる場所で、クロエで魔導師であることを口にしたサージェとは大違いだ。

(まあ、比べるのも失礼なくらいよね)

「助かるよ。特別依頼だから、魔物に関する詳細情報を伝えよう」

 受付の男性に案内されて、奥の部屋に向かう。

 魔物は巨大化した熊のような見た目で、かなり凶暴らしい。

「もう何人もやられている。違約金を惜しんで無茶をして、亡くなった冒険者もいるから、気を付けてくれ」

 そう言われて、深く頷く。

 エーリヒは大丈夫だと言っていたが、無理だと思ったらすぐに撤退しようと決意する。

 違約金よりも、命のほうがずっと大切だ。

 ギルド員は心配そうに、気を付けろと何度も言ってくれた。

 なかなか良い人のようだ。

 それから情報収集を兼ねて、ふたりで町を歩いた。

 もう追われているわけではないので、クロエは顔を隠していない。

 エーリヒはローブのフードを深く被っているが、それは目立つ容貌を隠すためである。

 それでも人目を惹いてしまうようで、すれ違う人たちは、必ず振り返ってエーリヒを見つめていた。

 でも彼の視線は、クロエにのみ注がれている。

 だからクロエも周囲を気にせずに、買い物を楽しんだ。

 基本的な食材と調味料、調理器具はすべてアイテムボックスに入っているので、珍しい地方の食材を選んで購入していく。

 それから本屋に行き、魔物図鑑を買った。

 エーリヒは行く先々でサージェに関する情報収集をしている様子だったが、あまり成果は得られなかった様子だ。

 それでも常にギルドでも行方を追っているようなので、何かわかったらすぐに連絡してくれるようだ。

 買い物が終わったあとは、町で食事をすることにした。

 店はクロエが選んだ。

 おしゃれな店もあったが、ここは地元の人間が通うような、隠れた名店がいい。

 そう思って町の人たちに聞き込みをした結果、泊まっている宿の食事よりも美味しい店を見つけることができた。

 クロエは大満足だったが、きっとエーリヒはいつも以上に目立っていたことだろう。

 宿に戻ったあと、エーリヒは再び出かけて行った。

 クロエを連れてはいけない、少し危険な場所に情報収集に行くらしい。

 心配だったが、そういった場所にこそ、情報は集まるようだ。

 いつも通り、無事に帰ってくるように祈りを込めて送り出し、クロエは明日の弁当を準備する。

 部屋に簡単なキッチンは備え付けられていたので、アイテムボックスから調理器具と食材を出して、下ごしらえをする。

 出かける寸前に、おにぎりとサンドイッチ、どちらがいいか聞いたところ、エーリヒはおにぎりがいいらしい。

 すっかり日本食に馴染んでしまったようだ。

(そういえば以前、梅干しも仕込んでおいたのよね。どうなったかな?)

 前世で祖母に聞いた方法を思い出しながら作ってみたが、なかなか上手にできていた。

 はちみつを入れているので酸っぱすぎず、しかも甘すぎない絶妙な味加減だ。

(さすが、おばあちゃんのレシピ)

 少しだけ、前世の家族が懐かしくなる。

 はっきりとした記憶はないし、いずれ忘れてしまうかもしれないが、こうして覚えているレシピを作り続けることはできる。

 日本食は苦手な人もいるので、無理をしていないか何度も聞いてみた。でもエーリヒは本当に気に入っているようなので、この梅干しも好きだと思う。

「ご飯は明日の朝炊くことにして、あとは唐揚げと……」

 鶏肉を少し小さめに切り、下味をつけておく。

 下準備が終わったところで、エーリヒが戻ってきた。

「おかえりなさい。どうだった?」

「うん。少し話を聞くことができたよ」

 数日前、移民が何人か集まって、集団で北のほうに旅立ったらしい。

 サージェはその中に紛れ込んでいた可能性があるようだ。

「北の地方にあるギルドで、詳しい調査をしてくれる。その答えを待たなくてはならないな」

 彼らが北にあるどの町に向かったのか、ギルド員が詳しい調査をしてくれているそうだ。

 まだ数日は、この町に滞在する必要があるようだ。

 仕込みをしている様子を見たエーリヒが食べたがったので、ひとり分だけ食事を用意する。

 クロエはエーリヒの分まで、宿の美味しい食事を堪能した。


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