第4章 遠征編 第26話 決勝戦
「これより、決勝戦を行います!」
「きゃ~! レオン様~!」
「うおぉぉぉ〜……」
アナウンスが鳴るやいなや、歓声に包まれるスタジアム。
そして、決勝に臨む二人が出てくるやいなや、重低音のスタンピードがたちまち会場を包み込んだ。
(あれ?)
相手は虎人族の剣士のようなのだが、どこかで見たことがあるような、無いような……。
そんな訝し気な俺の視線に気付いたのか、相手の方から話しかけてきた。
「おやおや、これはこれは。お久しぶり~」
そう言って両腕に仕込んだ金属片を“シャ―ン”と鳴らす。
「あれ、まさか覚えてないの? 市場で見かけたじゃん」
そんな風に話かけられた俺もうろ覚えなのだが……ああ!
ひょっとして、あのときの踊り子の中にいたのか! ……って、え? たしかみんな女の子だったはず?!
でも、目の前にいる両手にダガーで武装した虎人族の戦士は、どうみても男の娘、じゃなく男の子。
顔だちこそ、少女のように綺麗で、縞々の小さな虎耳も可愛らしいのだが、胸は平たいし、声も幼いが紛れもなく男性である。
「やっと、思い出してくれた?」
「……」
なおも首をひねる俺に、ムッとした表情を浮かべる対戦相手。
「何か失礼しちゃうな!」
俺は口に出した訳じゃないのに、何でわかるんだ?!
「僕のこと女だって思っていたでしょ!」
そう言ってこの虎人族の男の子? は、可愛くほっぺの片側を膨らませた。
「僕はれっきとした男だよ。ちなみに奥さんもいるんだから! しかも彼女の可愛いことと言ったら里でも一、二を争うくらいでさ……」
おいおい、こんな所でリア充自慢なんて聞きたくないぞ! 俺なんて結婚はおろか彼女すら……っていうか友達すらまともにいないんだからな! 何だか悲しくなってきた!
「ふふふ……このスタジアムの黄色い大歓声。いくら独身とはいえ、どうやら辺境伯様もリア充だね。それでこそ倒しがいがあるっていうものさ」
何だかこの子は俺のことを盛大に誤解しているようだ。まあ、そんなことどうでもいいのだが。
「あの時は、僕のこと女だと思っていやらしい目で見てたよね! でも女装は旅の資金を稼ぐために嫌々してたことなんだからね」
俺は全く聞いていないのに、饒舌な奴。ホントどうでもいいことをべらべらと。それから、俺は変な目で見たつもりはないぞ。
「僕は君みたいに恵まれてはいないよ。辺境の獣人族の出だからさ。でもね、奥さんが可愛いんだ~♪」
俺だって好きでクラーチ家に生まれてきたわけじゃないし。しかも、何でお前ののろけ話を聞かにゃならんのだ。
「でね、でね~! ちょっと聞いてくれないかな……」
虎人族は一夫一妻を守る種族らしく、夫はもれなくスパダリなんて言われているんだとか。返す返すもほんとどうでもいい情報である。繰り返すが、俺なんてボッチだぞ。嫌みか!
「黙れ! このリア充野郎が!」
「失礼な! 僕にはパンデレッタっていうちゃんとした名前があるんだからね!」
そう言って、小さく片頬を膨らませる。その姿はまさしく男の娘。
「全く、失礼しちゃうな~!」
もう、こいつのことはツンデレならぬ「パンデレ」って呼んでやることにしよう。
「あっ、今失礼なこと、考えたでしょ!」
「……」
「こ、コホン……。そ、それでは、改めまして決勝戦を開始します」
いい加減、しびれを切らした審判が半ばあきれ顔で、試合の開始を告げた。
(さて、いよいよ試してみるか……)
俺は、この試合に期してポケットからバンダナを出し、丁寧に両目を覆ったのだった。相手が誰であろうと、この決勝では、自らに負荷をかけるため、何よりこの後のシークとの一戦に向けての総仕上げとして、視覚を封じて臨むつもりだったのだ。
「な、何してるの!」
多少慌てたパンデレの声が聞こえたが、俺はもうこいつの言う事には耳を貸すつもりはない。
◆
「おい、あれを見ろよ!」
「いくら辺境伯様が強いったって……」
ざわつく観客席。まさか決勝の舞台で、自ら目隠しして戦う者など聞いたこともないだろう。
もちろん、俺にしても好きでやっている訳では無い。これくらいのことが出来なければ、シークには勝てないと確信しているからこそしているのである。
「僕のこと、バカにしちゃって!」
重ねて言うが、俺はしたくてしている訳じゃない。もちろん相手をバカにする気も舐めているつもりもない。
目の前のパンデレッタも怒った風な口を聞いてはいるが、言葉の響きからすると心から腹を立てている訳ではなさそうだ。呆れているか警戒しているかのどちらかだろう。
視覚に頼らず、気配で相手を捉えるつもりで臨んだこの試合。それがまさかこれほどまでの苦戦を強いられようとは思いもしなかったのである。
――――。
“シャンシャンシャン……”
視覚を自ら封じた俺に、より響き渡る金属音。どうやらパンデレッタは薄い金属片を重ねた軽甲冑を着ているようで、動く度いちいち音がする。
人は、五感のうちどれかを封じると、まるでそれを補うかの如く、それ以外の感覚が自然と研ぎ澄まされる。そして視覚を封じた俺は、明らかに音を拾いすぎている。
“シャンシャンシャン”
俺が半歩にじり寄ると、それに呼応するかの如く金属音が鳴る。
どうも気が散ってなかなか集中できない。俺が未熟なせいなのだが。
「く……」
そうこうするうちに、まるで踊りのようなステップのパンデレッタは、俺に近づくとダガーを振う。
そして俺がかわしたと思えば、すっと身を引いて距離を取り、またステップを踏む……。
何ともやり難い相手である。
これは、バンダナを取った所で苦戦することに変わりは無さそうだ。俺がこれまで戦ってきた中でも指折りの難敵であることに間違いない。
「すうっ~。ふぅ~……」
内心の焦りを、呼吸を整えることで落ち着ける。
――――ん?
そのとき、今まで俺の周りを弧を描くようにステップを踏んでいた奴の気配が、一瞬消えた気がした。




