第3章 内政編 第2話 ドラゴン
「レオン様、これは……」
「すごいっすね~」
「お兄様……」
「……」
この館は、内装は主に木材が使われているにもかかわらず、傷みが一切ないように見える。中の調度品も、不思議なことに当時のままだ。それどころか、よく手入れが行き届き、さっきまで人が住んでいたかのようである。
玄関脇の花瓶に活けられた真っ赤な花を見ながら、ドランブイはつぶやいた。
「これはおそらく……」
ドランブイによれば、この屋敷全体に、何らかの魔法がかけられていたのだろうとのこと。
「魔法なんて……ドランブイ、本当なのか」
「はい。おそらく、状態をそのまま保つような高位の魔法でしょうか」
かつてこの地を治めた辺境伯は、自分が引き上げる際、この屋敷を文字通り封印し、鍵を王国に預けたという。
その後アウル辺境伯の扱いは、王国貴族の中で名誉職といった扱いになり、鍵は、次に現地に赴く辺境伯……つまり、クラーチ家に渡るまで、王宮の宝物庫に保管されていたそうだ。
今では、この大陸から魔法そのものが失われて久しい。
俺にしても、魔法については、祖父が集めた書物で読んだことがあるが、実際にそれが使われているのを見たことがない。
俺自身、せっかく黒目黒髪で、魔力量に恵まれているそうだが、肝心の使い方が分からないのである。
実は、魔法については、それなりに調べていた時期もあったのだが、最近はアウル領関係のことで頭がいっぱいで、魔法は頭の隅の方へ押しやられていたのだった。
「私は、しがない商人ですが、そうとでも考えなければ説明がつきませんな」
ドランブイはそう言って、花瓶に飾られた大ぶりの花を手に取った。まるで、ついさっき、活けられたように、花びらの一枚一枚までみずみずしく、ほのかな香りも漂ってくる。
「おそらく、古の魔道具が使われているのでしょうな」
おそらく、玄関の錠前が魔道具だろうということだった。ちなみに、魔道具とは、魔力を流すと魔法が発動する道具のこと。今は、魔力を持つ者がほとんどいないため、魔法と共にその技術も廃れていっている。
「で、今はどうなっているんだ」
「残念ですが……」
俺の言葉に、静かに首を振るドランブイ。何と、セリスが無理やり鎖を引きちぎったせいで、魔法が破られたのだとか。錠前を正しく解錠することで、何度でも中のものをそのままに留めておけるような高度な技術だったらしい。
そして、この魔法は、もう一度正しくかけ直さないかぎり、発動しないのだとか。
「ご、ごめんなさい。お兄様。私ったら……」
涙目で謝るセリスなのだが、そんなこと、誰も分からなかったことだ。錠前は大丈夫なのだから、まだ使えるかも知れないし。そもそも鍵が合っているかどうかが疑問なのだが。
「気にするな。屋敷の管理は、執事の仕事だからな」
「そ、そうですよね、お兄様!」
涙を拭いて、笑顔で微笑むセリス。そんな俺たちのやり取りを横目にウチの執事は、尻尾を逆立ててご立腹の様子。
「何なんすか、その言い方、いくら何でもひどいっす!」
「お、おい、冗談だって……。別にモルトは悪くないぞ」
「ごめんなさいね。モルト」
「全く二人して! 自分も皆の見ていない所で頑張っているんすよ!」
ぷりぷりしながら、一人で屋敷の奥に向かうモルト。もふもふ尻尾を逆立てているので、相当機嫌が悪いのだろう。仕方ない。こんなときは、少しの間そっとしておくに限る。
◆
「しかし、それにしても、見事なものですなあ」
しげしげと、調度品を眺めるドランブイ。彼の見立てではいわゆる高級品も多いそうだ。特に家具や絵画は、保存状態が良く、オークションに出せば高値が付きそうな物も多数あるという。
「少しでも現金が欲しいな。悪いがドランブイの商会を通して売ってくれないか」
「はい。もちろんですとも」
「お兄様、この剣なんて素敵です」
俺たちは、リビングを物珍しそうに、ひとしきり眺めていたのだが……。
「ぎゃーっ!」
屋敷中にモルトの悲鳴が鳴り響いた。玄関からまっすぐに伸びる廊下の突き当りの部屋からだ。
慌てて到着した俺たちが入ると、そこは他の部屋とは違い四方に窓がない石造りの部屋……。
明らかに異質な空間である。そして、暗闇の奥には何物かの気配がする。
「モルト、大丈夫か!」
「は、はいっす……」
涙目のモルトの目の前にいたものは……小型のドラゴン。そいつは真っ赤な舌を出し、ゆっくりと俺たちの方へ、顔を向けたのだった。
「ぎりゃりゃりゃりゃ!」
「ひいっ」
あまりの恐怖で腰を抜かし、立ち上がれないモルトを抱き起こす。さっきは、ごめんな。
「ぎりゃりゃりゃ……!」
ドラゴンは、口を大きく開けて呻きながら、盛んに手足や尻尾を動かしてはいるものの、俺たちの方には来ることが出来ないようだ。よく見ると首輪がはめられており、太い鎖でつながれている。
室内犬ならぬ、室内竜。持ち主のペットなのだろうか。それとも食材?
まさか、屋敷内にドラゴンがいるとは思わなかった。
「こいつも、屋敷の中で時を封じられていたのでしょうな」
「四人で固まって行動するぞ。この屋敷には、他にも何があるかわかったもんじゃないからな」
俺の言葉に頷く三人。俺たちは、リビング・台所・食堂・大広間・応接室……と、広い屋敷内を一通り見て回るが、どこにも危険は無いようだった。
この日、一日がかりで屋敷を隈なく捜索した結果、流石に大したお宝は出てこなかったが、金貨や宝石類などが少しと、地下の食糧庫には山と積まれた食料を発見することが出来た。
◆
「ところでレオン様。このドラゴンはどうなされますか」
ドランブイによると、このラプトルとかいう肉食のドラゴンの肉は、かなりの高級品。骨や牙、皮もそれぞれ使い道があるらしい。ちなみに商人の間では『ドラゴンに捨てるところなし』なんていう言葉まであるそうだ。
「ディラノに比べるとさすがに落ちますが、品質はなかなかの物ですぞ」
「そうか。なら、キールへのいいお土産になるな」
ラプトルの様な肉食のドラゴンは、大森林とその周辺にしかいない。珍しいお土産に、キールも喜んでくれることだろう。




