第4章 遠征編 第22話 準決勝へ
「これより準決勝を行います!」
「うおおおおぉぉぉぉ……」
闘いを告げるアナウンスが告げられるや否や、場内はたちまち熱を帯びる。観客は足を踏み鳴らし、いわゆる「スタンピード」が自然発生していた。
三回戦は準決勝となる。ここまで勝ち残った四名はいずれも一騎当千の実力者。そのことは、ハウスホールドが騎士団幹部に迎える条件として準決勝以上としていたことからもうかがえる。要するにそんじょそこいらのただの剣士ではない。
出場者のひとつの目標でもある試合を迎えたということもあり、観客もヒートアップ。
スタジアムではエールをはじめとして酒類の販売が認められているため、すでに出来上がった観客たちが勝手に盛り上がり、あちこちで乱闘騒ぎまであるようだ。
そんな喧騒をよそにレオンの控室ではこれから試合に臨むものとは思えないような雰囲気に包まれていた。
◆
「あのなあ。ウチの家計が苦しいのは分かるが、何でだ!」
「何いってんすか! 今こそだからしなけりゃならないんっす!」
そうは言うものの……なんで俺は大会中に大量の売れ残りグッズにサインしなけりゃならないんだ。しかも『色紙』なんていう、真四角の白い厚紙にまでサイン三昧。
モルトによれば、この『色紙』は売れるそうなのだが、俺は何だか信じられないのだが。
嫌々サインを続けていた俺の元にも観衆の大歓声が聞こえてきた。
「レオン様。後は自分らがやりますからもういいっすよ」
「筆跡のトレースは万全です。安心して試合に臨んでくださいませ」
「あ、ああ……」
「いや~! 流石ハウスホールド! 亜人たちの中心地のことだけはあるっすね~♪」
大歓声を耳にして、嬉しそうにもふもふ尻尾を揺らすモルト。
「俺は何よりサインから解放されたのが嬉しいぞ」
「何言ってんすか。レオン様のおかげでレオン様のグッズも完売間違いなしっすよ!」
まあ、俺の関連商品が売れるのは、このスタジアムにつめ掛けた観衆の亜人率の高さのおかげもあるだろうけどな。俺はサインの手を止め、軽く伸びをした。
「レオン様、いよいよですね」
「ああ、そうだな」
あくまで能天気なモルトとは違い、神妙な顔のカール。誰と当たるのかは分からないが、俺も心を引き締めるとしよう。
「……ん?」
頂上が見えてきた。そしていつの間にか頬が緩んでいる自分に気付いた。
正直、こんな気持ちが祖父にばれれば「その考え、不純極まりなし!」なんてげんこつを落とされただろう。
それでも優勝の後におそらく実現されるであろうシークとの再戦にまた一歩近づいたと思うと、心が勝手に躍ってしまう。これは俺がまだまだ精神的に未熟な証なのかもしれない。
このような感情を抱くことは、我が流派からすれば、はなはだ破廉恥で恥ずべきことだそうだ。
祖父に言わせれば、剣士たる者、その一瞬に全力の一撃を叩き込むことだけを考えるべきで、勝ちたいなどという気持ちさえも不純とのこと。
なにしろ勝敗とは己が全力で打ち込んだ打撃の後に、天から授けられるひとつの結果に過ぎないということだから。
◆
「いいか、レオン。儂が教える剣など、所詮人が腹をくくった気迫に比べればどうということはないのだ」
「では、どうして毎日これほどの稽古を積むのですか?」
「それは人は急に腹なんてくくれないからじゃ。覚悟を決めることが一番の難事じゃからこそ、ワシらは普段の平常を鍛え上げる。相手の覚悟にいつ、いかなるときでも対応できるようにの」
「要するに、いかなる相手であろうと勝てるように稽古を積まねばならないということですね?」
祖父は、幼い俺の疑問に静かに首を振った。
「いいか、レオン。稽古の目的は相手に勝つことではないのだ」
「では、何が目的なのですか」
「それはな。その場そのときに自分の全力を出すことにある。そしてこれは何も剣だけのことではないぞ」
「えっ……」
「相手との勝ち負けなぞ考えるな。勝敗なぞ自分が全力を尽くした後天から与えられるものに過ぎん。試合での立ち合いにしろ、戦での命のやり取りにしろ同じ。そしてこれは剣だけのことではなく、全てに対して言えることじゃ」
祖父はそういって俺の頭に優しく手を置き、目を細めてくれた。
◆
ともかく、ハウスホールドが騎士団幹部として迎える目安でもある四名の剣士が残った。その実力はお折り紙付きといえるだろう。観覧席には王や側近たちだけでなく、ハウスホールド騎士団の幹部たちが勢ぞろいしているらしい。
「レオン様、出番です」
準決勝は、いつの間にか第一試合が終わったようで、係の者が迎えに来た。俺たちはサインにいそしんでいたせいで、第一試合がどうなったも分からないのだが。
ほんとこんな選手、俺だけなんじゃないのだろうか。
「どうせ今回も楽勝っすよね~」
「でもなモルト。はっきり言って今まで楽な試合なんて、ひとつもなかったぞ」
「それでも、お勝ちになるのがさすがは我らのレオン様! カッコいいっす!」
「そうですとも!」
「……まあ、あ、ありがとう二人とも」
カールはともかく、モルトのほめ殺しは何だか気持ちが悪いのだが、せっかくだからその言葉、ありがたく受け取っておこう。
俺はもふもふ尻尾をぶんぶん振るモルトと、九十度のお辞儀をするカールに見送られ、複雑な気持ちで準決勝の舞台に立ったのだった。




