第4章 遠征編 第27話 パンデレッタ
「レオン様~!」
特別観覧席では、イザベルがベランダから身を乗り出さんばかりに応援していた。
いままで、レオンの試合と言えば、自ら間合いを詰め渾身の気合と共に木刀一閃、剣圧に載せた魔力と共に相手を吹き飛ばしてこられた。
ところが、この試合はこれまでのものとは明らかに違う。レオン様は自らお動きにならない。
相手はそんなに強そうには見えないけれど、一体どうしたのだろう。しかも、自ら布でご自分の目を隠されるなんて。
「レオン様……」
これまでの試合では、いつも「大丈夫」と言って安心させてくれたマリーも厳しい表情。ピニャとコラーダも固唾をのんで試合を見守っている。
「マリー」
「イザベル様。この試合は、さすがのレオン様も苦戦なさるかと」
「でも、レオン様はどうして自ら目隠しを?」
「さあ……分かりませんが、何か思惑がおありなのでしょう」
「レオン様……」
マリーの言葉に、イザベルはギュッと両手を握りしめたのだった。
◆
「――――ッツ!」
首筋に剣圧を感じた俺が身をひねる。指一本分くらいの軌道を奴のダガーが通り過ぎたような気がした。
さっきは、一瞬気配を見失ったが、何とか躱せた。時折音を消して距離を詰めて攻撃する事もあるため、一瞬も気が抜けない。
“シャンシャンシャン!”
俺の集中を惑わす音を立てながら、前後左右に軽くステップを踏む。
その動きは、まるで舞を踊っているよう。
今さらながら、女装して広場で踊るこいつを見たとき、可愛いなんてちょっぴりでも思ってしまった自分が腹立たしい。
――――。
「くっ!」
全身から冷たい汗がにじむ。攻めあぐねる俺を嘲笑するかのように、舞の様なステップを踏み続けるパンデレッタ。
“シュッ、シュッ!”
あくまで距離を取りつつ、たまに踏み込んでは鋭い攻撃を繰り出してくる。その剣圧に俺は体を少しよじり、指一本分くらいの所でかわす。
すると相手はそれ以上踏み込んで来ず、距離を取っては舞を続ける。
こんな攻撃がこれからも続くのかと思っていた矢先、パンデレッタは急に足を止めた。
「……」
「いい加減、バンダナを取ってくれないかなあ。ほんと失礼しちゃうよ」
「……」
「だってこんなにハンデを付けられちゃ、僕が勝っても何にも自慢できないよ。しかも、もし敗けでもしたら、王立騎士団幹部への登用なんてしてもらえないかも知れないし!」
確かにそれもそうか。成り行き上参加している俺とは違い、職を得るために出場している者もいる。俺は、自分のことだけしか考えていなかったのかも……。
思わぬ一言に、何だか相手に悪い気がしてきた。
「そうそう、そうでなきゃ。僕は騎士団に入った後は、ハウスホールドに引っ越して奥さんとラブラブに暮らすんだ!」
え? まただ。こいつは俺が口に出してないことが、何でわかる?
しかも、またリア充自慢かよ! 何だかこいつのこと気の毒に思ってちょっぴり損した気分だ。
若干ムカつきながらも俺はバンダナに手を伸ばしたのだった。
◆
パンデレッタは、生まれつき相手の思考が何となくつかめる特殊技能を持っていた。幼いころは、みんなそうなんだと思っていたが、さすがに十歳を過ぎたあたりから、この能力の特殊性に気付いた。そして長じるにあたっては、この能力を利用して、虎人族きっての剣士となった。
元々獣人は人族に比べて身体能力に加え、それぞれ種族によって違いはあるもの視覚・聴覚・嗅覚など優れている者が多い。
そして、ごくまれにこのパンデレッタのように、先天的に異様に鋭い“勘”を持った者が生まれることがある。
パンデレッタは、生まれ持った能力に加え、修行で身に付けた短剣術と虎人族の伝統舞踊の稽古を積み重ね、今では剣士として達人の域にまで達しているのである。
◆
(さすがは王国きっての剣士と云われる辺境伯様。正直言って手ごわいや)
パンデレッタの目の前には、バンダナを外し両目を半眼にしてゆったりと木刀を構えるレオンの姿。
レオンが中々打ち込めない中、パンデレッタも内面焦っていた。
元々の目標は最低準決勝進出。それが決勝まですすめたのだから、自分としては納得なのだが、これまでの試合の内容が良くない。
不戦勝だったり相手がケガを押して試合に臨んでいたりして、満足に戦ってはいないのだ。しかも決勝では、目隠しをした相手にあと半歩踏み込めずにいる。
もしこのまま負けるとしても、せめて全力の相手と互角に戦わなければ、目指す騎士団幹部への登用は叶わないかもしれない。
それにしても、辺境伯がこの大会中、ときおり試合中目を閉じて剣を振う姿にはびっくりした。よくもまああれで戦えるものだ。
自分は、辺境伯の思考を読みながら挑発を試みたのだが、それほど心は乱れていない様子。
最初は正直、バンダナで自ら目をふさいでくれて嬉しく思っていたのだ。視覚を閉じた相手になら、聴覚でかき乱せば勝機はあるかも知れない。しかし……。
中々勝機が見いだせないうえ、自分はじりじりと押されている。レオンの思考は単純明快。魔力を乗せた一撃をふるう事だけ。
邪念と言えば、どうやら自分との試合より、優勝後に控える特別試合のことに意識が少し向いていることくらいか。
そして、挑発を繰り返し、ようやく自らバンダナを取らせることに成功した。
しかし……。
(まずい。益々隙が無い)
ようやく、万全の相手とまみえることができたのだが、同じ敗けるにしても大きなケガを負うようでは、元も子もない。
いくら木刀とはいえ、準決勝で見たような一撃を喰らえばただでは済まないだろう。
あの時ふっ飛ばされた剣士に比べ、自分は動きやすい軽装で試合に臨んでいるのだから。
(チッ!)
パンデレッタは、ステップを踏みつつ、心の中で小さく舌打ちをしたのだった。




