第4章 遠征編 第5話 ディナー
俺たちは、インスぺリアルの新造貨物船で、一路ハウスホールドを目指している。明日にもハウスホールドに到着予定。
そしてこの船は、さすが山エルフの技術を集めた船だけあって、揺れが少なく乗り心地も良い。しかも、大型貨物船でありながら、大砲まで備えられており、この船が近くを通れば、大小の漁船商船が、蜘蛛の子を散らすように避けてくれる。
「ふう。一休みするか」
甲板で軽く素振りをした後、俺はモルトからタオルを受け取った。
「なあ、モルト」
「なんすか。レオン様」
「この先、俺たちも自前の船が必要かもな」
「そおっすねえ。ただし、今はそんな余裕は無いっすよ。何しろこの船の建造費は、ざっと100億アール以上らしいっす」
「何!」
「しかも、港湾整備やドッグの建設、船員の育成や給料を考えると……」
「……」
「当分は、キール様から借りるしかないっすよね~。まあ本格的にハウスホールドとの貿易が始まれば、商品の輸送は格安で請け負ってくれると言われていることですし」
「そうだな」
「ウチは、インスぺリアルに足を向けて寝られないっすよ~」
そんなことを偉そうに言いつつも、クンクン鼻を鳴らしながら、もふもふ尻尾をゆったりと揺らし始めたモルト。
「お食事の用意が出来ました」
俺たちを呼びに来てくれたのは、珍しく人間のメイド。うつむき加減で、なかなか奥ゆかしい感じがする。顔はよくわからないが、かなりの美人さんみたいだ。俺とは初対面かな。
「おっ。マリーじゃないっすか。ご苦労様っす!」
「お世話になっておりますモルト様」
どうやら、モルトが採用したメイドのようだ。恐縮するマリーに慣れた様子で対応するモルト。
それはさておき、さっきから甘い匂いが漂ってきていることが、俺にとっては問題である。この気持ち、甘党の皆様にはわかるまい。
「食欲が無いんだ。俺の代わりにモルトが食べに行ってくれないか」
「何言ってんすか、ニーナ様の手作りっすよ」
「食べたいのは山々だが……。実はさっきから腹がシクシク痛くてな」
「全くもう! さっき話したばっかじゃりじゃないっすか。ウチは、インスぺリアルに足を向けて寝られないっすよ!」
「だからこそアウル辺境伯の名代としてお前が必要なんだ。ここは黙って俺の分も食べてきてくれ」
「もう、本当に仕方ないっすね~」
ジト目で俺を一瞥した後、もふもふ尻尾をふりふり、食堂への階段を降りていくモルト。それでこそ、我が右腕とも頼む譜代の家臣の姿。甘い物好きのこいつなら問題ないだろう。っていうか、若干嬉しそうにも見えるが……。
◆
モルトを見送った後は、素振りを再開。上半身をはだけ、一心に木刀を振る。
「ふう~。流石にキツイな」
背後から、ネグローニをはじめ山エルフの船員たちの視線を感じてはいたが、知らんふりして稽古を続けた。
しかしそのせいで、最初千回で終えるつもりだった素振りが、結局は三千回もしてしまうことに。おかげで俺は、疲れ果てて甲板に大の字になる有様である。明日は筋肉痛になるかも知れない。
「……凄い料理だったわね~」
「私あんな御馳走初めて」
「さすがレオン様。あんな料理を用意してくださるなんて、ますます素敵♡」
「しかも、ご自分はお食べにならず、全て私たちに振る舞われるなんて」
「ああ。そんな所も、素敵だわ」
「もっと好きになっちゃいそう」
「……ん?」
大の字で甲板に寝転がっている俺の耳に、何か少し気になる話し声が入って来たが、適当に聞き流すことにした。聞き耳を立てていると思われるのも格好悪いしな……。
そう思った俺は、静かに目を閉じたのだった。
◆
「レオン様~!」
「お、おう、モルト……」
どうやらうっかり眠ってしまっていたらしい。背中が所々痛む。
「いや~。レオン様、うまかったっす~♪」
もふもふ尻尾を満足そうにゆさゆさ振るモルト。
まあ、甘党のモルトからしたらそうだろう。何しろニーナのお手製だろうし。実は祖父のいた異世界の高級食材にして、クラーチ家の秘蔵の食材を積み込んだことは確認済である。というか、命じたのは俺だがな。
「レオン様、聞いてくださいよ~。何しろ、久々のクラーチ家のフルコースっす! 自分二人分なんで、もうお腹がパンパンっす!」
「もしかして、ウチの門外不出の異世界料理が出たのか?」
「はいっす。久々に食べたっす~!」
◇◇◇◇
食前酒:バランタイン初滴れ
前菜:グラン風テリーヌ
サラダ:カルパッチョサラダシーバス風
スープ:ダブルウッドのステア仕込み
メインその1: ユファイン包みサラマンダー仕立て
メインその2: ドラゴンテールのボウモア風
デザート:ドーナツの黄金掛け 約束の思い出に寄せて
◇◇◇◇
モルトが持っていた、ディナーのメニューカードを手に、わなわな震える俺。何故か、デザートだけが書き直されているのは気になるが。
「一体、どうなってんだ! 総料理長は、ニーナじゃないのか!」
「確かに総料理長はニーナ様っすが、デザートに専念されたそうっす」
「……え?」
「何でも総料理長の指示とかで、料理人たちは、高級食材を思う存分使えたって喜んでたっす」
「じ、じゃあ……俺の分は?」
「レオン様のお言いつけ通り、自分が美味しくいただいたっすが」
「ま、まじか……」
「ていうか、お腹の具合は大丈夫っすか?」
「……」
船の食糧庫にはまだ食材が豊富に残っているのだが、俺が楽しみにしていた食材だけは、モルトの言う通り綺麗に使い切られていたのだった。とほほ……。
◆
「レオン様~♪」
「お兄様~!」
「お、お前たち……」
お互いスイーツ好きという事もあり、すっかり意気投合したセリスとニーナ。二人とも落ち込む俺なんてガン無視である。この二人どこか似た者同士なのかも知れない。
「お兄様! こんな所で何をされておられるのですか。さあ、参りましょう」
「レオン様に、とっておきの御馳走を残していますの~」
「もう料理は無いんじゃないのか?」
「大丈夫です、お兄様! 私たちの手作りスイーツは残してあります」
「そうですの。モルトも食べれなかったので、二人分そっくり残してありますの」
「え?」
「ふい~っ。満腹っす~」
これ見よがしにお腹をさするモルト。こ、こいつめ〜。
「レオン様が、あのような食材を持ち込まれていたことは知ってました。ただ……。あのようなものを作らせて、ニーナの心づくしの料理はどうなさるおつもりだったのでしょう」
「い、いやそれは……」
気まずそうにうなだれる俺の腕を取るセリスとニーナ。
「お兄様には、私たちの手料理を存分に味わって欲しいのです」
「さあ、さあ、こちらです。全部食べて頂ければ、許して差し上げますの~」
こうして何故か自分が悪いような気がした俺は、そのままセリスとニーナに連行されていったのだった……。




