第2章 山エルフ編 第9話 晩餐 ☆
子どもの頃、この屋敷に来たときは、俺とニーナはいつも、この城館の中庭で遊んでいたように思う。
あの頃……幼き日の思い出……。
ニーナに連れられ、恥ずかしそうにうつむく俺。
屋敷の使用人たちは、そんな俺たちを微笑ましそうに眺めていたものだ。
まったく、人の気も知らないで!
◆
「旦那さま、お帰りなさいまし」
幼きあの日……。ニーナの専属メイドから何度も事前に念押しされていた俺は、屋敷の中庭に向かう。
そこでは、メイド服に身を固めたニーナが、笑顔で俺を出迎えてくれていた。
俺は、祖父の故郷でもあるまいに、靴を脱いで行儀よくそろえ、ニーナが敷いた絨毯の上に上がる。
そのまま上がると、汚れるとかいってニーナが泣くので、いつしかこうするようになったのだ。
行儀よく帰宅する俺を見て、満足そうに微笑むニーナ。
「旦那さま。お風呂になさいますが、それともごはんになさいますか」
俺のことを上目遣いで眺め、顔を赤らめるニーナ。
ここで俺がお風呂を選ぼうものなら、いつもニーナは、恥ずかしそうにもじもじしながらこんなことを言っていたと思う。
「まあ……。お、お風呂ですか。ニーナがお背中をお流ししますので、少しお待ちになってください」
毎回そういって、恥ずかしそうにしながらも、少し嬉しそうにいつものメイド服を脱ごうとするニーナ。セリス以外の女の子とほとんど接したことのなかった俺は、いつも大慌てでパニックになっていた。
カチューシャを外して、エプロンを脱ぎ、上着のボタンをはずそうとするニーナの手を掴んで、毎回、何とか止めていたように思う。
ちなみに、お風呂は、庭の噴水に設定されていた。当然、入浴となると使用人たちの行きかう中庭で裸になっての水浴びになる。いくらお互い子供とはいえ、こんな丸見えでは恥ずかしすぎるぞ!
だからといって、仕方なく俺が、ご飯を選んでしまえば、こうなるのだ。そう、今に至るまでの俺のトラウマである……。
……正直、思い出したくもない。
「はい、ごはんですよ」
小首を傾げて期待するかのように、尻尾をぶんぶん振るニーナ。
この子は、俺が泥団子を口にするまで、許してくれなかったのだ。
団子は、食堂から持ってきたという綺麗な銀のお皿に、花壇の花びらを散らして、かわいく盛り付けられていたと思う。
そして、ニーナは、その皿を両手で持って、おずおずと俺の顔の前まで持ってくる。
ニーナに先に食べるように言おうものなら、「旦那様に食べて欲しいのです」などと、澄んだマリンブルーの瞳に涙を浮かべてしまう。
食べあぐねている俺。それは、当然のことだろう。食べたふりをして何とかごまかそうとしようものなら、こうなるのだ。
「旦那様は、ニーナの作ったものを食べてはくれないのですね……」
大きめの耳をぺたんと垂らし、しくしく泣きだすニーナを前に、俺は一体、どうすりゃいいんだ。
……………………。
「レオン様、また遊んでくださいましね!」
満足そうに、笑顔で手を振るニーナと別れた後、俺は人知れず井戸端で、ひたすら口をゆすぎ続けていたものだった。
全く甘酸っぱくも何ともない、涙がにじんだ少年の日の思い出である。
◆
あの時の記憶と全く同じ服装を身にまとって、はにかむ笑顔のニーナ。俺はそんな彼女に、ぎこちなく引きつった笑顔を返すことしか出来なかった。
俺の、懐かしくも悲しい思い出を知ってか知らずか、ニーナは、相変わらず恥ずかしそうに赤らめた顔を半分お盆で隠しながら、柔らかそうな尻尾をぶんぶん振っている。
そんな、何かを期待しているようなそぶりをされても困るぞ。君は子どもの頃、俺にどんなことをしたのか覚えていますか。おそらく覚えていないのでしょうね。
俺も、もうあの頃とは違う。最近、段々と他人とスムーズなコミュニケーションが取れるようになってきていると我ながら思うのだ。いや、あくまで自己評価ですけどね!
もし、ニーナから何か要求された場合、それが無理難題なら、はっきりと断ることにしよう。
しかし……ひ、ひょっとして、今日の晩餐は、ニーナが作ったのだろうか。ま、まさか、な。いくら何でもそんなことは……。いや、そんな可能性も少しはあるのでは……。
悶々と、思考を巡らせ続ける俺に、何も知らない顔でニッコリと微笑みかけるニーナ。
「あ、は、はい。レオン様。で、でも、ニーナはまだ修行中ですので、お料理までは……。今日は、ケーキを焼きましたので、食後にお召し上がりくださいまし」
そう言って、恥ずかしそうに給仕を続けるニーナ。
「ま、まじか……」
◆
俺たちは、豪奢な夕食を特別に三人で取ることになった。さすがにモルトは、執事なので別室である。そして、俺とセリスは、豪勢に飾り付けられた特別室に案内されたのだった。
「レオン殿、今夜は特別じゃぞ」
「ありがとうございます。このようなおもてなし、恐縮してしまいます」
「はい……」
特別というのは、女王が客と同席でとる晩餐の席において、一緒にいるべき女王の娘が、何故かメイド服に身を包んで給仕をしているからである。
そこは、お願いだから普通にしておいて欲しかった~。




