第4章 遠征編 第32話 家臣
「ドランブイ。この度は、本当にすまなかった」
「いえいえ。おかげで仕事がはかどりますゆえ、逆に助かっているくらいです」
ドランブイはそう言うと、机の上に積まれた書類の山から顔を上げ、にっこりと微笑んだ。
ここは、ユバーラの随一の老舗温泉旅館『カガヤ』の一室。
室内は木材と紙がふんだんに使われたユファイン様式。そんな贅沢な室内ではあるが、それにしても何日もの間、一日中この部屋に籠りっぱなしだったドランブイ。
「病を理由に来客も断っておりますし、外出できないこと以外、さしたる不自由はございませなんだ」
「……」
「そんなことよりレオン様。そろそろカールトンから報告が来るはずなのですが……」
ドランブイは、ここからブラックベリーとやり取りをし、俺に代わって領内統治をしてもらっている。
「返す返すもいつも済まない。……ところでセリスとニーナは?」
「夕食後は毎日三人で情報交換しておりますので、夜にはお戻りになられるかと」
どうやら、セリスとニーナはドランブイと相談しながら街を調査している模様。なんとも羨ましいことである。
「大陸の流行を作るのはいつも女性ですから。この役目はお二人にこそ相応しいかと」
「うん。我が領も何か女性に向けたものが欲しいな」
「ならレオン様、ここユバーラは我が領発展の種がごろごろありますぞ」
「ほう……」
「レオン様、せっかくですし、自分らもはやく行きましょうよ~!」
「私でよければ、ご案内いたします」
俺は、嬉しそうにもふもふ尻尾を揺らすモルトに手をひかれるように、ユバーラの街に繰り出したのだった。
◆
「はっ……じ、自分はそ、その……」
その頃、ハウスホールド王立コロシアムの貴賓室では、ウーゾが緊張のあまり油汗を流していた。
寡黙と言えば聞こえはいいが、どちらかと言えば口下手なウーゾ。しかも、今回はエルフ王への初の拝謁ということもあり、心なしか身をこわばらせている。
「そのように、固くならずともよい。しゃべるのが苦手なのは私も同じ。面を上げてくれないか」
「はっ」
リューク王の優しい微笑みを受け、ウーゾはもう一度頭を下げると、慎重に言葉を選びながら訥々と話し出したのだった。
ウーゾの話によると、半月ほど前、王都の裏ギルドに公爵家の遣いが来たという。
依頼内容は、公爵令嬢イザベルを内々のうちに王都の公爵家まで連れて帰って欲しいということ。それが、前金に合わせて成功報酬の額が桁違いだったという。
一刻も早くという依頼に応えるため、翌日には二十名の獣人を集め、ウーゾ自らが一団を率いてアウル領目指して王都を発った。
最初はアウル領の領都ブラックベリーを目指したのだが、キールの館の畔でインスぺリアルの船乗りたちからイザベルがハウスホールドに向かったという事を聞き、予定を変更してこちらに向かったという。
「それが、山エルフたちが何やらおかしなことを言っていたのです」
道中何度かブラックベリーを目指す帝国の者らしき一団の噂を耳にしたと言う。しかも、五十名近い武装した一団だったとか。
インスぺリアルとしてはこの一団が、王国公爵家からの書状を持参していたため、関所を通過させたが、装備の一部や言葉の訛りのはしばしから、帝国兵が混じっていたに違いないと、噂になっていたそうだ。
これらのウーゾの報告を受け、側近の一人がリュークの前に進み出た。
「リュークさま、この者の申し出、我らがつかんでいることと、一致しておりまする」
「ふむ」
「帝国は南下の野心があるのは必定。我らは一刻も早く、インスぺリアルと和解し、ブルームーンとの絆をさらに深めるべきかと」
「……」
「帝国も決して一枚岩と言う訳ではございますまい。アウル領に加え、公爵家が我が方に付けば、帝国ごとき恐れることなどございませぬ」
ハウスホールドは、万が一の場合に備え、大陸南部の亜人たちに多大な支援をすることで絆を深め、南方のブルームーンとも同盟を強化し、大陸が南北に対立するという”有事”に備えてきた。
「……カーノ」
「はっ」
「カールのことは残念ではあるが、そなたがハウスホールドに残り、家を継いでくれたこと、誠にありがたく思うぞ」
「有り難きお言葉。兄もレオン様をお助けし、必ずや帝国への矛にも盾にもなってくれましょう」
「うむ……」
リュークは深く頷くと、イザベルの元に視線を遣わした。
「どうやら、私はそなたをここに留め置くことになるやも知れぬの」
「伯父様」
「実はな……」
ハウスホールドの暗部の諜報網より、イザベルが帝国へ嫁入りすることに対して、様々なよくない情報が集まって来ていた。
そして帝国は公爵家以外にも、複数の王国の有力貴族との婚姻を結ぼうとしているようだが、多くが王国の姫や婿を帝国に迎えようとしているとか。
しかもその裏では、大陸における王国以北の完全制圧が完了した模様。今後帝国は王国を従え、大陸南部に勢力を伸ばそうとするのは必至である。
「ことが明らかになるまでは、我が元におられよ」
「はい、伯父様」
「我が妹や公爵殿には、私から話しておく。ところで、そなた、どこぞに想い人でもおられるのか?」
「は、はい。実は……」
――――――。
「なんと、それはまことか!」
「はい……」
恥ずかしそうに消え入るような声で答えるイザベルに対して、満面の笑みを浮かべるリューク王。
「そなたは何も心配することは無いぞ」
リューク王はそう言って、イザベルをそっと抱き寄せたのだった。




