第4章 遠征編 第34話 暗雲
一方、インスぺリアルでは……。
「どうも、王国の動きが怪しいの」
玉座で難しい顔で腕組みをするキール。こぼれそうな胸を気にも留めず、口を噛みしめている。
インスぺリアルは、王国以北への『ドラゴンミート』並びに『ドラゴンソルト』の独占販売権に加え、多くの職人たちがブラックベリーにて雇用されている。
アウルの経済活動が盛んになることによる流通網の活性化を受けて船乗りたちも忙しくなってきた。もう、以前のように青色吐息ではない。領内は以前の活気を取り戻しつつあるのだが……。
「キール様、これを」
「うむ……」
ここ最近、暗部からもたらされる情報はきな臭い物ばかり。しかも、最近インスぺリアル領を通り、大陸南部へ向かう者が増えている。しかもその多くが人族の男性。これまで圧倒的に多かったエルフや獣人たちを凌ぐ数である。
「よもや、手遅れにならねばよいが……」
事の発端は、王国以北の地が全て帝国によって制圧されたこと。そして、王国との婚姻政策。考えられるのは帝国の南下である。おそらく王国王室内は、内密に帝国と手を結んでいることも考えられる。
「キール様、王国より火急の知らせとのことです」
「うむ……」
「帝国からも書状が届いております」
「……」
大陸全土に対して中立を保つインスぺリアルも、このままでは立ち行かないかもしれない。
ここは、腹立たしいが、ハウスホールドとの同盟も考えねばならぬか……。
「急ぎ、レオン殿に使者を送れ!」
「王国からの使者はいかがいたしましょう」
「待たせておけばよい! それよりレオン殿じゃ! すぐにご相談したいことがあるとな! ……ええい、何をしておる! 早く行かんか!」
「はっ」
「それから、ハウスホールドに書状じゃ!」
キールに急き立てられた使者が、レオンの元に急いでいたのだった。
◆
ブラックベリーでは、カールトンが頭を抱えていた。
当初二十名前後だと見積もっていた公爵家からの使いの一団が五十名余りも訪れたのだか、そのことはまだいい。問題は、この日を境にブラックベリーへの移住者が後を絶たないことである。
山エルフの職人たちのおかげで、入居可能な家屋は確保できているものの、このまま移住者が増えると、自分たちの処理能力を超えるのは明らか。慣れない事務作業に自分をはじめ領主館の者たちは、目を回している現状なのである。
元の住民を除き、こちらから募集でもしない限りあまり来ないはずの移住希望者が、なぜか急増しているのだ。しかも、大陸北方訛りの人族が多い。そしてほとんどが働き盛りの男性。
開発中のブラックベリーとしては、成人男性の移住者は大歓迎なのだが、これだけの数は誰も想定していなかった。
レオン様とは「領内の人口が早く千人を越えればいいな」なんて話をしていたが、今や千人どころは、二千人を越えそうな勢い。
移住者は、手続きを簡略してもいいから、問題のない者はどんどん受け入れるように言われていたにもかかわらず、城門前には移住希望者の長い列が出来ている。山エルフたちに頼み込んで簡易休憩所を作ってもらった程である。せっかくブラックベリーが飛躍する機会なのにもかかわらず、思うように行かない自分がもどかしい。
「レオン様、申し訳ありません。大役を任されたにもかかわらず、自分には力不足だったようです……」
カールトンもまた、レオンに急ぎ書状をしたためていたのだった。
◆
「いや~。いいお湯だったな」
「そおっすね~♪」
俺は、モルトとカールの三人で、ユバーラ名物の露天風呂に浸かった後、大通りに造られた足湯を楽しんでいた。そろそろ暗くなってきたのだが、街には人であふれている。
「しかし、ユバーラは素晴らしいな」
俺は、屋台で買った串蒸しを頬張りつつ、左右に話しかける。しばらくここに逗留してのんびり過ごすのも悪くない。
「そういや、イザベルはどうなった?」
「マリーが付いてるんで大丈夫っす」
「丸く収まればいいんだがな」
「それより、明日は評判の『砂蒸し風呂』に行きたいっす♪」
ご機嫌でもふもふ尻尾を揺らすモルト。この街にいると時間を忘れてしまいそうだ。
「ウチも将来、ここに総領事館を建てたいっすね♪」
こいつは、また独立の話を……。俺は別に王国を敵に回したいわけじゃないんだが。しかもカールまで乗り気な様子。
「ブラックベリーの製塩業が軌道に乗れば、独立も十分可能かと。その際には存分に働かせてくださいませ」
「そおっすね~。レオン様が国を興されたなら、自分はさしずめ宰相っすね。……あ! レオン様、それ自分の串っすよ!」
「そうだったか? ほれ」
「そんな食べかけの串、渡されても嬉しくないっす~!」
「レオン様、そろそろ、セリス様とニーナ様がお戻りのころかと思いますが」
「それより、もう一本串を買って欲しいっす!」
「そろそろ宿に向かうとするか」
「それがよろしいかと」
「何で自分のこと無視するんすか!」
こんな楽しいひとときをを過ごした俺たちだったのだが、宿では、青い顔をしたドランブイが待っていたのである。




