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どうせギルドに行くのなら魔石をいくつか買い取ってもらおうと、肩掛け鞄に入れておく。
何の変哲もない鞄のようだが、実はこの中はアイテムボックスに通じている。
(こういうの、ゲームにあったよね)
そう思って試しにやってみたが、なかなか便利だ。
それに何も知らない人が見れば、鞄から取り出したようにしか見えないだろう。
「水晶もいくつか持っていったほうがいい。その場で作ってみろと言われるかもしれない」
それを見ていたエーリヒが、アドバイスしてくれた。
「……そうね。目の前で、完璧に作って見せるわ」
戦闘モードでそう言うクロエを、エーリヒは笑って宥めてくれる。
「あまり気合を入れすぎて、暴走しないように」
「う、うん。わかっているわ」
魔力を込めすぎて、魔法ギルドで水晶を爆発させたら大変だ。
「気を付けて頑張る」
どんな状況だと笑うエーリヒの姿に、緊張が少しほぐれる。
「早速、登録しに行こう。どちらから行く?」
「エーリヒが先でも大丈夫? 勝手がわからないから、どんな感じなのか見てみたいわ」
「わかった。じゃあ冒険者ギルドから行こうか」
歩調を合わせてゆっくりと歩いてくれるエーリヒと一緒に、冒険者ギルドに向かう。
目的の建物は、王都の中心にあった。
(ここが冒険者ギルドかぁ。うん、イメージ通りね)
ゲームでおなじみの冒険者ギルドは、煉瓦造りの頑丈そうな三階建ての建物だった。
剣と盾を組み合わせたような看板が掲げられ、いかにも歴戦の戦士といった容貌の男が出入りしている。
(何だか雰囲気が怖いなぁ。ゲームとかだと、もっと初心者大歓迎みたいな感じだったけど)
現実では初心者らしき者など皆無で、がっちりとした体形のたくましい男ばかりだ。そんな中で、エーリヒのような優美な見かけの者はかなり目立っている。
しかも女性連れなのでなおさらだ。
(エーリヒ、大丈夫かしら……)
幼い頃から鍛えられ、剣の腕もたしかだと聞いているが、それも騎士としてだ。
こんな荒くれ者のような男達に交じって大丈夫なのか、かなり心配になってきた。
「ねえ、エーリヒ」
無理しなくても大丈夫だからと、告げるつもりだった。
魔石を売るだけで十分暮らしていけるだろうし、エーリヒが怪我でもしたら大変だ。
だが、それを言うよりも先に背後から腕を掴まれる。
「きゃっ」
驚いて振り返ると、おそらく冒険者らしき二人組の男が、値踏みするような視線をクロエに向けている。
「移民の女か。なかなか美人じゃないか」
「冒険者になりたいなら、そんな優男と組むより俺達と行こうぜ。楽に稼がせてやるよ」
うすら笑いを浮かべてそう言う男達に何か言う前に、エーリヒが割り込んできた。
「クロエを離せ」
「何だと。てめえ、俺達に……」
歯向かうのか。もしくは逆らうのか、と言いたかったのだろう。
だが男の言葉は、途中で悲鳴に変わった。
「い、いてえっ」
クロエの腕を掴んでいた男の手が緩んだ。
その隙に急いで逃げ出し、エーリヒの傍に駆け寄る。
それから振り返って何が起こったのかたしかめると、エーリヒがその男の腕を掴んでいた。
ただそれだけなのに、男は真っ赤な顔で悲鳴を上げている。
男の腕は丸太のように太く、エーリヒの手のひらでは掴み切れないほどだ。
それなのに男は情けない悲鳴を上げていた。
エーリヒの細い腕のどこに、そんな力があったのだろう。
「クロエ、大丈夫?」
「え、うん。もちろん大丈夫」
やや呆然としながら頷くと、エーリヒはにこりと笑った。
「じゃあ行こうか」
そう言うと、男の腕から手を離した。
男は腕を抑えたまま蹲り、彼の相棒らしき男は呆然とこちらを見ていた。
そんな男達をもう顧みることもなく、エーリヒがクロエの手を取って歩き出すと、自然と周囲の人達が避けていく。
先ほどまでこちらを侮り、値踏みするような視線を向けてきたのとは大違いだ。
ふたりのことを、世間知らずの獲物が来たとでも思っていたのだろう。
自由に生きられるという冒険者に憧れ、彼らのような者達の餌食になった人が、今までもたくさんいたのかもしれない。
たしかに自由ではあるが、弱肉強食の世界でもある。
(それにしても……)
クロエは自分の手を引いて歩くエーリヒを見て思う。
見た目に反した力に、あの父が認めたほどの剣の腕を持っている。自分の魔法の力もかなりチートだと思ったが、彼もそれに近いのではないか。
(何だかすごいことになりそうな……)
国籍を得るどころか、別の意味で目立ってしまうかもしれない。
(まぁ、いいか。私達が、誰も手が出せないくらいの実力者になればいい話だもの)
今から心配しても仕方がないと、先を歩くエーリヒに続いてギルドの扉をくぐった。




