第3章 内政編 第18話 不況
「何だか館の様子がおかしくないか」
「何やら、安心できそうな雰囲気です」
キールの館に着いた俺たちは、城門から続く石畳の道を歩きながら、何やら違和感を抱いていた。
「レオン様~」
「何かあったのでしょうな」
不安げに尻尾を垂らして俺を見上げるモルトの横で、ドランブイも首をひねっている。
場違いな発言をしつつ腕を組んでくるセリスはともかく、この二人も、館の雰囲気の変化に戸惑っているようだ。
明るく活気に満ちていた館だったのだが、今日は活気が無い。というか明らかに人が少ない。一体、どうしたのだろうか。
「よくいらっしゃいました。さあ、どうぞこちらへ」
いつものように、俺たちを案内してくれるメイドも今日は一人だけ。心なしか元気が無いように見えるのは、俺の気のせいなのだろうか。
そして、館に入るやいなや、俺たちの違和感が確信に。
何しろ、玄関から廊下にかけて、かつて山エルフの技術力や財力を誇示するかのごとく、過剰なまでに並べられていた美術品や工芸品の数々が、きれいになくなっていたのだ。まるで、これからどこかへ引っ越しでもするかのように……。
◆
その頃、キールはひとり自室で頭を抱えていた。手元には、王国駐在の部下からの火急の知らせを告げる書簡。
「あ、あの……」
「……」
執事の言葉も耳に入らない様子で、無言で歯噛みするキール。
「キール様……」
「これはもう、恥だとか言っておられぬの」
誇り高いことで有名な山エルフたち。彼女たちが暮らすこの地域は、正式にはインペリアル地方と呼ばれており、数万人の山エルフたちが暮らしている。
とはいえ、このインペリアル領は、あくまで里が大きくなったものに過ぎない。正式な国家ではなく、片田舎にある平凡なひとつの領地。そんな状況にも関わらず、王国と対等に付き合ってこれたのは、武勇に加え、高品質の武具や農機具などの鉄製品や木材の輸出による経済力が大きい。
しかし、このところの王国内の不景気に加え、長年の平和から、鉄製品や木材の需要が少しずつ減ってきていたのだ。
それでも今までは、なんとかぎりぎり黒字で収まってきたのだが、ついに木材価格が急落。それに加えて鉄製品も在庫がかさみ、値段を落とさざるを得なくなってしまった。
さらに、自分たちが抱える銀山も、王国南部の廃鉱山から豊かな金脈が発見されたせいで、価格の下落が止まりそうもない。
今までは、館の宝物庫から銀塊をはじめとする銀製品や宝石を少しずつ売って何とかやり繰りしていたが、とうとうそんな小手先のことでは、どうすることもできなさそう。歴代の領主が集めてきた贅を凝らした調度品の数々も、めぼしい物は売り払ってしまっているのだ。
「……くっ」
アリマ鉱山における金の産出量を知らせる報告書を思わず握りつぶすキール。
「き、キール様……」
「何じゃ、こんなときに!」
「レオン様がお見えになられました。ドランブイも一緒です。キール様に面会したいとのことですが……」
「何じゃと! それを早く言わんか! すぐに行くとお伝え申し上げよ!」
「ははっ」
◆
「実は相談があるのですが……」
「いや、ちょっと待ってくれぬかの!」
玉座から、俺を制するかのように、右手を突きだして口を挟むキール。
少し恥ずかしそうにうつむいたものの、すぐに顔を上げ、真っ直ぐに俺たちの方を見据えた後、彼女は静かに口を開いたのだった。
「まことに恥ずかしいことじゃが、どうしても最初に言っておかねばならぬ話がの……」
キールによると、王都の不景気は、キールたちのインペリアル領を直撃。このままでは、インペリアルの財政は火の車になりそうだとのこと。
今年度のドランブイの商会への支払いは、無利子の5年分割。他の商会へも同様にしてもらいたいという。
「……と、いう訳なのじゃ。すまぬドランブイ……」
「レオン殿にも今までの様な支援はできそうもないのじゃ」
「いえいえ、何を仰るのです。それよりも実は……」
俺たちが船上で散々話し合った案が実現できれば、アウル領だけでなく、インスぺリアル領にドランブイの商会まで三方潤うことが出来そうだ。
「……ほう、なるほどの。あの仕掛けでドラゴンがの。大森林の入り口の領有に関しては、問題ないぞ。ところで、生きたドラゴンを毎日献上してくれるというのは、まことかの?」
「はい。その件につきましては、ドランブイに協力してもらうつもりです」
「我が商会はブラックベリーに支店を作る予定です。もちろんドラゴンの素材もお分け出来ましょう」
「レオン殿、恩に着る」
ドランブイの支店には、仕事にあぶれた山エルフの職人たちを大量に雇い入れるそうだ。今後船で大陸南部へドラゴンの輸出の販路が広がれば、大量の船や船員も必要だろう。
「ブラックベリーへの移住者も募集しているのですが……」
「お安い御用じゃ。すぐにでも触れを出そうぞ!」
インスぺリアル領の労働者を斡旋してもらえそうである。
「レオン様、よかったっすね~!」
「お兄様、くれぐれもご油断なさりませんように」
「どうやら、我らはまた、クラーチ家に助けられたようじゃの」
もちろんこれだけで、すぐにインスぺリアル領の財政をどうか出来る訳はないのだが、キールは俺の両手をとって、大げさに喜んでくれたのだった。
◆
そのころ、王都の中心部にある公爵邸では、相変わらずのイザベルの姿があった。
イザベルは、お気に入りの椅子に座り、膝の上にはいつもの『レオン』君。
お気に入りのティーカップの中のお茶はもう冷めているけれど、そんなことなんて気になんないご様子。
「マリー、マリーはいますか!」
「はい、お嬢様」
「私の嫁入りの日取りは決まりましたの?」
「は……?」
「マリー!」
「は、はい。あくまで大陸南部へのご遊学ですが……」
「でも、レオン様と一緒に暮らすのではなくて!」
「それはそうなのですが……結婚なされる訳ではございませんので……そ、その……」
突き刺すような、イザベルの視線を受け、汗を拭きつつしどろもどろのマリー。
「なら、一体、何と言えばよいのです!」
「結婚していない状態での同居ですから、ど、同棲でしょうか……」
「ま、まあ……。私がレオン様と同棲ですって!」
両手で顔を覆い、わざとらしく身をよじりながら恥じらうイザベルを横目に、心の中で「知っとったんかい!」と盛大に突っ込むマリーなのであった。




