第4章 遠征編 第19話 姫と執事
「レオン様……」
イザベルの見つめる先にはレオンの姿。一回戦のときと変わらず、落ち着いた様子。いつもの木刀で何回か素振りを繰り返していた。
「良かった……」
レオン様はいつもと変わらず平常心で試合に臨まれているご様子。安心して肩の荷がおりたように感じます。でも……。
二回戦の相手は、レオンより二回りは大きい獣人の男性剣士。武器は大ぶりな両手剣。その分厚い筋肉と鋭い眼光は、イザベルの様な素人目にも、かなりの強者だと映る。
レオン様は本当に大丈夫なのかしら。もし、お敗けになられたら……。
いいえ。たとえお勝ちになられたとしても、ケガなどされたらどうしましょう。
大切な、私の私の旦那様。
もう、心配は尽きませんわ。
「レオン様、どうかご無事で……」
「――――大丈夫ですわ、イザベル様」
両手をぎゅっと握りしめるイザベルに、普段着の微笑みで応えるマリー。マリーはこの試合、安心しきっているように見える。
「明らかに実力的に差がありますわ。それが証拠に相手の方は既に押されていますもの」
ピニャとコラーダもうんうんと頷いている。彼女たちの見立てもマリーとさして変わらないようだ。
「まさか、実力差ってレオン様の方が劣るなんてこと無いですわよね」
悪いことばかりが小さな胸をよぎる。言葉も、心無しか上ずっているようだ。
(私ったら、何て弱気な。こんなときこそ、私がレオン様を信じなくてどういたしますの!)
そう思い直したものの、なおレオンのことを心配し続けるイザベル。
「レオン様の事が心配で。相手の方はあんなに大きくて強そうですもの」
「ご安心くださいまし、イザベル様。何も心配ございませんわ」
「で、でも……」
「大丈夫ですわ。相手はレオン様を前に体をこわばらせています。自然体のレオン様とは大違いです」
「ありがとうマリー。でもレオン様のご様子が、一回戦から王都でのコロシアムのときとは違うような気がするの。もしレオン様の御身に何かあれば、私は生きていけないから」
そう言って涙ぐむイザベル。マリーはそんな彼女を慈しむような視線を送った。
「イザベル様……」
(やっぱりなんてお可愛らしい)
うっすらと涙を浮かべるイザベルの肩に、マリーはそっと手を置いたのだった。
◆
「はじめ!」
―――― 勝負はまたしても一瞬でついた。
「うおおおおお~……」
「レオン様~!」
「怒弩度土ドど……怒弩度土ドど……怒弩度土ドど……!」
大歓声から一拍置いて、いつものスタンピードが会場を包む。重低音の大きなうねりは、会場を一周してもなお鳴りやまなかったのだった。
◆
「レオン様のおかげで、グッズの売り上げも絶好調っす~♪」
控室では、ほくほく顔のモルト。金貨を数えながら、もふもふ尻尾をゆっくり揺らしている。
「これで、優勝された後はシーク様にも勝っていただければ文句ないっす~♪」
「モルト様。私からもひとつ提案があるのですが……」
「新入りが何偉そうに言ってんすか! クラーチ家はもとより、アウル領は自分が支えている様なもんなんすよ! シャーッ!」
「まあ、まあ、落ち着いてください」
もふもふ尻尾を逆立てるモルトを見ても、落ち着き払ったカール。
「いいですか、モルト様。ここはひとつ、このようにすればよろしいかと……」
「な、なんすかそのアイディア! さすがハウスホールドで財政を一手に握っていただけのことはあるっすね!」
「では、こうしていただくのも良いかと」
「それは最高っす~!」
「いえいえ」
「ほんと、カールが来てくれて良かったっすよ~♪」
「ところで、レオン様の試合はご覧にならないのですか」
「そんなの見なくても分かるっす。どうせ今回も一撃で決まるっすよ……ほらね」
「―――― 確かに」
控室にまではっきりと聞こえる地響きのような大歓声とレオンコールが聞こえてきた。おまけにスタンピードの振動まで。
「そんなことより、話の続きっす」
「はい。では今後、さらにこうすればいかがかと……」
「……! カールってまじ、凄すぎるっす~♪」
「いえいえ、モルト様には及びません」
こうして、主不在の控室では二人の側近たちが、額を寄せ合って内緒話を続けていたのだった。
◆
「相変わらずだな」
豪奢な特別室からレオンの試合を見終えたシークは、静かに呟いた。
今回の大会、これまでの試合は全て見終え、自分なりに分析し準備も終えたつもりだ。
「リューク王の御好意には感謝しかないのだが……」
シークのために大陸中から集められた最高級の調度品がしつらえられた特別室。自分のことを丁重に扱ってくれている王の気持ちは身に染みて感じるのだが、このような贅を尽くした控室も今のシークには不必要。むしろ有難迷惑にまで感じる。
何しろ王都のコロシアムで感じたあのときと同じ悪寒が再び背筋に走っているのだから。
”パリン”
シークの掌の中で、薄手のグラスが静かに割れた。
そのゾクりと冷たい感覚とは裏腹に、シークの口元は自然にほころんでいた。
その自らの笑みに、当の本人は気付いていない。




