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【書籍化・コミカライズ】婚約破棄されたので、好きにすることにした。  作者: 櫻井みこと
逃亡編

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18/82

・18

「あれ?」

 目が覚めた瞬間、クロエはエーリヒに抱きしめられていることに気が付いた。

 近頃は毎朝のように、こうして目覚めている。

 この状況よりも、もう驚かなくなっていることのほうが恐ろしい気がする。

(結構離れて寝たんだけどなぁ……)

 昨日の夜は、ベッドの隅に眠ったはずだ。

 こんなに広いベッドなのだから、よほど寝相が悪くない限り、こんなに密着しないのではないかと思う。

(もしかして、私ってよほど寝相が悪いとか?)

 そうだとしたらエーリヒも迷惑だろう。

 寝室は狭いが、何とかしてベッドをふたつ置いたほうがいいのかもしれない。

 そんなことを思いながらも、エーリヒを起こさないように気を付けて、彼の腕の中から抜け出そうとする。

「ん……」

 いつもならすんなりと抜け出せるはずだったが、今日のエーリヒは少し眠りが浅かったようだ。

 目を覚ましてしまったようで、自分の腕から離れようとしているクロエに気が付いて、それを阻止しようと腕に力を込めた。

「あっ……、待って、エーリヒ」

 慌てて離れようとするが、それよりも早く、エーリヒが再びクロエをその腕の中に閉じ込める。

「もう、離して! 朝ご飯作らないと……」

 両手を彼の胸に押し当てて離れようとするが、エーリヒはクロエをしっかりと抱きしめたまま離さない。

「ねえ、エーリヒってば!」

 耳元で大きな声を出しても反応がない。

 しかもそのまま眠ってしまったようだ。

(どうしよう……。ちょっと恥ずかしいかも……)

 視線を上げると、すぐそこにエーリヒの寝顔がある。

 こうしてじっくりと眺めてみると、思わず溜息が出るくらい綺麗な顔だ。そんな男の腕に抱かれていると考えると、恥ずかしくてたまらなくなる。

(クロエも橘美紗も、男性に免疫なさすぎる……)

 戸惑いながらもどうすることもできずに、そのままじっとしているしかなかった。


「本当に、困ったのよ。起きないし、動けないし……」

 それから、一時間後。

 ようやく目を覚ましたエーリヒに、クロエは手早く朝食を作りながら文句を言っていた。

 でも、まだ眠そうにぼんやりとしている彼は、あまり聞いていないようだ。

「もう……」

 恥ずかしさを誤魔化すために、怒ったように言いながら、焼いたパンの上に卵とチーズ、そして薄切りのハムを乗せた。

「はい、どうぞ。でもそんなに寝起きが悪くて、よく近衛騎士が勤まったわね」

「城では、ほとんど眠れなかった。あの屋敷でもそうだ。でも、クロエの傍はすごく心地良い……」

「……っ」

 まったく動じていない彼に少し嫌味を言うつもりが、その言葉にかえってクロエのほうが動揺していた。

 たしかエーリヒは公爵家の庶子で、父親に引き取られはしたが、息子としては扱ってもらえなかったと聞いていた。育った家でも、その後勤めた王城でも常に気を張っていたのかと思うと、文句を言い続けることなどできなかった。

「そ、そうなの? まぁ、ゆっくり眠れたのなら、いいけど……」

「うん、クロエのお陰だ。とても助かっている」

 まだ寝惚けているのかと思っていた。

 でも、その言葉通りに満ち足りたような顔をしているエーリヒの姿を見て、何だか感動してしまう。

(誰かに必要とされているって、いいなぁ)

 クロエの記憶では、父はとても厳しく、婚約者には適当に扱われ、ずっと自分は価値のない人間だと思っていた。

 いなくなっても誰も困らない。

 自分の代わりなどいくらでもいる。

 ずっとそう思って生きてきたようだ。

 橘美紗としての記憶が蘇った今なら、父は必要以上に厳しかったし、婚約者だったキリフはあまりにも不誠実だったと思う。

 でもクロエは他の世界を知らないこともあり、ただひたすら自分を責めていたようだ。

 そんなクロエに、エーリヒは助けられていると言ってくれた。

 それがこんなにも嬉しい。

「私も、エーリヒにはいつも助けられているから。お互い様だよ」

 嬉しいと思うからこそ、自分も言葉にして伝えたいと思う。

 そう言うと、エーリヒも幸福そうに微笑んだ。

「ありがとう、クロエ」

 その笑顔が綺麗すぎて、また頬が熱くなる。

 朝食を終えたあと、後片付けはいつもエーリヒがやってくれるから、クロエは紅茶を淹れてゆっくりと休んでいた。

 ひと息入れたら、また魔法の勉強をしようと思う。

(そういえば……)

 ふとクロエは、目覚める寸前に見ていた夢を思い出す。

 エーリヒに抱きしめられていたことがあまりにも衝撃的で、忘れてしまっていた。

(あの人が、魔女だっていう王女様なの? だとしたら、ひどすぎるわ)

 あの若い侍女は無事だろうか。

 あれだけ血が流れてしまっていたら、傷痕が残ってしまうかもしれない。

(ちゃんと治るといいな。どうか、綺麗に治りますように)

 ひそかに祈ったクロエの願いは、本人はまったく気が付かなかったが、わずかに魔力を帯びていた。


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