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【書籍化・コミカライズ】婚約破棄されたので、好きにすることにした。  作者: 櫻井みこと
王城編

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55/82

・11

「どうしたの?」

 濡れた髪のまま、何か言いたそうにこちらを見ていることに気が付いて、クロエは開いていた本を閉じた。

 彼はそのまま、クロエの隣に座る。

「また髪が濡れたままだよ。そのままだと、風邪を引くから」

 甘えられているような気がしたので、昨日のように、タオルで優しく髪を拭いてあげた。

 エーリヒは気持ちよさそうに、目を細めている。

 まるで大きい犬のようで、とても可愛かった。

「今日はお疲れ様。何もしなくてごめんね」

「見学していてと言ったのは、俺だから。それに地下道の魔物は、あんなのばかりだから」

「そうなのね……」

 王都でよく魔物退治をしていたエーリヒは、あれを相手にしていたようだ。

「次は、どうするの?」

「これで地下道の魔物はしばらく出ないだろうから、クロエの魔法の練習も兼ねて、別の場所の依頼を探してみる」

「別の場所?」

 どうやら地下道だけに魔物が出る王都とは違い、他にも出る場所があるようだ。

「どこにいくの?」

「草原に、小型の魔物が出ている。次はそこにしようと思っていたが、どうやら『特別依頼』になった魔物退治があるらしい」

「え、特別依頼?」

 達成すれば、かなりの功績になる依頼である。

 しかも魔物退治ならば、困っている人たちを助けることができる。

「ああ。町の北側に森がある。そこに強い魔物が住み着いてしまって、被害も複数出ているそうだ」

「でも魔物退治で特別依頼だと、かなり強い、のよね?」

 不安になって、思わずそう聞いてしまった。

 たとえ目的に近付いても、それでエーリヒが怪我をするようなことがあったら、大変だ。

「大丈夫。俺には最強の盾があるし」

 そう言って、エーリヒは自分の腕に触れる。

 以前、クロエがどんな攻撃も退ける魔法を掛けてしまったところだ。

「でも、私の魔法だから、万全じゃないかもしれないよ」

 何度も攻撃を受けたけれど、大丈夫だったとエーリヒは語っていた。

 それでも自分の力を完全に把握していないクロエは、彼に何かあったらと思うと、心配になる。

「クロエの魔法だから、大丈夫だ。それに、この腕だけに頼るような、そんな戦い方はしない」

 あくまでも切り札だと語る。

 たしかに、魔物を倒す姿を間近で見て、本当にエーリヒは強いと思った。

 さらに以前、絡んできた冒険者を、何人も相手にしていたところを見ている。

「うん。エーリヒが強いのは知っているわ。でもエーリヒのことが大切だから、つい心配してしまうの」

 口うるさく感じるかもしれないが、許してほしい。

 そう言うと、エーリヒはクロエの腰に腕を回して、抱きしめる。

「うるさいなんて、そんなことを思うはずがない。俺だってクロエが大切だからこそ、無茶なことはしないよ」

「……うん」

 そう言ってくれたのが、嬉しかった。


 夕食も豪華で、この地方の名物料理などが並んだ。

 ふたりで食事をしたあとは、明日の予定について話し合う。

 冒険者ギルドに行って、今回の依頼達成を報告し、そのあとに、『特別依頼』の話を聞いて、引き受ける。

 この町では、前の依頼を達成しないと、次の依頼を引き受けることはできないらしい。

「そうなんだ……。ギルドによって違うのね」

 王都の魔法ギルドに所属していたとき、クロエは魔石の納品をしていたが、普通に複数の依頼を受けていた。

 でも複数の依頼を受けられるのは、王都だけだったらしい。

 王都なら簡単に外に出ることはできないので、依頼を失敗しても違約金を踏み倒すことはできない。

 冒険者たちもそれがわかっているから、無理な依頼を受けたりはしないそうだ。

 でもこの町は、依頼を失敗しても逃亡が可能である。

 しかも依頼を受けたまま逃亡されてしまうと、再依頼ができなくなって、それが魔物退治の依頼だったりすると、被害者が増えてしまう。

 だからこそ、ひとつずつしか受けられないようになっているらしい。

「じゃあ、明日は」

「ギルドに行って、依頼達成の報告をしたあとに、特別依頼を引き受けようと思う。その後は情報収集のために、商店街などを回ってみるつもりだ。一緒に行くか?」

 そう聞かれて、クロエは大きく頷いた。

「うん、行く!」

 魔物図鑑があったら欲しいし、料理の材料なども買いたい。

 依頼を受けて森に行くときは、またお弁当などを作って持っていくのもいいかもしれない。

 そう思ったところで、浮かれすぎではないかと反省する。

「ごめんね。初めての旅が楽しくて、ちょっとはしゃぎすぎたかも。目的は、指名手配犯の捕縛なのに」

 肩を落としてそう言うクロエの髪を、エーリヒは優しく撫でた。

「いや、そんなことは気にしなくていい。むしろあの逃亡犯のせいで、クロエは王都でやりたいことが満足にできなかったんだ。せいぜい、クロエとの旅を楽しむ口実になってもらおう」

 たしかにエーリヒの言うように、彼があんなにクロエに絡んでこなかったら、安全なギルドの練習場で、魔法を学ぶことができた。

「そうだね。うん、もちろん目的を果たすのが最優先だけど、旅も楽しむ」

 王都から出ることもできたし、悪いことばかりではないと思い直す。

 サージェを追うという口実があったから、エーリヒに執着する王女カサンドラからも離れられたのだ。

「森に行くときは、お弁当を作っていくね。この町の食材も気になるし」

「ああ、楽しみにしている」


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